1章6話
放課後。オレと佐藤はホームルームが終わるとすぐに部室に向かった。
「なあ、河原、さっきの紹介を聞いてどう思った?」
佐藤が聞いてきた。
「どうって、そりゃ、思っていたような人と違って、びっくりしたかな。オレは真剣に部活したいからまじめな部活を期待してたから」
「そうか、お前、真面目だな」
佐藤は自分の考えは述べなかった。もしかしたらオレと反対でポジティブな考えを持っているのかもしれない。聞き返して意見が割れたら気まずいので聞かないことにする。
まだ入部していないのにも関わらず慣れてしまった道のりを辿り今日も部室へとやってきた。まだ先輩は来ていない。
十分ほど待っただろうか。やっと上級生数名が部室にやってきた。
「ごめーん、まった? もう直ぐ部長来るかと思うからもうちょい待っててー」
リボンの色からして二年生だろう。女子三名がやってきてそういった。ギャルとまではいかないが少なくとも真面目そうには見えない人たちだ。今日部活動紹介にきていた部長と思われる人よりかは真面目そうかな。
まあ、格好なんて自由だし、そもそもバンドをする人間は多少派手な人が多いイメージがある。それは構わなかった。練習を真面目にやってくれれば……。
軽音に興味がある人は多いらしい。二十人強の一年生が部室前に既に集まっていた。部長はまだ来ない……。
それからさらに十分後、やっと部長らしき人がやってきた。部活動紹介のときに話していた人だ。他にも数名の部員が一緒にいる。
「わりー、遅れた」
部長(たぶん)は言葉とは裏腹に反省の態度や表情は一切見せずに鍵をあけ、部室の中にスタスタと入っていってしまった。オレたちも他の部員に手招きされながら入っていく。
中に入ると、壁一面に防音材のようなものが貼ってあった。中は防音室となっているようだ。アンプやドラムなどの大きな機材や楽器の他、ギター雑誌やシールド、ピックなどもあった。その他にも、ノートやお菓子の袋、おもちゃ、ぬいぐるみ、部員の私物と思しきものなどで溢れており、かなり散らかっている。
みんな何か言いたげな顔をしている。オレも言ってやりたい、部屋汚くないすか? って。いや、そんな勇気ないけど。
「まあ、汚いけどゆっくりしていってよ。楽器弾きたい人はどうぞ勝手に弾いてくれ」
部長らしき人はそういうとソファーに置いてあった荷物を乱雑に床へ放り、ソファーの上に寝転んだ。
みんなそれぞれ部屋のあちこちを眺め居心地悪そうにしている。オレも居心地が悪い。
どうしたらいいのかわからなかった。帰れと言うことなのか? 誰も新入生年を歓迎する様子はなく、興味なさそうにしている。すると一人が前にでた。
「私は軽音楽部へ入部したいと考えているのですが、この部の普段の活動内容を教えていただけないでしょうか?」
雰囲気の悪い中、硬い口調で質問をしたその女子生徒は入学式の後の階段で鼻歌を歌っていた生徒だった。やはり彼女も軽音志望か。初めて彼女の言葉を聞いた。真面目で頑固、成績は優秀といったイメージだろうか。見た目といい話し方といい、そんな気がした。
「えーと、普段は全然活動してなくて。みんなでたまーにご飯行ったりとか、遊びに行ったりとかしてるよ。あたしら、なんて言うか、あんまガチじゃないってゆうかあ。音楽ってそもそも遊びじゃん? だから別に真面目にやんなくてもいいっしょって思ってー。」
女子部員が回答する。階段鼻歌女は顔を曇らせた。
「あの、音楽は遊びって言いました? 私、真面目にやりたいのですが。もし私が入部してもあなたたちとは別行動でやらせてもらってもいいですか?」
階段鼻歌さんグイグイいくな……。今度は部員の顔色が変わる。質問された女子部員は困惑の色を浮かべた。
「あー、すまん。本気の人は他んとこ行ってくれ。うちはパーティー部なんだよ。そういうの、いらない」
代わりに部長(たぶん)が回答した。
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
階段さんはそういうと仏頂面で部室を後にした。
「なんか雰囲気わりーなー。いるんだよ、なんか本気のやつ。空気の読めねー、つうか。面倒だよな。みんなすまん。まあなんだ、おい、本田、なんか弾け」
部長(たぶん)は本田という男子生徒にギターを弾くよう命令した。本田さんはええー、俺スカ? などと躊躇ったものの、部長が鋭い眼光を飛ばすと急いで準備に取りかかった。たぶん二年生なのだろう。本田さんはギターをアンプに繋げると有名曲のイントロを弾き出した。上手くはなかったが弾けてはいたし、なかなか選曲も良かったからか一同から拍手が巻き起こる。彼女の言葉で重くなっていた空気が幾分か緩和された。本田さんは少し照れた。
それから、本田さんは数名の一年にギターを弾かせてあげていた。佐藤も弾きたいらしく二人で試奏の列に並ぶ。
オレの番が来た。ギターを借りる。よく見ると音量以外のスイッチが壊れている。オレの顔には不満の色が滲み出ていたのかもしれない。
「これ結構前に卒業した先輩のだから古いしボロいんだよ」
本田さんはそうオレに呟いた。
「新しいのとか買わないんですか?」
オレは聞いてみる。
「お金なくてね。いろいろ買ってるから」
部室を改めて見回してみる。特に高価なものや機材は見当たらない。
「何買ったんですか?」
すると本田さんは少しオレの耳に近付いた。何やら他の人には聞かせられないらしい。
「部長とかが色々買っててさ。その、関係ないものとか。誤魔化して。あ、このこと誰にも言わないでよ!」
どうやら部長は部費を横領しているらしい。部員もそのことは承知だろうが部長が怖くて言えないのだろう。
少しギターを弾かせてもらった後、佐藤にそれを手渡した。佐藤はギターを持つのが初めてだったらしい。
「おお、これがギターか。意外と重いんだな」
そういって何やら嬉しそうに眺めたり、弦に触れて音が出るのを楽しんでいる。弾き方を教えようとすると断られた。
「短時間じゃ弾けなさそうだし。後で自分のものを買って練習するよ」
どうやら本当にギターを始める気らしい。それはいいが、この部活はやめといた方がいいのではないだろうか。
「君たち入部するの? それは嬉しいね。よろしく」
本田さんはそういって歓迎の意を示してきた。正直オレはあまり入る気が起きない。
「ライブとかってやってるんですか?」
ついでに聞いてみる。
「うん一応。文化祭と音楽祭に出てるよ。まあ、一部の人だけだけどね」
本田さんはその一部の人なのだろう。
「そうなんですか。本田先輩が曲を作るんですか?」
「いや、うちはオリジナルはやらないよ。コピーだけ。オリジナルはやる人いないし、面倒くさいからやらないことになっているよ」
衝撃的なことを知らされた。オリジナル曲をやりたいオレにとって、その事実はこの部活に入る意義すらもなくす。
そのあと本田さんと佐藤は好きなバンドの話や世間話で盛り上がっていた。オレは上の空だ。ずっと入りたいと思っていた部活はこの学校にはなかった。その事実はオレの心に重くのしかかる。
結局、そのあと一時間ほどしてお開きになった。
「そうだ佐藤、河原。これからオレらゲーセン行くけど来るか?」
本田さんがオレ達を誘った。
「行きます。河原も来るよな?」
「悪い。オレは帰るわ」
オレは誘いを断って帰宅した。
結局、オレは軽音楽部に入部しないことにした。佐藤は入部したようだ。
オレはしばらく何も考えられなくなった。ずっと夢だった軽音楽部の入部を断念せざるを得なくなり、学校生活へのモチベーションがなくなった。これから何を目標にして生きていけばいいのだろうか。
******
オレには何もなかった。それなりの暮らしは営めていたが、生きていくモチベーションというものが欠落していたのだ。
友達はおらず、趣味も特技もなかった。勉強は平均くらいで決して良いわけでもなく、根暗で運動も苦手であった。楽しいことなどなかったが惰性で何となく生きていた気がする。
あれは中学二年のころだったか。元々周りとうまく付き合える性格ではなく、ぼっち生活を幼少の頃から営むプロのぼっちだったわけだが、とうとうオレは目をつけられてしまった。
相手はサッカー部の主将とその取り巻き。学年で完全な支配力を持つバリバリ一軍の彼らを前にオレは太刀打ちできなかった。オレは虐められたのだ。
その後、不登校になり、自殺も考えるほどにまで落ち込んだ。そんな時に出会ったのが音楽だった。あの音が、オレを救ったのだ。それからは音楽がオレの生きる理由になっていた。
友達や、家族、恋人、趣味、将来の目標、使命、見たいテレビなど、そんな生きがいがあってみんな生きているのだろう。しかし、オレから音楽をとってしまったら何も残らないのだ。
これから先、様々な苦悩や困難が持ち受けているだろう。その時に支えてくれるものがオレには何もない。将来、つまらない仕事をして、疲れ果てて誰もいない家に帰り、趣味もなく、友人と語らうでもなく、街では恋人たちが愛を育み、その横をただ憂鬱という黒い塊を抱えたオレが通り過ぎていく。そして、ただ時だけが過ぎ、何も為せないまま、何も楽しめないまま、独りで人生を終えていくのだ。あああああ、嫌だああああ。オレはただでさえ悲観的な思考を今回の件でブーストさせ、自身の将来像に絶望していた。