第5章:二人並んで
試験から一週間後、合格者が軍教育センターに集められた。
初め400人近くいた候補生たちが、今では100人足らず。短距離走が出来たくらい広かった講義室も、一番後ろの席からグヴェーの鋭い眼光がはっきりと見えるほどの狭さになった。
ゼロは、なかなか現れない教官に憤りをおぼえ、辺りを見回す。まず、一際目立つ大柄の男の姿が目に入った。ディオネであろうその男の横にはユミルが座っていた。二人とは離れているところに座っていたので、声は掛けられそうにない。
隣にいるシェイルは、昨日買い換えた最新モデルの携帯端末に夢中だ。真新しい機能を見つける度に輝いた表情でゼロを呼ぶ。最近になってゼロやシェイルが使っている腕に巻くタイプの携帯端末は体内内蔵型に圧倒されているため、滅多に新型が出ない。
ゼロが買い換えようかと考えているところでやっと教官がやって来た。かなり遅れているというのに何食わぬ顔で喋り出す。
「久しぶりだな。みな元気で何よりだ」
講義室の静けさが増した。どこかで聞き覚えのある声だったが、ゼロは誰なのか思い出せなかった。しかし、服装からして位の高い者であることは分かる。
「君たちとは入隊テスト以来、私のことを忘れてしまったのではないか?」
その教官はうんともすんとも言わない候補生たちを苦笑で迎える。
「仕方が無い。簡単な自己紹介でもしよう。私は、ここの総合責任者ナビク・リギュラインだ。社長のような者だぞ。ハッハッハ、これは来年のテストに出したら合格者が居なくなってしまいそうだな」
講義室がにこやかな笑いに包まれる。
「さて、今日は時間もあることだし、長話しをさせてもらおう」
突然ドアが開いて慌しく教官が入って来た。そして敬礼もなしに口を開く。
「緊急招集がかかりました。同行願います」
リギュラインは頭に手を当てる。
「これでは、いつまでたっても彼らは点が取れないではないか」
「はい?」
候補生は黙って事の成り行きを見届ける。
「仕方ない。話はまた今度にしよう」
二人が出て行ったドアから忙しく行き交う人を垣間見た。候補生がざわつき始めたところでルミリオンが現れる。
「全員いるな。今日から実技演習に入る。演習はグループ単位で行う。早速だが顔合わせといこう。グループはすでにこちらで決めている。不満は聞かないぞ」
端末には3-Aと表示されていた。
「グループの中でABCD、と分かれているだろう。それは成績順にしたものだ。Aがグループリーダー、B、C、Dには役目は無い。リーダーを中心に仲良くな」
ゼロは振り返り同じグループの顔を覚える。残念ながら、ディオネたちとは別のグループのようだ。ふと、端末を見ると担当の教官がグヴェーだった。
訓練が始まって早数ヶ月、候補生たちは初歩的な課題を難なくこなし、着実に力をつけてきた。
新たな訓練のために連れてこられたのは人、一人が優に収まる大きさの真っ白なカプセルが並べられた訓練施設であった。グヴェーが口を開く。
「今日から、アエネアスを用いた訓練を実施する。プログラムに従ってエンジンの方向転換からだ。さあ、入れ」
アエネアスがゆっくりと傾斜し、口を大きく開けた。ゼロはアエネアスに乗り込む。
「よし、訓練開始」
目を瞑り頭の中を真っ白にする。目を瞑っているのに、鮮明な風景が見えてきた。見慣れない滑走路に、一機の戦闘機が地に足をつけている。
『どうだ? 見えているか。見えている者は返事をしろ』
グヴェーの声が頭に入ってきた。すかさず、ゼロは答える。
『A1了解』
ゼロに続いて他の候補生も返事をしていく。
『うん? どうしたD-2。……聞こえないのか。初めからやり直しだな。他の者は訓練を続けろ』
候補生は訓練マニュアルに従って戦闘機を操縦する。しっかりと思考できていれば、目の前にある戦闘機に動きがあるはずだ。
ゼロの思考にぴったりとあわせて、エンジンが上下に可動し、ノズルが上下左右に動く。
『大まかな動きは出来るようだな。細かな動きもしっかりやれ』
ゼロはただ動かすのではなく、二つあるエンジンを同じ角度にしたり、非対称な動きをさせる。自由自在に操れるようになると次々に課題をこなしていった。
『さすが、最優秀候補生。こんな訓練お手の物か?』
グヴェーのゼロに対する評価に他の候補生が負けじと力を入れて取り組む。
『よし、進めるぞ』
戦闘機が消え、代わりに高度計、方角計などが浮び上がった。
『今度はコックピット視点で訓練を行う。先程のように動きを確認できないからな』
ゼロの前に、青色のサークルが現れる。自分の思考にかかわらず、それは迫ってくる。おそらく、速さが固定されているのだろう。一つ目のサークルを潜り抜けると次々にサークルが表示され、青いトンネルを形成していく。
トンネルは蛇のように曲がりくねっていて激しい動きを求める。ゼロは一度もサークルに触れることなく前へ進んだ。進むにつれサークルは縮まり、スピードが上がる。初めは何ともなかった候補生たちが、次第にグヴェーの罵声を浴びていく。
今日の訓練の最後に操作が簡略化された垂直離着陸が行われたが、成功したものはゼロとシェイルを含む三人だけであった。
それから2ヵ月、飛行訓練の基礎を築くと変わってパワードスーツの訓練が始まった。訓練は本物のパワードスーツで行われ、パワードスーツを着込んだ候補生たちが、グヴェーを待ち整列している。
少し遅れてやってきたグヴェーは、会議で遅れたというと候補生を訓練施設へ移動させた。
「まだ、電源は入れるなよ。そのまま移動しろ」
パワードスーツ自体は歩けなくなる程の重さではないので苦にはならない。しかし、隣で歩くシェイルはどこか辛そうだ。ゼロは教官の目を気にしながら、シェイルを呼んだ。
「シェイル、どうした」
えっ、とシェイルはきょとんとした顔を上げる。
「……無理するなよ」
ゼロは返事を聞くことなく、シェイルから離れ少し先を歩く。シェイルは、深い溜め息をつきゼロの後を追った。
戦闘艦がすっぽり入りそうな巨大な施設に着くと、グヴェーからフルフェイスマスクの装着とパワードスーツ起動の指示が出た。アエネアスと同様に外の様子が頭に入ってくる。
「電源を入れた者からチェックを開始。済んだら報告しろ」
パワードスーツのシステムによるチェックが終わると、軽く体を動かし、きちんと同調しているか確かめる。電子機器が正常に作動しているか見て、グヴェーに報告した。全員のチェックが完了すると、グヴェーが訓練について話し出す。
「お前たちの目の先にある、障害物をペアで乗り越えることが今回の訓練だ」
ゼロの目には、巨大な施設に見合った大きなぶったが映る。
「よし。ゼロ、シェイル始めるぞ。スタートラインに立て。もし後からスタートした者に追い抜かれれば、……分かるだろう?」
グヴェーの合図で二人は全力で走り出した。ゼロが先行し、シェイルは足手まといにならないように、と付いて行く。
訓練開始から2時間以上たったが、パワードスーツのおかげで一切疲れは無い。この間、二人は一言も交わさず、顔さえ合わせていない。会話が禁止されているわけではなかったが、シェイルから何かしら負のオーラが感じられ、話し掛けれなかった。
そして、それはゼロがシェイルに手を差し伸べる度にそれをより強く感じる。訓練が終わっても挨拶を交わすだけでしかできなかった。
ゼロは眠る前にもう一回シェイルのことを思った。シェイルの様子がおかしかったのは今日だけではない。もっと言えば、実技訓練が始まってから気掛かりなことが多くなっていた。原因となるようなことがないか思い起こすが思い当たることはない。本人に直接聞くしかないと考え、明日に備えて眠りについた。
翌日ゼロは、訓練の合間に話を切り出そうとするが、気が付けばすでに夕方。多くの候補生が帰路に付く中、ゼロは元気のないシェイルに心を痛めた。
「シェイル。何かあったのか?」
シェイルが笑顔で答える。
「何が?」
「いや、最近辛そうな顔をよく見るから」
「……気のせいだよ」
ゼロは歩みを止め、シェイルの腕を握った。
「シェイル!」
ゼロの強い呼びかけに心が揺れた。シェイルは溜め込めていた胸の内を話す。
「私は、……私は、ゼロと一緒に歩きたい。それなのに、後から付いて行くことしかできない」
心のどこかで感じていたシェイルの気持ちが、現実の言葉となった。
「シェイルそうじゃない。俺は、シェイルがいるからこそ前を歩ける。前に進めるんだ。里親にさえ心を開けなかった俺は、シェイルに出会って変わった。目標もなしにただただ歩き回っていた俺に、一筋の道を作ってくれた」
シェイルはゼロの目を食い入るように見つめる。
「目には見えなくても、シェイルは俺の手を引き導いてくている。だからそんなふうに思うな。シェイルは俺といつも一緒に歩いている」
シェイルは顔を染めていった。
「ありがとう」
「こちらこそ。もう大丈夫だな」
シェイルは大きく頷いた。
「でも、ゼロもクサイ台詞言うことあるんだね」
ゼロは恥ずかしいのか顔を伏せる。