4 死神が参る!
「どんぐり、しか...」
と戻った意識が、再び眠りについた。
枯れたはずの目から、大粒の涙がこぼれている。
これは、少年本人が驚いたことだ。
「どんぐりか」
私の手にそれがある。
綺麗な茶褐色の光沢をもつ。
ただ、どうみても大きなどんぐりにしか見えない
「だから、そう言ってたじゃねえか」
Dの言葉はやはり、うむ、カチンとくる。
「言葉が通じないと思いましたが...」
Bに続いて、C――
「異文化コミュニケーション、ってならなかったな」
私も疑問に思うところだが、この状況を打開するのは今、眠っている少年であろう。
そして、さらに数百メートル先から動きの鈍い人影だ。
赤外線の影は5つ。
5つ目は隊の後ろにある。
「布陣がいささか気になるが、後から追いついた点以外は、方陣と呼んで差し支えないか」
「会敵まではもう幾らもありませんね」
打って出るか、待ち受けるかという話だ。
後者だと、治療を施した少年の回復を妨げる可能性がある。
「私が行ってくる」
膝を突いていた私が皆に告げた。
個人的には、CかDあたりが『お嬢をひとりにさせる訳、ないじゃないですか!』なんて、男らしいことを言ってくれると思っていた。が、蓋をあけると――
「俺らここに陣地作っておきますんで」
見限られた。
捨てられた気分だ。
うわああああああ~ん!!!!
泣きながら走ってた――私。
◆
4人と合流したてのひとり。
小隊と呼ぶには少し大袈裟すぎる。
だが、この国で限って言えば、騎士や戦士が4人も徒党を組むのであるなら、相当十分な戦力となる。
キメラの1匹は余裕に退治できるだろう。
そういう力量差が、たかがの人間にあるのだ。
冒険者の平均的なレベルは30前後であるとされる。
これは戦いなれた中堅の平均的なレベルで、そして一番数が多い。
王国の騎士や戦士団級になると、実力差は一気に跳ね上がる。
彼らの平均はおそらく、50にも到達しているだろう。
戦闘力のインフレ、いや、王国の戦闘教育がチート級なのだ。
ただし、誰もがこのプログラムに参加して強化されるわけではない。
やはり人には、それぞれに得手不得手があるらしい。
「さすがにもう、いいだろう」
遅れてきた5人目が先行する4人に声をかける。
彼らは振り向きもせずに、ただ静かに踏み荒らされた草地を追う。
「まて、おい、お前ら...何か、来る!!」
5番目が樹上から静止するよう告げた。
4人は追跡用のフォーメンションを組んでいた。
それぞれが点を成して、四角形の方陣を組む。
知覚スキルを最大限に広げて、進む方向に合わせて警戒した。
アカデミーではこれを、初歩的捜索術と呼んでいた。
乾いた音が聞こえた。
強いて言うと、水袋が弾けた音に似ている。
前衛のうち右側の戦士の頭がはじけ飛んだ。
理由はわからないが、後衛の目の前が、彼の血しぶきで真っ赤に染まった。
「敵襲だ!!」
「わかってる! その敵の場所を伝えろ!!」
と憤慨する。
前衛左側の騎士は、左腕の盾を構えて膝をついた。
ゴブリンの少年を切りつけたのは彼だ。
「ダメだ、サーチに架かったのに見失ってる...」
「なんだそりゃ?」
チートじゃねえよなって叫ぶのもいる。
自分たちの中途半端に高い戦闘力を棚に上げた便利な言葉だ。
「うぎゃああああ!」
後衛右側の戦士が悲鳴を挙げながら、転がりだした。
左側の騎士は、戦士の下にまで走りこむと、彼が圧迫している手をどかして傷の具合をのぞき込む。が首を横に振り――『刺し傷に近いが、ポーションで治らない傷とは思えない』と皆に告げる。
彼の体を木陰に引き摺り込んだところで、何者かの視線を感じ取る。
目指していた木陰の中から浮かび上がるシルエットに息をのみ、そして顎下から脳天へと向かって鈍痛が走る。
まっすぐ前を見ていたはずの視界が、ぐるっと裏側へ回り込み絶命。
「ちぃっ!」
5人目の視界では追えないから、超感覚という獣的なスキルで現状の把握にと止めた。
もちろん、十分に安全な位置にまで、下がってのことだ。
瞬く間に3人が仕留められた。
まったく躊躇いもない攻撃に対して、久しぶりに足が竦む、肝が冷えるという恐怖が生まれた。
斥候を失った、前衛左側の騎士にはもう、目も無ければ盾もない。
仲間の3人はすでに打ち取られている。
いや辛うじて自身とは対角にあった者が虫の息で残っている。
これは残っていると言ってもいいのだろうか。
「姿を...姿を見せろ! 卑怯だ...ぞ」
ガチリと、変な音がこめかみ付近で聞こえた。
それは、Aの起こした撃鉄の音だ。
左側面に人の影、見上げる前にそれは、火を噴いた。
至近距離からの9ミリ弾が騎士の被っている兜ごと吹き飛ばして終わる。
◇
「あれ? もう一人どこ行ったかなあ」
さすがに私のわがままで、補給品もままならない中、紙飛行機を飛ばすわけにはいかないし。
恐らくは、こんなちんけな戦いで消耗しちゃいけないもんだと思うし。
ただ、問題は――死体の片づけが面倒だということだけだ。
このまま、放置する。
環境に良くない気がするし、オバケになりそうな予感しかしない。
「オバケ?! えっと、誰が言ってます?」
「いあ、私が...」
2メートル超の巨漢Dが私の前に来る。
腕を“Tの字”にしろと催促し、その要求通りに応じると――こいつは、私の胸を両手で揉み上げて手放した。
勝手に触るなし!!!
「筋肉多めで詰まらんですな」
「っ、ほっとけ!」
グーで殴ろうにも、頭を押さえつけられると、足も手も届かない状態になる。
そのDは――
「少年の回復を待って、この陣地にとどまるか或いは、もう少し奥に行きますか?」
と、森を指す。
BとCも異論はないようだけど、これ以上奥に入って大丈夫かという、感じがしないわけではない。
「まあ、そん時は...Bossが何とかしてくれるのでしょう?」
こういう時だけBoss扱いか。
てかね、私も女の子でオバケ、幽霊、どっちも怖いんですけどね。
あ、聞いてないフリしてるし。