第3話その2
ドラゴンが、更に近付いていた。
「?ああ!あんなにドラゴンが!?」
俺達の動きに気付いたヒナギが、ドラゴンの大群を見つけたらしい。そして、程なくメィムとリゥムも気付く。
「な……。めっちゃいる!?」
「あん?ああ、ありゃ俺様の手下共だな。オマエが殺った手下の鳴き声に俺様だけが気付いて、先に出てきたんだよ。バカな手下共も、ようやく気付いたって所か」
カバの言葉を聞いて、下っ端ドラゴンの断末魔の悲鳴が助けを呼ぶ超音波になっていたと気付いた。だから、こいつがここに現れたわけだ。まあ、今更気付いた所で後の祭りなんだけどさ。
「あんなにいるんじゃ……」
メィムは、顔を青くしていた。カバ一匹にも苦戦しているのに、あれだけのドラゴンを同時に相手できるはずがない。
「安心しろや。すぐには殺さねえよ。すぐには死なないように、慎重に慎重に生きたまま食らっていってやるからよ!ギャハハハハ!」
「この……!」
「ギャハハ!逃げられると思うなよ、人間ー」
おいおい……。異世界に来たばっかだってぇのに、いきなりハードモードすぎねえか?こういう時って、普通はレベル1のスライム辺りの相手から始まるんじゃないのかよ!?
「あの……。トオノさん、でしたよね?」
突然、ヒナギが話しかけてきた。
「え?あ、はい」
「お二人は、今すぐここから逃げて下さい。山を下りれば、小さな町がありますから」
ヒナギも、逃げる事を勧めてきた。ただ、その言い方だと……。
「お二人はって……。君達は?」
「ここは、わたし達がなんとか食い止めます。お二人は、町に行って中央政府に支援を要請するよう進言して下さい。あの数では、軍の出動が必要だと思いますので」
「食い止めるたって、あの数じゃ……」
「通りかかっただけの方達を巻き込んで申し訳ありません。すみませんが、よろしくお願いします」
ヒナギは、深く頭を下げるとリゥムの方へと走っていった。彼女は、いや彼女達は俺達を逃がす為の時間を稼ぐつもりらしい。自分の命を賭して。
(『彼女も言っている。逃げる事は、決して恥では無いぞ?』)
『でも、見捨てるなんて……!』
(『それでは、一緒に死ねば満足か、クイーンよ?』)
『そ、それは……』
それには、マホも答えられなかった。俺達は目的があってここに来たんだから、それを遂げる前に死ぬわけにはいかないからな。
それは、正論だ。
(『お前に、できる事は無い』)
「……?」
ダブル・ジョーカーの言葉に、マホは返す言葉を失った。ダブル・ジョーカーの言っている事は、絶対的に正しい。今のマホにできる事は逃げる事しかなく、それはヒナギも望んでいた事だ。
(『君もそうだ、遠野彼方。君には、我がマスターを探し出すという目的があるはずだ。ここで死ぬわけにはいかないだろう?』)
真穂……。確かに、俺はここに真穂を探しに来た。あいつに、伝えなきゃいけない言葉がある。それまで、死ぬわけにはいかない。
ただ、それでも真穂の顔を思い出すと、浮かんでくる言葉がある。
「……確かに、今この場で逃げる事は恥じゃないだろう」
『!?ちょっと、彼方くん?』
「けど、ここであの子達を見捨てて逃げて、そんな事を真穂が知ったら、無言で腹パンされるわ!あいつ、車に撥ねられた最後の言葉が俺が無事で「良かった」だったんだぞ?あの子達を見捨てて、真穂に会いにいけるか!」
俺は、リュックを下ろして叫ぶ。
真穂なら、逃げるより飛び込む事を選ぶ。死中に活を見つける。あいつは、そういう奴だ。あいつの前に立つ為に、俺もここで逃げるわけにはいかない!
「それに、ダブル・ジョーカーは言ったよな?」
(『ん?何をだね?』)
「お前、マホに「お前にできる事は無い」って言ったろ?もし、ダブル・ジョーカーにもできる事が無いのなら、お前は「我々にはできる事は無い」って言うんじゃないか?」
『あ……』
俺の言葉に、マホが息を呑んでいた。これは、俺の賭け。ダブル・ジョーカーの言葉に、なんとなく覚えた違和感。
一瞬の沈黙。
(『……念の為に聞こうか。君は、何ができると考えている?』)
「そりゃ……。これだろう?」
ダブル・ジョーカーの問いに、俺はリュックから取り出したデッキケースを示した。そこには、俺が普段から愛用しているデッキが入っている。マホが、わざわざ持っていけと言っていた、向こうから持ってきたカード達。
「ダブル・ジョーカーは、俺がドラゴンに捕まった時もカードをどうこう言っていたよな?それはつまり、このカードを使えば、お前には何とかする事ができるという事じゃないのか?」
俺の言葉を聞いて、ダブル・ジョーカーはまた沈黙した。そして、笑う。
(『ふ。さすがは、我がマスターが認めた人間だな』)
真穂が認めた……?そこも気になるが、今はそこを追及している場合じゃない。
「なら、お前には手があるんだな?」
(『正確には、我のみの力ではないがな』)
「というと?」
ダブル・ジョーカーが、これを使ってなんやかんやするんじゃないの?
(『遠野彼方。君の力を、我に貸してもらいたい』)
「俺の力……?何をすればいい?」
(『我のカードを、手に取るといい。それで、君には全てがわかるはずだ』)
「ダブル・ジョーカーのカード?」
俺は、デッキケースを開いて一番前に入っていたダブル・ジョーカーのカードを取り出した。真穂のフェイバリットカード。
俺にとっては、世界でただ一つの……。
次の瞬間、俺の頭の中に何かのイメージが流れ込んできた。それは、具体的な像にならない曖昧なイメージ。だが、それなのに何をするべきかわかる。
「……これはあれか?初めて乗ったロボットなのに、合体シークエンスも合体の台詞も理解して叫んでしまう、ロボットアニメの第一話のあれか!?」
(『エクセレント!まさに、それだ!!』)
ダブル・ジョーカーが、興奮した様子で答えた。ダブル・ジョーカーが叫んでるの、初めて聞いたぞ?ツボを、的確に突いちゃったか。アニメオタクめ。
(『では、何をするべきなのかは言わなくてもわかるな?』)
「ああ」
俺は、デッキケースをベルトに装着した。高校生の頃、デッキケースを改造してベルトに装着できるようにしておいたんだ。真穂には「何、その中二病ファッション」と笑われたが、まさかこんな所で役に立つとはな。
右腰にデッキ、右手には『ダブル・ジョーカー・ドラゴン』のカード。
俺の足下の地面が、光り始めた。その光は、魔法陣を描いているようだ。どんな魔法体系で描かれているのか、何が描かれているのかはさっぱりわからないが、これから何をするべきかだけはわかる。
「あん?なんだ?」
カバも、魔法陣に気付いたらしい。それはつまり、相対している三人も気付いたという事でもある。
「な、何!?」
「あれって、魔法陣!?」
「トオノさん……?」
全員の注目が、こっちに集まった。なら、今こそ舞台に!
「時を重ね罪を数え、尚悠久をたゆたう知識の番人よ!風の架け橋を辿りて、我が前にその姿を現せ!サモンドスレイヴサモン!!『ダブル・ジョーカー・ドラゴン』!!!」
俺は、右手に持ったカードを高々と掲げて口上を唱えた。
魔法陣が、更に強く光った。そして、その光の中からゆっくりと大きな影が浮かび上がってくる。黒の左腕、緑の右腕を持つ身の丈5メートルを超える巨大なドラゴン、『ダブル・ジョーカー・ドラゴン』だ。
そう、これが俺達のやれる事。俺には、魔札道具なんていらなかったんだ。
「へー。意外とでかかったんだな、ダブル・ジョーカー?」
ダブル・ジョーカー、思っていたより遥かにデカい。しかも、カッコいいぞ!
『ん?なぜそう思った?』
「だって、俺んちに出てきた時はマホと身長変わらなかったし」
『ああ。あの時に普通に出ては、家が壊れていたからな』
「確かに。うちにその大きさで出られたら屋根突き抜けるな」
俺の部屋の天井より高いよ、ダブル・ジョーカー。
『それに、マスターとのリンクが切れてリソースも無駄遣いできる状況でもなかったのでな。節約する必要があったのだ』
『何、あんた?自由に分離合体できないとか言ってなかった?してるじゃない』
マホが、呆れたように両手を腰に当てていた。
確かに、俺が拐われた時は分離できないとか言ってたな。ただ、このサモンドスレイヴ召喚は分離とは少し違うんじゃないかな。
『我の意思ではできないという事だ。だが、もう一人のマスターの意思ならば、それも可能だ』
「もう一人のマスター?」
ダブル・ジョーカーは、常に真穂をマスターと呼んでいた。つまり、もう一人のマスターが俺か。
『そうだ。我は君を桜咲真穂嬢に続き、二人目のマスターだと認めよう。我に力を貸してもらいたい。我も惜しみなく力を与えよう。共に、桜咲真穂嬢を探し出そうではないか』
ダブル・ジョーカーが、俺の方を見て宣言した。相手はドラゴンなのに、なぜかその目は信頼できる。
「……ああ、一緒に行こうぜ」
『何、男同士の友情だぜみたいな空気出してるのよ?わたしもいるからね?そもそも、マスターって話だったら、彼方くんはわたしのマスターだから!』
マホが、横から話に入ってきた。やっぱり、マホは俺のフェイバリットカードだから俺がマスターなのか。……よけいな事は考えない。
『だが、マスターへのお役立ち度は我の方が上であろう?お主は召喚システムを捨てマスターの側に常に寄り添う事を選んだ故に、魔札道具が無ければ魔法を発動する事ができなくなった。平時は良いが、有時はな……』
『し、仕方ないでしょう?あ、あんなに落ち込まれてたら、元気付けないとって……。あ』
ダブル・ジョーカーに反論したマホは、真っ赤になってうつむいてしまった。
そうか。こっちに来てからマホが常に実体化して側にいたのは、俺を元気付ける為に……。確かに、あれ以来精神的にボロボロだったからな、俺。
「ありがとう、マホ。お前が来てくれて、生きる希望が湧いたよ」
『彼方くん……』
「だから、これからも俺の側にいてくれな?」
『あ……う、うん!』
マホは、満面の笑みでうなずいてくれた。いや、かわいいな本当。
『プロポーズのようだな?』
『プ、プロポーズ!?やん、困っちゃう~♡』
「プロポーズって、お前な……」
そんな俺達を、外野はポカンとして見つめていたわけで。
「竜を召喚!?あの人、召喚士だったの!?」
「それも、凄く強そう……」
「聖天族の人と一緒にいて、ドラゴンを召喚……。トオノさん、あなたは一体?」
「緑と黒のまだら模様の体を持つ魔竜だと?まさか、伝説の……?バカな!あれは古代の伝説!いるわけがない!ましてや、人間に使役されるなど!?」
カバが、フルフルと震えていた。その時に口走った言葉を聞く限り、あのカバですらダブル・ジョーカーの事は知っているらしい。
「有名なのか、ダブル・ジョーカー?」
『昔な』
『あなたの伝説は、聖天族にすら伝わっていたわよ』
『……ふ』
『なんか余裕綽々に前髪掻き上げてそうな感じがしてムカつく』
『と言っている間に、手下共は目の前だぞ?』
二十匹のドラゴンは、もう目の前に迫っていた。
俺は、デッキケースからカードを一枚取り出した。引いたカードは、今の状況にうってつけの一枚。
「行くぞ、ダブル・ジョーカー!お前の力、存分に見せつけろ!」
『了解だ、我がマスター!』
「勅命発動!『エクストリーム・ジョーカー・フルバースト』!雑魚を一掃しろ!」
俺は、抜き出したカードを発動させた。
発動したカードは、勅命『エクストリーム・ジョーカー・フルバースト』。魔フォーでは、場にダブル・ジョーカーが存在する時に使える勅命で、相手の場のサモンドスレイヴを全滅させる全体破壊カードだ。
発動に合わせて咆哮したダブル・ジョーカーは、炎をまとったブレスつまり息吹を吐き出した。その息吹が光線のように空を走り、近付いたカバの下っ端ドラゴン達を端から吹き飛ばしていく。
一撃で、二十匹のドラゴンが消滅した。
おぉう。一掃しろとは言ったが、本当に一撃で一掃するとは。正直内心ビックリだが、自分の召喚したドラゴンの力もわからないのか?と思われるのもあれなんで、表面上は「よくやった」みたいなドヤ顔をしておこう。
「バカな……。俺様の手下共が……」
カバは、茫然自失だ。御愁傷様でした。
「一発で……。な、なんなのあの人!?」
メィムが、混乱した様子で叫ぶ。うん、俺もそう思う。




