7 Aさん、街に行く
私は、情報収集のために森を後にした。
と、いうとそなれとなくかっこよく聞こえる。
Bは、衛生兵として覚醒したばかりの少年の傍にいると言ったし、Cは工兵として陣地を作るんだとか。
ドワーフの里で家を作ると言っていたが、それが陣地?
Dの方はもっと意味が分からない。
「ほら、腕を“T字”に広げてみろ」
何だろう...どこかでそんなやり取りが、あったような気がする。
「うむ、ちょいお酢みたいな匂いがするな...町に行って服とか買ってこいよ」
と、銀貨を渡された。
お酢、酸っぱいって...コト?
まてまて、匂うのか?!
私、そんなに匂うのか?!
◇
路銀の正に銀貨は、Dが王国騎士とかいう連中から、剝ぎ取ってきた物をドワーフの道具屋で売ったのが元手だと後で知る。本当のことを言えば、そういう話は聞きたくなかった。
ともすれば、残された肉体は魔獣たちの餌になるか、或いはスライムや虫などの――?
考えるのを止めよう。
今日は、西の街へ散策するのが目的だ。
あわよくば、ドワーフたちの証言を裏付けるような情報と、さらなる事情調査ができれば問題ない。
えっと、待て...銀貨1枚の貨幣価値は、どれほどなのだ?
◆
“ゲリの大森林”のすぐ西側にあるのは“ルングラード荘”である。
領都が唯一の街で、後は周辺に村などしかない。
Aが目指した街というのが、この領都のことだ。
この街には、大衆浴場がある。
が、文化的に風呂という感覚ではなく、どちらかというとサウナに近かった。
そこまでして汗を流し、垢擦りをしたいというのであれば、家に帰って湯を張った桶に飛び込めばいい。あくまでも、街の施設は娯楽に近いものである。
Aの常識は、この世界では非常識へとつながる。
保護者のDと行動を共にすれば、一晩を番所の牢で過ごす事はなかっただろう。
◆
翌日、私は解放された。
ま、サウナ施設とは知らずに、マッパデビューの後、痴女行為で捕縛され酸っぱいまま、牢の中ですすり泣くこと2時間――不憫に思われた衛士の方々から、銀貨の価値と街のことを教えてもらった。
先ず、領主館。
街の行政区域に併設されているという。
簡易裁判所と、守備隊庁舎(=警察と軍隊の両方を兼務している)、市庁舎(=館以外で領主を見る機会がある場所)などがある。
娯楽施設は、教会と共に立てられ日夜、信徒たちが羽目を外さないか見守ってくれてるという。
それはまあ、体のいい監視ですよね...神さま、ごめんなさい番になる前に、乙女の柔肌だけじゃない部分まで、おっぴろげてしまいました。
風呂に入れる場所は、衛士の人の話に由れば――宿屋兼酒場の冒険宿だという。
別段、冒険者でなくても利用は可能だけど、衛生面は良くないらしい。
立ち替わりで色んなタイプが泊まるのだという。
いや、説明から酔いつぶれた奴が担ぎ込まれるイメージの方が近いらしい。他にも宿屋があって、こっちはサービスが充実している分、銀貨が使用されるというのだ。
と言う分けで、とにかく高いというイメージ。
素泊まりOK、ダニや毛じらみに噛まれてもいい人なら、冒険宿らしい。
どうすんだ、私...。
その他に商業区がある。
街の大通りに面して商店、露店が立ち並び、その奥に商館という倉庫を兼務する事務所があるという。
商人ギルドの大口取引は、これら商館持ちの商会という会社を通して、行われているというのだ。
商会が大きく、数が多い街ほど納税額も大きくなり、街の規模も比例するというわけだ。
最後に触れたくない区域が、貧民街という。
要するに掃き溜めとか、貧しい人たちのアンダーグラウンドなとこか。
週給で銅貨20枚程度の低賃金労働者だが、奴隷とかではなく最底辺の人々で立派な市民だ。
なぜ、こんな人たちがいるのかというと、ヘイト操作のためのもの。
街の品位が損なわれた時、市庁舎に寄せられるのは、貧民街への苦情であるという。
市政が怠った認識で品位が下がったとは、思わせないための処置――すり替えなんだろうけど、悪知恵ばっかじゃね? としか思えない。
後に知ったけど、私の常識はこの世界では、非常識だということだ。
最初から知っていれば、おっぴろげた記憶はなかった事になるはずだ。
見せ損じゃねえか! 私の桜貝をみんなの記憶から消してくれー!!!!
◆
「街の様子はどうだった?」
領主の館に招かれた客は、戸口に立って部屋の中を見渡している。
頭を動かすことなくふわっと、目だけで目当てのものを見つけた――書棚の隣に鎮座された酒瓶を取りに行く。
「飲みたいのか、そう言ってくれれば」
「俺は飲みたいときに飲む性分でな、誰かの手酌で飲むタイプではない」
と、断っている。
領主の方は『なら、好きに飲むがいいさ』と、まだ寛大な計らいのままだ。
「で、どうだった?」
「ああ、活気があって賑やかだ。暖かくなってきたから、痴女騒ぎもあっていいものを拝むこともできた」
「ほう、それは...は? 痴女?!」
その情報は、さすがの領主も手が止まる。
見上げることはないが、動きが止まったのち、再び書類を描き始めた。
「仔細は警備隊長から聞くとしよう...他には?」
少しだけ自信がなくなる。
客のそれは酒をすすりながら一息つく。
「領主のあんたはこの街を担保にするのか?」
「そうだ。これで幾らまで借りることができるか...」
「王国は兵を2万、半年間貸し与えることができると判断する。返済としての納税額は現状の上に10%上乗せ、期間は5年で、開始年は4年後だ。が、先ず1年目はどう急いでも、開拓農地からの収入は見込めんだろうが...蓄えは大丈夫か? 王国から借りた直後から、領主のあんたには帰る館もなくなるぜ」
脅しではない。
今のまま、この荘園だけでは集めきれたとしても、3千の兵がぎりぎりといったところだ。
しかも収穫期が来れば、兵を解散せざる得ない。
農兵混合という状態だ。
何年経っても、森の一部しか開拓できないのだ。
ミリ単位なら、進めるだけ赤字である。
「ああ、仔細な見積書を頼むよ」
「了解した」