第10話その2
───深夜、ロキヒノは一人でクルナ町を歩いていた。日課の剣の鍛練の為に町の外に出ていた、その帰りである。
「もっと、強くならないと……。カナタに少しでも近付きたい」
ロキヒノは、拳を握る。
部下を失い自らの弱さを思い知らされたロキヒノにとって、山賊も魔王族もほぼ一人で蹴散らした彼方は、あまりにも大きい存在だった。目標、いや憧れと言っていい。
「もう、諦めなさい!」
「嫌だ!アイシーは僕の大切な家族なんだ!」
そんなロキヒノの耳に、何やら叫び声が聞こえてきた。大人の男性と少年が、何かを言い合っている。
「?」
「待つんだ、ジロウ!」
「僕が助けに行くんだ!」
声が、ロキヒノに近付いて来ていた。
「なんだ?」
不思議に思ってロキヒノがその声の方に向くのと、誰かがロキヒノに衝突するのが同時だった。
「お?」
「いたっ!」
ぶつかってきた人間は、あっさりと弾き返されて地面に転がった。
それは、まだ小さな少年だった。年の頃は7~8歳くらいの小さな子だ。髪を短く刈り込んだ、丸坊主頭をしているわんぱくそうな見た目だった。
「おい、大丈夫か?」
特にダメージは無かったので、ロキヒノは少年に声をかける。
少年は、顔面をロキヒノにぶつけたのか、しばらく顔を押さえて悶絶していた。
「うぅ……。ご、ごめんなさい。……あ!」
少年は顔を上げて、ロキヒノに謝った。と、そのロキヒノを見て彼の動きが止まる。
「お、お兄ちゃん剣士なの!?」
少年が、突然ロキヒノに尋ねてきた。どうやら、ロキヒノの腰の剣魔札道具を見て動きを止めたらしい。
「あ?ああ、そうだが……?」
「ぼ、僕に剣を貸して!」
「は?」
いきなり、少年がすがり付いてきた。
「なんだよ、いきなり?」
「アイシーを!アイシーを助けたいんだ!」
「アイシー?」
「何をしているんだ、ジロウ!」
そこへ、先程少年と言い合いをしていた声の男性がやって来た。40は行ってなさそうな男性で、少年と顔がよく似ている所を見ると親子だろうか。
「はっ!?あ、あなたはロキヒノ王子!?も、申し訳ありません!頭を下げろ、ジロウ!」
男性は、ロキヒノの正体に気付くと、慌てて平伏した。同時に少年をロキヒノから引き剥がし、無理やり平伏させている。
「ああ、いいから。それより、何があった?そんな子供が剣を貸して欲しいなんて、ただ事ではないだろう?」
「は、はい……」
男性は、顔を上げた。
王子様に往来で立ち話をさせるのも……と言って、男性は自宅へと招き入れた。
「私はケン・サイトと申します。妻のマリー、息子のジロウになります」
男性は、この町に住むケンという名前の男性で、少年は息子のジロウ。妻のマリーと、三人で暮らしているらしい。
「ああ。で、何があった?アイシーがどうこう言っていたな?」
「アイシーは、僕と一緒に育ってきた僕の兄弟なんだ!」
「兄弟?」
「アイシーは、ウチの飼いイッヌなのです」
「ああ」
イッヌは、獣生族の中でも温厚なタイプの四足獣であり、古くから人間族とは良好な関係を続けてきた種族である。家を守る役目も担う事ができ、ヌコとはペットとしての人気の勢力を二分している。
「三日前、ジロウがアイシーと山の中の塔の近くに遊びに行ったそうなのですが……」
「塔?」
「この町から南に行った山の中に、いつ作られたのかわからない塔が建っているのです」
「ふーん。で?」
「はい。ジロウとアイシーが近くで遊んでいると、突然塔の中から見た事の無いモンスターが現れて、アイシーを拐ったそうなのです」
「モンスター?その塔には、元々から何かが住み着いていたのか?」
「いえ。精々ガエルやコウモルなどの害の無い生物ばかりだったのですが……」
ガエルは、池などで見かける小型の海棲族。コウモルは、洞窟などに住み着いている小型の獣生族で、共に人間族に積極的に危害を加えてくる種族ではなかった。
「でも、僕が見たのは全然違ったよ!なんか、鉄の塊みたいなのや、岩石みたいなのが動いてたし、鉄のガエルもいたよ。変なのばっかりで、そいつら僕にも迫ってきたけどアイシーが庇ってくれて代わりに……」
ジロウが、悔しそうに言った。
そのモンスターはジロウも襲ってきたのだが、アイシーが立ち向かってジロウを逃がしたのである。結果、アイシーが捕まったのだ。
「それを聞いて、役所の人に連絡して一緒に塔に行ってみたのですが。確かに、鉄のガエルのような異様な生物が徘徊していました。我々にも襲いかかってきて、慌てて逃げました。木の盾なんてあっさりと破壊されましたから」
「鉄や岩石……。鉱石族か?」
「わかりませんが、この辺りでは鉱石族は見かけた事は無いのですが」
「ふむ。それで?」
「はい。役所の人が、中央に対して調査隊の派遣を依頼すると……」
ケンの言葉を聞いて、ロキヒノはうなずいた。
「なるほど。つまり、イッヌは放置か。それで、俺に剣を借りたいと」
「だって、誰も助けに行けないなら僕が助けに行かなきゃ!」
「ただ、あれから三日……。何があるのかはわかりませんが、生きている可能性は」
「アイシーは生きてるよ!アイシーは強いもん!僕より強いんだから!」
ジロウは、涙目で訴えた。兄弟同然に育ってきたアイシーは、ジロウにとってはもはやただのペットでは無いのだろう。
「とはいえ、この剣を貸すわけにはいかないな。こいつは、王家の宝剣だからな」
ロキヒノは、腰の剣の位置を少しずらして言った。
彼の剣は、ただの剣ではなかった。王家に代々伝わる秘宝の一つであり、王位継承権を持つ第一王子にのみ携帯する事を許される継承の証でもあった。名前は、「レッド・ア・マンサウザンド」という。
「あ、はい……」
ロキヒノに言われて、ジロウはシュンとした。さすがに、王家の秘宝を軽々しく貸して欲しいと言い続けるだけの図太さは持ち合わせていないようだ。
「その代わり……、そのイッヌの特徴を教えろ」
「え?」
「俺は、王子だ。困っている民を見過ごすわけには、王子としていかないだろう?」
そう言ってロキヒノは、ニカッと笑った。剣を貸せない代わりに、ロキヒノが直接出向き解決しようと言うのだ。
ジロウの顔が、笑顔で満たされた。───
なんて事を、こいつは言ってきたわけで。
「はぁ……」
鍛練に行ってくる、と言って出ていったロキヒノが、厄介な案件を持って帰って来た。ホテルのロビーでまったりなんかしてないで、ついていけばよかったぜ。
「つまり、鉱石族が何か悪さをしているって事ですか?」
メィムが、ロキヒノに尋ねる。
ちなみに、女子陣は普段とは違う少しラフな格好をしていた。普段着というよりは室内着という感じか、とにかくちゃんと寝る時の着替えとかも用意していたみたいだ。普段からスカートが短めのメィムとリゥムはともかく、ロングスカートのヒナギがミニなのはなんだか新鮮だ。
あと、普段ドレスみたいな格好のマホも短いスカートでくつろいでいたが、いつの間にか買っていたらしい。
「まあ、俺は見ていないので恐らくだがな」
「鉱石族ですか……。たまに見ますけど、鉄のガエルとかは見ないですね」
イッヌにガエルにコウモル……。まあ、向こうの世界で言う犬と蛙と蝙蝠かな。
(『そうだ。まあ、どこかしら違う所があったり名前が一部変わっていたりするが、ほぼ同じ生物だと思ってよい』)
(そこまで一緒なら統一すりゃいいものを)
(『別に示し合わせたわけでもないだろうからな。名前が似通ったのは奇遇だろう』)
(そうだな。奇遇で片付けよう)
(『そうだ。ただの奇遇だ』)
それでいいのか、異世界……。
「お前なぁ……。ちょっと目を離したら余計なトラブル拾って来やがって。俺らは今、王都に向かってる最中だぞ?余所事に首を突っ込むんじゃない」
「けどよ?見て見ぬ振りはできないだろう?カナタが言ったんだぜ?民の為にいい王になれって。民の声を無視するのは、いい王じゃねえだろ?」
「そうやって安請け合いした結果、どうなったのか忘れたのか?後先を考えないのは、いい王じゃない。愚か者だ」
「それは……」
ロキヒノは、俯いた。
いい加減な考えで突っ走るだけなのは、ただのバカだ。とんでもない授業料を払ったんだから、少しは考えてくれ。
「まったく……」
「でも、カナタ……」
「ん……。この件、やっぱり断った方がいいか?」
「あん?それこそバカな事を言うな。王子が一度受けた以上、理由も無しに断るなんてありえねえよ。安請け合いとはいえ受けちまった以上、完遂するしかないだろうが。敵前逃亡なんか、王子の沽券に関わるわ」
俺は、ため息混じりに答えた。安易な事をしたとはいえ、ロキヒノが王子として受けたからには、もうあとには引けないだろう。だから、頭痛いんだよ。
「カナタ……!すまない!ありがとう!」
ロキヒノは、嬉しそうに頭を下げてきた。王子がそうひょいひょい頭を下げるのは、どうかと思うぞ?まあ、頭すら下げてこないような奴を手伝う気にはならないけどな。
「もう。それならそうと、素直に手伝うって言えばいいのに」
「ふふ。トオノくん、もしかしてツンデレ?」
え?この世界にもあるのか、ツンデレって言葉!?
「そういう事なら、わたし達も手伝いますよ」
『だね~。わたし達も行くよ?』
「みんな!ありがとう……」
まあ、女子陣の性格ならそうなるだろうな。けど、
「マホ以外が手伝うのは駄目だ」
俺は、キッパリと言った。どうしても、必要な事があったからだ。
「え?」
「何よ、カナタ?なんであたし達は駄目なの?」
「私達、ハブられちゃう?」
「わたし達、お手伝いしてはいけないんですか、トオノさん?」
マホ以外から、不満の声が上がる。それに対して、俺はため息をつく。
「手伝いは、駄目だ。三人は懸賞金稼ぎだからな。だからロキヒノ、三人に仕事として依頼しろ」
俺は、ロキヒノに向かって言った。
三人は、生活の糧としてその力を提供している懸賞金稼ぎだ。友達として、無償で働かせるのはルール違反だろう。そこの線引きは、きちんとしないと。
「ああ、なるほどな」
「そんなの……。別にいいのに」
「なし崩しはよくない」
「確かにそうだな。じゃあ、みんなに依頼するよ。料金は、どのくらいが相場なんだ?」
「そこは、王子様の言い値でいいですよ?」
「はい。ね?」
「はい。いかほどでも」
「そっか。あ、あと王子って言わなくてもいいぜ?ロキヒノと呼んでくれや」
ロキヒノが、右目をつぶって笑った。うーん、陽キャめ。
「で、でもいいんですか?」
「いいっていいって。むしろ、気軽にやってくれないと、こっちも相手しづらいからよ」
「そ、そうですか……。じゃあ、えっとロキヒノ?」
「ロキヒノ、くん?」
「えっと、改めてお願いしますね、ロキヒノさん」
「ああ、改めてよろしくな、メィム、リゥム、ヒナギ、マホ」
『はい、ロキヒノくん』
気さくな王子だこと。
「報酬の方は、後でいいか?」
「ええ」
とりあえず、明日の予定は決定した。
「今回のミッションは、この町から少し離れた所にある塔の探索。一応、行方不明のイッヌを探す事が第一だが、行方不明になってから日が経っているから既に手遅れの可能性はある。その事はロキヒノ。話をした子供に言っておいてくれ?」
「ああ。明日の朝、もう一度言ってくるよ」
「何が待ち受けているかわからないが、話を聞く限り鉱石族が関係している確率が高い。と言っても何か事前準備ができるわけではないが、まあ心積もりくらいはしておいてくれ」
「ええ。いつも通りにやるだけなんだけどね」
「うん、がんばる」
『事前準備というか、ヒナギちゃんもこれからはミニスカートで行こう~』
ヒナギに抱き付きながら、マホがそんな事を言っていた。あまりにも唐突な提案に、ヒナギも困惑してる。
「ふえ?な、なぜですか?」
『やっぱり、生足さいこ……。じゃなくて、今回は塔だからミニスカートの方が動きやすいと思うんだ』
マホはもっともらしく答えるが、欲望駄々漏れだぞ。
「そ、そうでしょうか?ていうか、防御力下がったりしませんか?」
「さすがにスカートの長さだけで防御力が下がったりはしないわよ。それより、そんな事を言ってるマホもドレスみたいな格好してるのはどうなのよ?」
メィムのツッコミに、マホは苦笑する。
『あはは、そうだね~。うん、わたしもミニにしよう!ヒナギちゃんも一緒に短くしよう』
マホが、ヒナギの手を握って提案する。
欲望を叶える為には、自分の露出も厭わない。なんて、自分に正直な天使だ。
「あの、えっと……。はい」
マホの熱意に押されるように、ヒナギはうなずいた。案の定、押しに弱いなヒナギ。
「とにかく、明日は塔の探索に行ってみよう」
「おう!」
「ええ」
「うん!」
「はい」
『了解~』
全員が、一斉に答える。
あれ?なんで俺が仕切ってんだ?……まあ、いいか。




