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第7章:傷ついた心はⅢ

 支給品を受け取りに教育センターの弾薬庫に向かった。弾薬を運搬する手続きを手短に済ませ、機体に品物が届けられる。

 格納庫に戻り、コックピットで操作をして機体に弾薬を充填させていく。コンピュータにより徹底的に管理される火器は種類、弾薬数、積載位置にいたるまで事細かく取り決めがある。そのすべては、それによって順序良く行われ、人が手を出す必要はないが多くの時間を要する。それでも、危険な火器を扱うため搭乗者がその様子をチェックしなければならない。

 腕を組み、神妙なまなざしで見守る二人に目もくれず、戦闘機は不器用にミサイルを飲み込んでゆく。


 予定が変更されたとはいえ、時間が経てば必ず訪れる。給弾作業が完了したときには、作戦遂行の指示がすでに出されていた。

 操縦席につき、いつもと変わらない手順で戦闘機を動かし始める。アエネアスの働きで二人の意識が一つになった。ゼロにシェイルの不安感がひしひしと伝わってくる。その気持ちを宥めるようにゼロは、強く心を無にするよう保った。

 感情の流れが緩やかになると、ゼロは一呼吸置いてからエンジンを起動させる。


『エンジン、ノーマルスタート』


 人の手ではビクともしないエンジンの巨大なシャフトが始動機によってゆっくりと回転を始めた。回転速度が上昇するにつれ、エンジンブレードが真価を発揮する。それによって生み出されたエネルギーが機体中を駆け巡り、血液となって各機能が目覚める。暖機運転完了し、加速機に切り替えられた。ここから回転速度は一気に上昇する。一新されたエンジンブレードが冷気を切り裂き、綺麗な音を奏でた。


『エネルギー供給開始。全システム起動、表示値異常なし』


『武装最適化中。……完了。各武装残弾数の照会、並びにシステム統合の確認を開始』


 エンジンルームに溜まった冷めきれない廃熱が、噴射口から吹き出す。空気は澱み、光は重く歪んだ。ゼロは外部モニターに意識をやる。映像から操作通りにエンジンや翼が動作しているかどうか確認するためである。機体は考えどおりに素早く動き、調子のよさを自慢げに見せた。


『出力50%加速停止、アイドリングに移行。機器、稼動部異常なし』


 二人のもとに機体細部の情報が次々に送られてくる。しかし、ここで確認を行うのは人ではなく機械自身だ。戦闘機の自己診断により警告表示が消えていき、異常がないことを伝える。これで、いつでも飛びたてる状態となった。ゼロは管制室に通信を行う。


『管制室へ、こちら識別番号2285。これより滑走路に進入する。指示を請う』


『了解、2285の識別照合完了。2285、離陸ポイントまでの誘導を開始する。操縦をこちらへ』


 操縦を管制官に任せると、機体が勝手に進み出した。何もする必要がない今、できることは外に気を向けることくらいである。

 消灯時間をすぎた街は真っ暗で、いくら動こうと何一つ背景は変わらない。夜の目であるレーダーは真夜中を飛び交う機影を漏れなく映し出し、暗闇の実態を惜しみなく伝える。視線を横切る滑走路を照らす誘導灯が、ささやかに別れをつげた。


 気が付けば、感情はすっきりしたものになっていた。緊張や不安は感じない。シェイルは落ち着きを取り戻したようだ。

ふと見上げた視線の先で巨大な姿を持った青白く輝く衛星が、我先にと空を昇っていく。

 戦闘機の速度が落ち始めた。そのまま停止位置にゆっくりと迫る。機体の足であるランディングギアの推進装置が切られ、機体は完全に静止した。画面上では誘導完了のシグナルが点滅している。


『誘導が完了した。引き続き離陸指示に入る。各項目の最終チェックを行い、その場で待機せよ』


 二人は演習を前に、最後の準備に取り掛かる。ゼロは戦闘機に最重要項目の確認指示を、シェイルが火器制御を入念に見直す。


『オートチェック開始。各武装リンク確認』


 自己診断が開始された。素早く、そして的確に戦闘機は自分の体を確かめる。その速さは、ゼロの思考までも追い越す勢いだ。すべて機械に任せているはずなのに、頭を駆け回る情報が多すぎて安静にいられない。エラーだけを伝えてくればいいのに、頭の固いコンピュータはすべての結果をゼロに教える。


『模擬機銃弾装填。セーフティーロック解除』

 

 困りかねているゼロに比べシェイルは、ハキハキとしている。シェイルは、平気なのだろうか。ゼロはこの時になるといつもそう不思議に思う。

 

『オートチェック完了。オールグリーン、出力30%で固定』


 離陸準備が終わった。管制官にチェック終了を伝え、返事を待つ。しかし、滑走路が込み合っているからか、許可がなかなか下りない。滑走路では右往左往する戦闘機に交じって、大型機の輸送機が次々に離陸する。その異様な光景はシェイルの心を闇雲に揺るがす。しばらくして、やや慌てた口調で管制官が声を発した。


『……2285、離陸を許可する』


 操作一つで自動操縦により機体を陸から上げる。高度な知能を搭載した戦闘機にとって垂直離陸は朝飯前である。機体は不自然な動きをすることなく、上昇していく。上昇が緩やかになったところで、管制官から指示が入った。


『戦闘空域までのルートに変更はない。2285の空路進入を許可する。既存をルートに従って移動を開始せよ』


 戦闘機から操縦を受け取り、擬似的に表示される誘導灯に沿って飛行する。宙に浮くその不気味な光は真っ暗な世界に栄えて輝いて見えた。戦闘空域にたどり着き、誘導灯は役目を全うすると静かに輝きを失った。


『2285、到着を確認した。指示があるまでその場を離れるな』


『了解』


 ゼロは機体の動きを止め、静止飛行させる。近接レーダーには何も反応がない。どうやら、ほかのメンバーはまだ到着していないようだ。教官から指示が出されないため、ひたすら待つことしかできない。


『時間、間違ってないよね?』


『ああ、もっといていいはずだが』


 しかし、それからというものの何も動きはなく、開始時刻の30分前を経過した。少しして、一機がレーダーに表示されたが、残りの者は現れない。ついには開始予定時刻を過ぎてしまう。教官から通信が入る。


『滑走路の混雑のため、離陸ができない状態にある。大幅な時間の遅れが出るが全機集結まで待機』


 応答を聞くまでもなく、通信を切られた。状況が理解できずわかったこと、といえば結構な時間をじっとしておくことになるということ。十分な休息が取れていない今、体はじっとしている時間が長くなるほどいうことを聞かなくなる。そして、ついにゼロの意識は眠気に襲われた。

 あらゆる感覚がぼんやりとしている。まぶたは閉じていても、脳に直接焼き付けられるはずの映像さえも入りにくくなってきた。シェイルはゼロの異変に気がつき、自分の太ももを強く摘む。柔らかなパイロットスーツに皺がよった。伝わる痛みにゼロは意識を取り戻す。しかし、起きていられずに眠りに入った。


『残りの者が今、上がってきている』


 教官の声にゼロが飛び起きた。すぐ横で、シェイルが声を殺して笑っている。


『ちょっと、大丈夫? 操縦お願いね』


『ああ、すまない』


 待機中に寝ていた、なんてことがばれたらただじゃすまない。シェイルがどうにかして隠してくれていたようだが、操縦までさせていたとは情けなくて生返事になってしまった。しかし、ゼロには困惑している時間は残されていない。


『戦闘を開始する。全機準備はいいか?』


 レーダーに三機の機影が表示されている。いよいよ、戦闘訓練が始まる。

ここで敗れればリーダの面目はなくなり、その役をおりることになる。またメンバーの能力を知るいい機会であるが、あくまでも個人戦である。戦況を見抜き、観察し、行動一つ一つを優位なものに仕上げることが必要だ。予てから、寝ている暇などないのである。

 教官に最終確認をかねる返事をして、意識を静める。


『よし、これよりグループ3の模擬戦闘を開始する。全機、交戦を許可する』


 交戦の合図とともに各機がステルスシステムの起動と通信を途絶し、敵味方識別装置を停止する。戦闘機は周りの風景に色を合わせ溶け込み、暗闇に吸い込まれていく。


 ついさっきまで、レーダーに映っていた彼らの姿はいっさいの痕跡を残さず、闇に奪われた。いくら、空を凝視しても目に入るのは流れる雲。戦闘機の特殊な目を通して見る世界は、昼間のような明るさで雲の動きも確認できる。しかし、デジタル処理によってカラー映像に変換しているだけあって、その世界の色はどこか不自然だ。 

 ゼロは相手のレーダーに捉えられないよう、出来るだけエンジンの出力を下げ飛行する。低出力で飛行すれば当然速度は低下し、回避行動は取りにくくなる。どんなに小さな反応でも見落とせば、命取りとなる戦闘。そのような状況下で静止することは危険行為にほかならない。しかし、戦闘状況によってはこの行動が優位にはたらく。


 風の音だけのとても静かな空で、戦闘は始まる気配も見せない。上空を飛び交っているであろう戦闘機に、ゼロはちらりと目を向けた。

 広範囲にわたってレーダーを見ていたシェイルが敵機の動きを見抜きすぐに伝える。ゼロは、エンジンノズルを絞り機体を急降下させた。レーダーが見つめる小さな変化は、やがて大きく映し出される。広がる波に、一機の戦闘機が浮かび上がった。


『シェイル!』


 ゼロは声を荒げた。シェイルが爆発の痕跡から、捕捉用の特殊な爆弾の投下位置を探る。その間もゼロは、敵の姿を逃さぬよう複数のレーダーを駆使し追いかけた。多くのレーダーが爆発によるノイズで使い物にならなくなっている。闇夜で目がきかなければどうすることもできない。

 訓練機に用いられる戦闘システムの多くは旧式のものである。戦闘を補助する機能は信用にたらず、今この瞬間にもその現象が起き、レーダーが切り替えられていない。


『投下位置予測終了。ゼロ、警戒にまわって』


『了解』


 自らの手でゼロは正常に動作しているものを探す。幸い、時間をかけることなく爆発の影響を受けていないレーダーを見つけることができた。いつまでもノイズが収まらないレーダーを切り替え、目を取り戻す。シェイルが攻撃の準備に入り、モニターがそれを知らせた。ミサイルの種類や攻撃経路、着弾点が明記されている。


『一番、№5に変更。起爆位置指定』


 射出口で準備をしていたミサイルが、弾薬庫に戻され別のミサイルが引き出される。四本のアームでしっかりと抱えられ射出口に送り届けられた。ミサイルは出番までの僅かな時間に胸を躍らせる。準備完了のシグナルが点滅し、シェイルはトリガーを引いた。

 射出口が開き、同時に外へと放り投げられる。ミサイルはその場でエンジンを始動せず、重力だけで落下速度を増す。弾頭が風を鋭く切り、まっすぐ地面に引き寄せられていった。戦闘機から遠く肉眼では見えなくなったところでエンジンは動き出す。

 

 音もなく、寸分のズレもなく、ミサイルは目的地へと向う。分厚いステルス素材を纏ったミサイルは、敵のレーダー網をものとせず突き進む。そして目的地に到着すると、間を置かず作業に取りかかった。

 ミサイルの先端から中心までの外装が瞬時に開く。雨傘のような姿になり、もはやステルス機能は無に等しい。あらわになった内部から胴体に対して垂直に細長い棒を次々に突き出していく。

 そして、蓄えていたエネルギーを装置に供給し、その装置は突き出した棒から強烈な電磁波を撒き散らす。エネルギーが尽きると、起爆剤に火を入れ爆音を出し、一瞬のうちに姿を消した。

 シェイルの読みは的中し、音波爆弾によってレーダーに戦闘機が映りこむ。


『シェイル。ロック保持を頼む。一番、二番№2に変更』


 動きを把握している二機にゼロは照準をあわせた。戦闘機がゼロに敵までの距離、予想進路方向、敵機の機体データを送る。その情報表示が敵と重なり、機影の姿が一瞬見え隠れした。ゼロは最低限の情報のみを表示するよう機体に伝え、わずかに乱れた気持ちを入れ直す。


『捕捉した一機目を攻撃する。以下T1と略す。シェイル、レーダーの感度を上げて追跡してくれ』


『了解』


 シェイルは数十種類もあるレーダーの中から最適なものを選び出し、ゼロの期待に応える。その結果、敵の位置が大雑把にしか分からない状態から開放された。戦闘機の輪郭がはっきり映るほどレーダーは冴え、途絶えることのない豊かな情報から敵機の動きを導き出す。ゼロは周囲を警戒しながら、敵機に近づいた。

 ゼロは激しい回避行動を取る敵の背後に迫り、攻撃のタイミングを計る。危険を察知した敵はこれ以上距離を詰められないよう、後方に向け音波爆弾を放った。しかし、ミサイルの射出口が開く様子は、しっかりと捉えられている。ゼロはすぐに回避行動に移った。


 エンジンの出力を最低限まで低下させ、エンジンだけを空に向け立てる。機体から大きくはみ出したエンジンが強烈な風圧で震えた。

 エンジンを支えている固定器具をしっかりかみ合わせ、動かないよう押さえつける。完全な固定ができると、そこから急激に出力を上げその場から離れる。エンジンを垂直に立てた状態での飛行は機体全体に多大な負荷をかける。今、風を受けているのは、粒子をきれいに受け流す戦闘機の先端部ではなく、大きく風を受ける胴体。空中でばらばらになる前にエンジンを定位置に固定し直した。


 最大出力以上に回し続けたことでエンジンに限界が差し迫ったようだ。冷却水は異常温度に達し、モニターでも赤く表示されている。背後から迫る人工的な波に追われる間、加速を止めるわけにはいかずエンジンの温度は上がり続け、ついには警告音が鳴り出した。

 シェイルがあわてて対処するも、音は鳴り止まない。換えたばかりのエンジンブレードは真っ赤に染まり、熱は外へとあふれ出す。ついに保護機能が働き、強制的にエンジンが切られ、ブレードに直接冷却水が浴びせられた。

機体は一気に加速力を失い、ゼロは機首を大地に向け速度を少しでも維持しようと方向を変える。波に追いつかれる寸前で音波爆弾の反応は消えた。

 何とか難を逃れたものの、目標の敵とはずいぶん離れてしまった。シェイルがエンジンの再始動に取り掛かるもうまくいかないようだ。高度はみるみる下がり、演習空域外に差しかかる。


『どうして? 異常なんてなかったのに』


『動かないのか』


『ええ、自動運転ができないの。マニュアルで動かすから、もう少し時間を』


 シェイルはエンジン始動を優先するために警告表示を無理やり切る。警告を無視したことで、コンピュータの自動操作はなくなった。助けが無いなか、マニュアルで始動を試みる。だが、始動機の調子がおかしく正常に回らない。

 理由や方法なんて考える暇はない。シェイルは、緊急時に用いる手段を講じた。始動を加速機で行い、瞬時に高出力を発生させる方法である。警告が本当に正しければこの方法は危険が伴うが、システム全体に異常が見られる今は、信憑性が乏しい。

 迷っている時間はない、シェイルが運転開始の指示を出す。二度目の始動でエンジンは息を吹きかえし、機体は上昇に転じた。


 ゼロは確かめるようにゆっくりと出力を上げる。ブレードに染みついた冷却水が一瞬で気体になりノズルから白い煙となって外に噴出した。

 警告表示は減ったものの未だに何かしらのブザーが頭の中を駆け巡っている。目標としていた敵機は、上空で別の戦闘機から攻撃を受けていた。頭上でミサイルが飛び交いレーダーがその反応から敵の位置を探っている。これは制御が自動制御に戻されていき、機能が正常に動き出した証拠である。エンジン出力も安定し、失ったものといえば少量の冷却水だ。しかし、念のためすべてのチェックが終わるまでは安静にしておくべきであろう。


『システム復旧を確認。ゼロ、いつでもどうぞ』


 機体の安全が確認でき、シェイルが戦闘行動を許可する。上空の様子があわただしいが、混乱に乗じて一発で仕留めることも可能性だ。飛び込まないわけにはいかない。


『了解、もう一度攻撃を仕掛ける。異変が見られたらすぐに言ってくれ』


『ええ』


 両方のエンジンに不安を抱えたまま、ゼロは戦闘機の機首を空に向けた。



 

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