1章2話
幸いオレの存在が彼女に認識されることなく済んだ。影が薄くてよかった……。
オレは改めて混雑していた階段を上る。あちらの階段が使われていなかった理由はその暗さや汚さが原因なのではなく、ただ単に上階に通じていなかったからのようだ。
オレは三階まで登った。1年生の教室は校舎の三階にある。この学校は学年が上がるごとに階が低くなるシステムらしい。
一年二組が一年間オレのお世話になる教室である。教室に入るとすでにみんな揃っていて、各々自由に過ごしている。一人で配布物を確認する者、席の近い人と雑談をする者、机に突っ伏している者。すでにクラスメイト品定め大会は開幕している模様だ。ここをどう過ごすかで今後の学園生活が左右されると言って過言ではない。
オレは自分の席を確認する。式の前に一度、席に立ち寄って、荷物などを置いていってはいるが、まだ慣れていないので念のためだ。間違えて他人の席に座ってしまったら非常にまずいことになる。コミュ力があれば誤魔化したりできるがオレにできるはずがない。オレは正真正銘のコミュ症なのだ。たぶん、新生活早々、キモいキャラのレッテルを貼られてしまう位のヘマをしでかすだろう。
オレの席は前から一番目である。ファミリーネームが「河原」だから出席番号は前の方になることが多い。でも、席が最前列になったのは初めてかもしれない。
これから少なくとも一年間は世話になるその椅子に腰掛ける。するとどっと疲労が押し寄せてきた。暑いので学ランを脱ぐ。
少し息を休めてから周りを見渡した。右隣は男子、左隣は女子か。右の生徒は青木というらしい。上履きに記名することが決まっているからそれをみればわかる。彼がこのクラスの主席番号一番か。まあ、一番は青木かアベと相場は決まっているからな。後ろは木村だ。
左の生徒は後席の人と話していて、よく足を動かすので上履きの文字が読めない。女子だからあまりじろじろ見ているとスカートを覗くとしているように見えるかもな。それはまずい。てか、もう友達できたのか、早いな。よく見たらオレの周りの人は殆ど誰かと雑談している。やばい、出遅れた。人気のない階段なんて上がっている場合じゃなかった。
しかし、オレには会話に途中に割って入るスキルはない。この情勢が変わるまで待つ他ないようだ。
高校生活こそは人間関係を上手くやりたい。中学までは万年ぼっち、一時期は虐めにもあった。そんな過去を改め、高校生活は充実したものをおくりたいものだ。
オレも早く友達を作らねばと思い、誰に話しかけるかを思案していると教室にクラス担任が入ってきた。生徒玄関にてクラスと番号を確認した際、担任の名前は田中ということは分かってはいたが対面するのは初だ。男性で歳は三十代ぐらいの人だ。
クラス担任は軽く自己紹介をした。数学の教員らしい。それから必要書類を配り説明を始めた。その後は、学校生活についてと今後の予定について聞き、これで自己紹介と委員会決めをやれば今日はお開きである。
自己紹介が始まった。オレの番まであまり時間がないから言うことを考えなくてはならない。自己紹介で印象は決まる。今後のオレの楽しいスクールライフのためにもここで失敗は許されない。
オレの番が来た。
「河原勇太です。隣町の中学から来ました。部活は軽音に入ろうと思っています。よろしくお願いします」
よし、当たり障りのない挨拶ができた。今までぼっちだった人間が急に頑張ったらボロがでるからな。これくらいが丁度いいだろう。
オレの順番までの人の名は緊張していたせいで全部覚えていない。顔と名前を覚えるの苦手なんだよな……。
それからも着々と自己紹介が行われていく。隣の女子生徒の順番になった。
「坂田沙耶です。サーヤって呼んでくださいっ。みんなと仲良くしたいですっ。よろしく!」
隣の女子生徒は正真正銘の美少女と言わんばかりの整った容姿と溢れ出る可愛い子オーラを纏っている。丁寧に織り込まれた三つ編みヘアーと後頭部で束ねられているお団子縛りがより彼女のフェミニンさを強調していて、一眼で心を奪われそうになる。生徒指導を受けるギリギリのラインまで着崩した制服からは柔軟で活発な性格が読み取れ、袖口からは桃色のセーターを覗かせる。
また、たった十秒にも見たない自己紹介からですら読み取れる愛嬌の良さと、大きめのセーターの上からも視認できるグラマーな体型は男心をくすぐるらしく、明らかにクラス内の男子の目の色が変わった。コミュ力も高そうだし、きっと男子とも気さくに話すタイプだろう。モテるだろうな。でも、嫌われたらクラス中が一気に敵になりそうだ。
虐められっ子人生を歩んできたせいで発想が悲観的になってしまった。とりあえず、隣の女子の名は「サーヤ」って言うのね、覚えておくわ。




