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8 Aさん、独断で冒険者ギルドに登録する

 私は、結局、銀貨2枚で1泊の宿屋にいる。

 冒険宿の恐ろしい副産物よりも、安心できるふかふかのベッドと、枕を選んでいた。

 森の中でも、枝上でも、沼地の中でも眠ることができるサバイバルの達人でも、ふかふかのベッドの魅力には勝てない。真っ白なシーツ、型崩れしていない枕、薄くて軽い掛け布団など、寝床には文句が出ないほどグレードの良さを満喫できる。

 ある一点を除けばだ。


 風呂、桶がある。

 メイドさん曰く『湯を張れ、並々と...そして、体を洗うのだ』と。

 淡白な内容にどこからツッコめばいい?


 湯を沸かす。

 どうやって、宿屋の給仕に問うと――「生活魔法をご存じない?!」――と大変、驚かれた。

 この世界には当たり前のように“()()”が存在する。


 ああ、そういえば。

 ドワーフのババさまが、少年ゴブリンの傷を一瞥して『ポーションで治ったのに』とか言ってたな。ポーションがなかったら、MPを消費して治癒促進魔法ヒールを掛けるという手段があったということだ。

 前者のポーションは道具アイテムであり。

 後者の治癒促進魔法ヒールはスキルというものだ。


 スキルの取得には適性に依存するため、誰でもが行使できる分けではないらしい。


 で、先ほどの話に戻る。

 生活魔法――湯を沸かす、水を注ぐ、火を点す、香辛料を...これらのすべてが生活魔法のほんの一例というものだそうだ。生活魔法は、スクロールでの行使とのことなので、術者の適性条件などはないのだそうな。

 ()()()の私でも、使えるかもしれない代物だ。


 生活魔法のスクロールは、銅貨10枚で1本購入できる。

 これは価格が一定なのだという。



 パンツも履かず、水を張った桶の前でしゃがみこみながら、スクロールを放り――“湯よ、沸け”

 目の前でスクロールが、青白い炎の中に燃え尽きた。

 バスタオルは、頭の上に載せ、小さく膝を抱えて5分待つ。


 ポコッ、ポコポコ...


 面白い。

 桶の底から気泡が出始めた。

 弾けた気泡から、温泉みたいな香りがする。

 しばらくすると湯気も、上がってきた。

「ひゅ~ 本当に湯が沸いてきた」

 桶の周りを見る。

 その下に湯を沸かすような機械みたいなものはない。


 町中の施設――痴女デビューした大衆サウナのあれも、生活魔法によって湯気を生成していたという話だ。例えば、スクロールではなくより情報量の多い魔法円や魔法陣などを用いると、湿度の設定、室内温度、換気なども調整できるのだというのだ。

 便利すぎる。


 私がそう思うのだから、ひとたび魔法文明の低い地方に行ったら、途端に何もできない人間になる。デルタのいう“()()()()”認定のそれだ。

 私が買ったスクロールには、水温43.7度、ちょっと熱めのお湯が沸くように設定されており、保温維持時間は、1時間という事のようだ。



 湯浴びを終えて、私は寝室にある。

 手足を投げ出し“大の字”に広げてもベッドにはあと、何人か添い寝ができそうな広さがあった。

「ちょっと広いな...」

 翌朝、気が付いたら居間のソファで寝てた。

 結局、ベッドは転がっただけしか使ってない。


 給仕のメイドさんからも珍しい人だと言われたが――。

 たまに、そういう人も居るという。

 急に身の丈以上のことをすると、不安になるのだというのだ。が、私の場合はそれとはちょっと違う気がするも、ここで反論して仲が悪くなるのは得策ではない。

「街には観光で?」

 他愛ない会話。

 何かを勘ぐって、探りを入れてきている訳ではない。

 訳ではないのに、どうにも顔が強張る。

「観光でしたら、この街のランドマークは、教会ですね! 荘厳なつくりだといって有名なんです」


「あ、えっと...買い物は?」

 柔らかな笑み。

 メイドさんが市場マーケットの話を始める。

 肌着と、トランクス姿の私に憐れみを持ったのだろう。

「商業区では、日用雑貨が多数扱う露店がありましてね、この荘園は香水がお土産として有名なんです。贈り物としては、敷布ですね! 織師の方々が国法認定を受け、色鮮やかな絹糸を用いて編んでいます。大作になれば金貨、数十枚もとなり完成までに数年となりますが、お土産であれば個人の敷布で銀貨4、50枚くらいで買えると思います」

 銀貨4、50枚の敷布――それは、私の路銀すべてでも買えませんよ。

 1泊銀貨2枚の宿屋にいるからといっても、金持ちじゃない。


 いや、思われているのかもしれないけど。

 チップに銅貨50枚を渡すほかなかった。

「仕事できる場所、ない?」


「お客様は、何が出来ますか?」

 宿屋のロビーにある“コンシェルジュ”に問う。

 もう2、3泊するための追加料金を払った後に、彼の下へ赴いたわけだ。

 泊まる前の恰好のままだから、彼も私が、着替えを持っていないことに気が付いている。


 しかし、眉を顰めるでもなく。

 ――失礼します――と、言って、私の腕をとった。

「鑑定」

 人物鑑定、スキルの発動だ。

 ステータスを見られるので、プライバシー設定を施していると判定の可否が発生して、高い確率でスキル無効が言い渡される。が、この時、私のステータスは、コンシェルジュの彼に駄々洩れていた。

「失礼ですが、職業は...」


「よ、いや...ソルジャーです」

 傭兵といって首を傾げられるより、兵卒だといった方がその時は正しいと思った。

 だからさ、私の常識はこの世界では非常識だということを、この時また、忘れてたんだ。

「お客様の能力でしたら、冒険者ギルドで登録されたら宜しいかと思われます」


「えっと、パーティとか組まなくても...」


「問題ございません。こちらで仮契約を申し込んでおきますので、近いうちにギルドへ顔を出して、本契約となりましたら、定期的に仕事が回ってくると思われます。長期と短期の大口契約の他に日雇いや週雇いなどの雇用形態もございますから...お客様のご都合に合わせて、働くことができますよ」

 と、彼は紹介状を書いてくれた。

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