第6章:二つの壁Ⅱ
パワードスーツの試験は非武装の格闘戦。2対2で行われ、合否は勝敗に左右されない。勝敗よりもペアの連係が評価される。
日が昇りきり、パワードスーツの試験時間が迫った。試験会場であるアリーナの一角に候補生たちは集められた。各班の教官が指揮を執る。
「それでは、今回の試験について説明を行う。試験は30分間の試合形式。事前に知らせた相手と戦ってもらう。試合は2対2で非武装状態。ダメージレベル3で強制終了となる。説明は以上。何か質問はないか? それでは、五試合目までの出場者はパワードスーツを装着し待機」
ゼロは三試合目だったので、余裕をもってパワードスーツを着に更衣室に入った。準備が終わり、出番が回ってくるまでの間、試合を観戦する。
30分では、決着が着くわけがなく、どれも接戦したものばかりであった。見ていてもつまらないものであったが、試験終了までアリーナから出ることは禁止されている。ゼロは頬杖をつき、ぼうっとしていた。それでも時間は刻々と過ぎて行き、ゼロたちの出番が回ってくる。
教官に呼ばれ、ゼロとシェイルはアリーナの中に入った。ドーム型のアリーナには、黒で身を包んだゼロたち四人がさびしく佇んでいる。
「三試合目を始める。両者構え」
異様な静けさが辺りを包み込む。始まりまでの一分一秒が永遠のように感じられた。
「始め!」
始まりの合図と共に、ゼロは全速力でディオネに突っ込む。ディオネは飛び上がりそれをかわす。ゼロは火花を散らしながら体を止めた。
すぐに両足に力を込め、ディオネに迫る。ディオネは上がってくるゼロに蹴りかかった。ゼロは瞬時に交わし、スラスターで勢いづけた回し蹴りを華麗に決めた。続けざまに空中で大きくバランスを崩したディオネに追い討ちをかける。
ディオネは地面に強く叩きつけられた。次の一手から逃れるために、顔を上げるまもなく横に飛び退く。が、そこにはシェイルがいた。動く間もなく、拳が降りかかる。倒れ込む前に今度はゼロは右ストレートが顔面に入った。慌てて、ユミルが二人の間に割って入り、ディオネを逃がす。
気を取り直し、今度はディオネから攻撃を仕掛けた。隙が生まれないように、ユミルと位置を常に確認しあう。ディオネは、ゼロとの距離を詰め寄るが、なかなか縮まらない。気付けば、ゼロの向かう先は明らかにシェイルの元。ゼロはなかなか決着の付かないこの戦いを混戦に持ち込むつもりであろう。ディオネはそう察し、ユミルに遠ざかるように言った。
素早くユミルがシェイルから離れる。しかし振り返ってもシェイルは後についてこない。ディオネの策略は間違っていた。ディオネは自ら2対1の状態にしたのだ。下がる前にゼロとシェイルが迫る。ユミルが助けに向かうも間に合う訳も無く、ディオネは圧倒的に不利な状態に置かれた。
ゼロとシェイルの途絶えることのない攻撃に身を守ることさえできない。ゼロの戒心の一撃で吹き飛ばされたことで、やっと開放された。ユミルが駆け寄る。
『ディオネ、大丈夫?』
ディオネはしぶしぶ体を起こす。ゼロとシェイルに動きは見られない。残り時間は5分を切ったところ。少しでも教官たちに良いところを見せなければならない。だが、すでに時間もなければ、気力もまったく無かった。
難攻不落の二重壁は未だに、二人の前で佇んでいる。1対1に持ち込むことが出来たとしても、返り討ちにあうだけ。事前の身体テスト結果では、ゼロとディオネの力差は歴然であるが、シェイルとユミルを比べるとユミルが上回っていたはず。そのことを思い出し二人まとめてか掛かれば、ゼロとシェイルに勝てるとまでは言わないが、大きな打撃を与えられるかもしれない。ディオネは短い言葉で作戦を伝えた。
ユミルの反応はとても悪かったが何もしないわけにはいかなかった。二人は呼吸を合わせ、動きを合わせゼロたちに挑みかかる。
「だぁ~くそっ。駄目だった」
更衣室で大きく背伸びしたディオネが声を漏らす。丸々30分間戦闘を続けたもののディオネに見せ場は一度も訪れることはなかった。パワードスーツを脱ぎ終えたゼロがディオネの隣でに腰を下ろす。
「お疲れ様」
「うるせ~。こんなにもうまくいかないとは」
ぼそぼそと嘆くディオネを残して、ゼロは更衣室から出て行った。続けれられている試験を横目にシェイルを待つ。夕時の穏やかな時間。姿を表さないシェイルに待ちくたびれて、ゼロは重くなった瞼を閉じることにした。
「……ゼ、……ゼロ。起きる時間だ」
どこか懐かしい男性の声がする。何度も呼ばれるので、ベットから体を起こし目を開く。意識がはっきりする前に声の主から頭をガシガシ撫でられた。
「おはよう」
ゼロは男の顔も見ずにただ頷いた。再び眠りに付こうと体の力を抜くが、寝そべる前に男に抱きかかえられた。
そのまま男に連れていかれ、クッションが重ねられた椅子に座らされる。湯気がたつ朝食を眺めていると、早く食べろと急かされた。
扱いづらい長い箸を片手に、食器をそばに寄せる。食べ進めるが一向に量が減らない朝食と格闘しているとさっきの男が様子を見に来た。男はしゃがんでゼロに視線を合わせる。
「昨日から、書類上でも家族の一員になったわけだ。もっとこう、子供らしく振舞え。ん? 違うか。……まあいい、飯はいいから着替えろ」
ゼロは、テーブルに箸を置く。男は車で待ってると、言い残し部屋から出た行った。長く待たせる訳にはいかないので素早く着替える。しかし、一分も立たない内に声が掛かった。今度は女性の声だ。
「ゼロ、……ゼロ。起きて」
先程とは打って変わって、たくさんの話し声も耳に入ってくる。目を開けると、着替えを済ませたシェイルがいた。
「待たせてごめんなさい」
困った顔をしたシェイルにゼロは首を振る。
「いや、気にするな。夢を見ていたんだな」
「えっ、何?」
アリーナへの喚声でお互いに話しが良く聞き取れない。ゼロはシェイルの手を取る。
「子供の頃の夢を見た」
歩き出したゼロの表情からは、気分は窺えない。
「ねえ、ゼロ。夢って悪い夢じゃないよね」
シェイルがどこか心配そうな顔で見つめてきた。
「親父に起こされて、学校に行くまでの夢。もう随分会ってないから、懐かしかった」
ふと窓を見れば、沈み始めた日が空をオレンジ色に染めている。
「なら良かった。早く帰ろ、ユオンが待ちくたびれちゃう」
シェイルが歩みを速めるので、ゼロは手を引かれ、思いに更けかけていた思考が現実へと戻された。