第29話
突然、開会が宣言されたバトル・ファイオー。
それは、この世界に生きる生物全てに対する災厄だった。種族の生き残りをかけて、定期的に開催される殺し合い。
あー。もう、メチャクチャだよ。
君は、生き延びる事ができるか?……俺もな!
──・──・──・──・──・──・──
ダブル・ジョーカーの講義が続いている頃。
───王都。
王都でも、ダークネスの放送は見る事ができた。というか、あれはこの世界にいれば誰でも見られるようになっている(空を見上げられる場所ならば)。
「ついに来たか、バトル・ファイオー」
執務室の窓から、ユギカザが忌々しげにつぶやいた。
「王!保管庫から、確かに消えておりました!申し訳ありません!」
衛兵が、保管庫に優勝カップの確認をした結果を報告してきた。確認するまでもない事ではあったが、優勝カップは保管庫から消え失せていた。
「謝る必要は無い。相手は、あの神王だ。どれだけ厳重に警備した所で、きっと盗まれていただろうよ。それより、政府に評議会の召集の打診をしておいてくれ。ついに、時が来たようだとな」
「了解しました!」
衛兵は、ユギカザに一礼をして執務室を出ていく。すると、それと入れ替わるように女性が一人入ってくる。
「あなた」
入ってきた女性は、綺麗な黒髪が床にまで届きそうなほど長い髪をした美しい女性で、清楚なドレスに優しげな微笑みをたたえていた。聴く者が聴けば、今の「あなた」の三つの言葉だけで意識を溶かされてしまいそうな、そんな透き通るような声の持ち主でもある。
「ミチヨ」
その女性は、ユギカザの妻である王妃ミチヨ・リードギルフだった。
かつて、この国の娯楽であるミュージカル舞台で一世を風靡した大女優であり、引退した今でも復帰を待ち焦がれているファンは多い。
三人の子持ちで既に五十路近い年齢だが、その美貌は二十代の頃と変わらないという。
「先程のあれ、見ましたか?」
「ああ、ここから見た。ついに来た、という感じだな。お前も見たんだな?」
ユギカザは、「ああ、こんな時でもいい声だ。癒される」などと思いながら、ミチヨの質問に答えていた。この男も例に漏れず、ミチヨの声にノックアウトされた口である。
「はい。ガーデンにいましたら、あれが見えて」
この王宮の一画に、ミチヨが花々を育てているガーデンがあり、そこは屋外になっていた。その為、ミチヨもあの放送が見れたようだ。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
「既に、評議会メンバーを召集するように指示はした。これから、この王都は戦時体制に移行する事になるだろう」
「バトル・ファイオーが始まってしまった以上、ここだけは落としてはなりませんからね」
「その通りだ」
ユギカザとミチヨは、顔を見合わせてうなずいた。この二人は、前哨戦で王都が落とされる事が即人間の絶滅に繋がっている事を知っているのだ。それは、王族として知っておかなければならない必須項目だったからである。
ではなぜロキヒノが知らなかったかと言うと、ひとえに彼の勉強不足、勉強嫌いのせいである。知っていれば、ドヤ顔で説明できたのにね、ロキヒノくん!残念!
「お前達は、王都から避難してもいいぞ」
前哨戦で選ばれると、王都は戦場になる。王都の陥落=人間絶滅とはいえ、戦場から避難すれば生き残る可能性は高まるのだ。避難が、完全に無駄ではない。
しかし、その言葉にミチヨは首を横に振った。
「王族が誰よりも先に逃げ出すなど、許される事ではありません。そんな王族に、誰が従いましょうか。このような時こそ、民の前に立ち続けてみなを鼓舞しなければ。幸い、私にはその手段があります」
ミチヨは、王都を逃げ出す気は毛頭なかったようだ。
「そうだな、『戦場の歌姫』よ」
ミチヨは、戦場で戦いを止める為に敵味方に歌を聞かせ続けた『戦場の歌姫』という舞台で、主演を張っていた。その舞台が彼女の出世作で、世間ではミチヨは『戦場の歌姫』と呼ばれている。
ちなみに、内容は戦場に飛び込んで「私の歌を聴けぇ!」と叫ぶ物らしい。
「そうなると、現実味を帯びてきそうですね。トモヨの言う救世主の存在が」
「状況からすれば、な。今は、ロキヒノと一緒にこちらへ向かっている最中らしい」
「あら?もう現れていたのですか?それも、ロキヒノと一緒に?」
ミチヨは、ユギカザの言葉に驚いていた。彼女は、トモヨの言っていた救世主がすでにこの世界に現れていて、ロキヒノと一緒にいる(とトモヨが報告していた)事を知らなかったのである。
「トモヨが言う所によればな」
「そうなのですか。ふふ、楽しみですね。あのトモヨが強硬に結婚を主張するのですから、きっとかわいらしい男の子なのでしょうね?」
ミチヨは、くすくすと笑っていた。彼女は、ユギカザと違いトモヨの婚姻には特に懸念はないようだ。
その態度を見て、ユギカザは顔をしかめる。
「どんな相手かもわからんのに、楽しみにできるかよ……」
「でも、あのトモヨがあれだけ乗り気なのですよ?今まで、あれだけ悪の匂いに敏感だったあの子があれだけ望んでいるのですから、大丈夫ですよきっと」
「しかし、顔も名前もトモヨですら知らない相手に……」
「さあ、それはどうでしょう?」
少し目を細めて、ミチヨが微笑んだ。
「え?」
「本当に、トモヨは顔も名前も知らないのでしょうか?あの子の性格から言って、何も知らない相手をあそこまで信頼する事はありえないと思いますが?」
「それは……。お前は、何か聞いているのか?」
「いいえ。トモヨからは何も聞いていません。まあ、女の勘です」
微笑みを浮かべたまま、ミチヨは言い切った。それは、勘というよりは娘を信じているという類いの事なのだろう。
ただ、かわいい男の子という部分には、若干のミチヨの希望が入っているような気もしなくもない。
「……はぁ。まあ、そっちは実際に来てからだな。一両日には到着すると、新しいヒキャクも来ていたしな」
数日前に、ロキヒノからのヒキャクで鉱石族とのトラブルで帰宅が遅くなるとの連絡は既に受けていた(彼方がロキヒノに頼まれて出したヒキャク)。
「とにかく、バトル・ファイオーが始まってしまった以上、お前にも働いてもらう事になるかもしれん。それは、覚悟しておいてくれ」
「もちろんです。絶対、勝ちましょうあなた」
「ああ」
人間族は、バトル・ファイオーに向けて動き出した。
もちろん、それは人間族だけではない。当然、他の種族も動き出している。種族の生き残りをかけた戦いが、開始されたのだから。
一方。───
「なあ、ダブル・ジョーカー?」
バトル・ファイオーに関して気になる事があったので、俺は聞いてみる事にした。
『ん?なんだね?』
「あのゴミ……じゃなくて優勝カップがロキヒノんちにあったって事は、前回大会で優勝したのは人間族って事なんだよな?こう言うとあれだけど、よく人間がバトル・ファイオーで優勝できたな?」
ドラゴンや鉱石族なんかがひしめく大会で、人間が優勝できる気があんまりしないんだよな。でも、優勝カップはロキヒノんちから盗まれてるし、ダークネスも前回大会優勝者とか言ってたし。
種族の生き残りをかけた大会だから、ハンデを付けるなんて事もしなさそうだし。
『確かに、前回大会は人間族が優勝している。……王子は、その時の事に関しては何か聞いているかね?』
「んー。とりあえず、俺の七代前の祖父さんが勝ったって話しか聞いてないな。どんな戦いで勝ったのかは知らないけど、まあ俺の血筋の祖父さんだし正面からタイマンで倒したんじゃねえかな?」
七代前?二百四十八年前だと、そんな感じか。
「ロキヒノの祖父だと、脳まで筋肉でできてそうだよな?」
「そんなに褒めるなよ」
ロキヒノが、嬉しそうに笑った。
褒めてないよ!?脳まで筋肉は、全然褒めてないよ!?
『……まあ、確かにその時の人間族の代表、フォウンダ・リードギルフはその優れた格闘技術でバトル・ファイオーを勝ち抜いた。だが、それは決して彼一人の力ではなかった』
そう言いながら、ダブル・ジョーカーが一瞬視線を送った。その先は、マホ?
「一人の力じゃないってのは?」
『バトル・ファイオーは、種族単位で括られている戦いだが、種族同士での同盟は実は禁止されていない。つまり、友好的な相手と手を結んで大会を勝ち抜いても、それは反則にはならないという事だ』
あ、他の種族と手を組むのは許されてるんだ。ダークネスの襲撃に便乗する事を先に聞いたから発想できなかったけど、徒党を組んで対抗すればいいわけか。
「つまり、ロキヒノの七代前のご先祖は他の種族と手を組んで戦ったと?」
『そうだ。力を貸す代わりに、優勝の望みで世界を平和にして欲しいという交換条件でな。その条件を受け入れ、彼はバトル・ファイオーに優勝し世界に平和をもたらした。それから二百四十八年、目立った大きな戦争は起きずに平和な時代が続いたのはその結果だ』
ほほう。世界を平和にする為に戦ったとか、ヒーローじゃんロキヒノのご先祖。
「へー。優勝の望みで世界を平和にするなんて、やるわねロキヒノのおじいさん」
「まあ、俺の先祖だから望みは特に無かったんだろ。とにかく、強い奴と戦いたい!で参加したんだろうよ」
「あは。ロキヒノくん見てるとわかるかも」
「そのロキヒノさんのおじいさんが手を組んだのは、どの種族なんですか?」
『うむ。当時の聖天族の女王だ』
ヒナギの質問に、ダブル・ジョーカーがサラッと返す。
当時の聖天族の女王って、それマホの事じゃん!いやまあ……、マホなら戦いを回避しようとするのはわからんでもないけど。
ただ、あのマホがロキヒノの祖父、つまり男と手を組むとはなあ。
『……』
マホは、黙って明後日の方を向いていた。まあ、下手に反応して自分がその時の女王だって知られるのは嫌だろうからなぁ。ロキヒノの七代前の先祖と同期、なんて事をな。
なんか、ちょっと気になるな。マホが、手を組むほどの男って。
「そのロキヒノのご先祖さんって、どんな男だったんだ?あれか?結構なイケメンだったとか?」
俺は、とりあえず聞いてみた。別に、ロキヒノの先祖の人となりなんて、今回の話には全く必要の無い話なんだけどさ。
マホが一瞬顔を上げて、すぐに視線を外していた。ような気がする。
『今の王子と容姿、性格ともにそっくりな男だったな、フォウンダ・リードギルフは。二言目には、熱血だ!と叫ぶ熱い男でもあった』
うわ……。目に浮かぶ感じ。
「はは。やっぱ、俺のじいさんだな」
「それ、暑苦しいって言わない?」
やめたれ、メィム。
「それだったら、今回も聖天族の人達と手を組んだらどうかな?」
「どうだろうな?父上はどうかわかんないけど、俺はあんまり聖天の人とは交流した事がなくてなぁ」
リゥムの言葉に、ロキヒノがため息をつく。
ああ、拳と拳で語り合う系のロキヒノじゃあ、聖天族の天使とは相性はよくなさそうだよな。




