第6章:二つの壁
訓練機の証である青と白で彩られた戦闘機。どこまでも澄んだ青い空が候補生たちの緊張を引き立たせる。
今日は、実技テストが行われる日。教官はグヴェーだけでなく、彼の横には名も知らない二人が立っていた。グヴェーは時間を確かめ、事を進める。
「時間だ。候補生は戦闘機に乗り込め」
熱い熱気が戦闘機に足を踏み入れる候補生を歓迎する。
『それでは、グループ3の第二試験を開始する。試験内容を再度確認する。試験はアルファベット順で行い、まずAスポットまで移動。停止した後、再起動を行え。起動後、垂直離陸。ポイント1に移動し、空中、海中、宇宙で飛行試験。終了したら再びAスポットに着陸、以上。よし、Aペア、試験開始」
ゼロとシェイルが乗る戦闘機が編隊から離れ、滑走路に向かった。
停止ラインまで移動した後、エンジンを切りシステムを終了させる。ゼロはゆっくりと深呼吸してから再起動に踏み切った。
『エンジンノーマルスタート』
エンジンブレードがゆっくり、大きな唸り声を上げ回り始める。大地が揺らめき、強い風が吹き抜けた。
『出力20%上昇、エネルギー供給開始』
計器類が目を覚ました。ここからは、ゼロは機体をシェイルは電子機器系統に分かれて入念にチェックする。
『エンジン、ノズル共に正常に可動。冷却システム異常なし』
『レーダー起動。高度、方位、速度表示確認』
ブレードの回転速度が上がり、エンジンの轟音が消えた。
『出力50%上昇。エンジン始動完了。オートチェックオールグリーン』
『セーフティーロック確認オートチェックオールグリーン』
再起動が完了し、ゼロは離陸にかかる。エンジンが直角に動き、ノズルが真下に向く。機首下のスラスターが装甲を開き顔を覗かせた。
巧みな出力調整の元、重厚な戦闘機が雲のように浮かび上がった。高度計の値が次々に変わる。そして高度計が赤色から、緑色になった。瞬時に降着装置が格納される。
『ギアアップ確認。シェイル』
『ええ。始めましょう』
スラスターを止め、エンジンを元の位置に戻す。ポイント1に移動して飛行試験を始めた。スクリーンには訓練の時と同じようにサークルが表示されている。
ノズルを目一杯絞り、その中に飛び込んだ。直線が続き速度が上がっていく。ゼロは出力を少しも緩めることなく突き進んだ。
大気圏内最高速度に手が届いたその瞬間、目先のサークルが忽然と消えた。ゼロはすぐに行動を起こす。
エンジンが体を起こす様に反転し、進行方向を向く。スラスターもブレーキとして尽力する。機首を上げ、攻め入る風を体全体で受けた。強靭な翼が軋み、心成しか叫び声が聞こえた。それでも仰向けになるまで上げ続けた。
その時、再びサークルが目に入る。エンジンを定位置にし、直角を超えた急カーブを曲がりきった。高ぶった感情と機体を落ち着かせ、先へと進む。緩やかなカーブは翼で風の力を借りて、機体を操る。急なカーブは、ノズルの助けをもってして、なるべくエンジンを可動させずに曲がりきる。
やっと試験の終了を表す赤いサークルを潜り、何とか一度のミスも無く、空での試験を終えた。次に待ち構えるのは、海中試験である。
『海中進入角度適正。進入速度まで減速』
『システム変更完了』
失速ギリギリの速度で海面に突っ込む。海の中は、抵抗が大きく翼が邪魔になる。加速性能は格段に下がり、方向転換にも時間差を生じる。アクロバットな動きを求めてきた道標にも疲れが見えた。
ゼロは慎重に海中試験をこなした。最後の試験に臨むために空に舞い戻る。海水で濡れた機体がきらきらと輝く。海に別れを告げ真っ直ぐ、天を目指して突き進んだ。
『大気圏離脱開始。エンジン適正出力で維持』
重力から逃れる間、シェイルは他の準備にかかる。眼下に広がる建築物が小さくなってゆく。あっという間に、全てを飲み込む暗い宇宙に翼を広げた。淡い光を放つ星たちが二人を見守る。
慣性飛行で回っていると恒星の強い光の先にサークルが顔を見せた。サークルが生み出した道は、難解な迷路のように捻くれている。あらゆる妨げのない宇宙は、自由に動けるが、機体制御が難しい。そのことを証明するかのように絶えずスラスターが火を噴き、エンジンが上下に激しく踊る。
訓練以上の反応の良さにシェイルは改めてゼロの凄さを感じた。目まぐるしく、あらゆる計りが変化しシェイルは異常が無いか目を光らせる。
飛行試験は何事もなく無事に終わり、帰還に向けて翻した。午後からのパワードスーツの使用試験までにはまだ時間があったため二人はゼロの自宅に戻ることにした。この時間帯、教育センター内の人道りは少ない。人とすれ違うことが無いので、妙な緊張をしなくてよかったし、何より試験後で歩きやすかった。
「よう。ゼロ!」
声と共に急に伸し掛かれ、ゼロはよろめく。
「うぅ。早くどいてくれ」
ディオネがクックッと、笑いゼロに寄りかかった。
「俺らも今、終わったところだ。飯でも食いにいかねえか?」
「奢ってくれるのならいいが」
両手を上げ、困った表情を見せる。
「冗談だろ。奢るほどの金なんて手元にねえよ」
「何かやらかしたな?」
ユミルがディオネをゼロから引き剥がす。
「はいはい。一銭も無いですよね。ディオネさん。……シェイルも聞いてよ。訓練でね、戦闘機を施設に思いっきりぶつけて、それの請求で収入がパア。始末書を全部私に任せて、張本人はどこか遊びに行ったきり帰ってこない。どういうつもりなのかしら」
「いや~それほどでも」
有無を言わせずユミルは拳を浴びせた。ディオネがその場で蹲る。腹を抱えながら、しぶしぶ歩くディオネを連れて食堂の赴いた。
「ところでゼロ、試験の相手知ってるか?」
「お前だ」
「……マジかよ! つうか、何で知ってる」
「はぁ? もしかしてあなた見てないの?」
二人は喧嘩が好きなのだろう。一度始まった喧嘩は収まることを知らず、高まる一方だ。とばっちりを食らう前に逃げ出そうとゼロとシェイルは休むことなく食を進める。
暖かい料理が冷めてしまっても繰り広げられる熱い戦いは終わりそうになかった。