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3 どんぐりしか、ありませんが...

 私が駆け寄ると、少年は意識を失った。

 うつ伏せに倒れているから、傷口はこれ以上の雑菌に侵されることはないだろう。

 見れば鋭利な刃物だと分かる。

「水で傷口を洗い、クスリを頼む」

 と、私のオーダーに対して、ブラボーが『任せてください』と滑り込んできた。

 肌の色は浅黒く、褐色というわりにはもっと黒い。

 鷲鼻に長い耳が真横に伸びている雰囲気があった。

「こりゃあ、お伽噺に出てくる狡猾な悪魔のようですね」


「なにそれ...」

 私がその手の本を、読まないと思ってバカにしているな。

 こう見えてわたしも、若いころはSFの空想科学が大好きだったんだ。

「それじゃないっすよ」

 デルタのつっこみはいつも脇腹に来る。

 少しは嗤いながら――いや、それだともっとバカにされた気分になる。


 お前は少し黙ってろ。

「どこで怪我をしたと思う?」

 私の問いにチャーリーは首を横に振る。

 背中の傷は麻布の生地上から掠めるように振り下ろされてできている。

 躊躇いもなくスパッと、一刀だと思われるので相手の力量が垣間見える――これは手練れだ、何人もの人や動物の命を奪っている、者の手によるものだと分かった。

 思わず口中にたまった唾を呑む。

「あの先で膝を突いたようですね」

 と、さらにCが、木々の切れ目に指をさして教えてくれた。

 その地まで歩を進めてしゃがみ込む。

 よろめきながら走ってきて、ここで自分の踵を小突いて倒れ伏した。

 それより先は、もっとふらついている走り方だ。


 おそらく全力疾走だった。

デルタ!」

 Dには広域偵察の指示。

 見えるか否かは別として、組み立て式の紙飛行機ドローンに赤外線センサー付きカメラを搭載マウントさせて、少年が来た方向へまっすぐ飛ばしてみた。使い捨てなので、惜しみなく使っているが、まさかこの世界が自分たちのではないとは――。


アルファも天然ですね...こんな、悪魔顔の少年なんて普通は居ませんよ? で、推測すればドローンを操縦できるかも不安ですし、使い捨てとはいえ飛ばしてよかったとか...だいぶ考えるところですがね」

 なんて、Bに笑われた。

 治療を終えたのちに改めて、受信した映像を確認した。



 騎士と戦士、旅の商人らが燃える村の周りに集まっている。

 逃げた魔物を追った連中の帰りを待っていた。

「まったく何処まで行ったんだ」


「この森は奥に入り込むと、レンジャーかスカウトでもいないと生還が難しくなる。人が口にしていい木の実や、水飲み場など探し出すのに難儀するという地だ。できれば、そろそろ戻ってきてくれると我らとしても有難いのだがな」

 帰還不能者を出すことは、戦死よりも厄介だ。

 例えば、魔物の捕虜になれば少なくとも、エルフを介して身代金など要求してくるからだ。

 それくらいで済めば、およそ未だ良い方だろう。


「エルフの奴らは野蛮だからな、見せしめだと言って、我らの王都へ躯を串刺しにして送り届けるだろうさ。そうやって煽って、怒りに駆られた人族を...返り討ちにするというのが奴らの本性だ」

 何度も煮え湯を飲まされ、何度も返り討ちにあった。

 エルフの狩場で戦うことの愚かさを痛感しながらも、そこで戦ざわる得ないのは森から出てこないからだ。

 挑発しようが、森の一部を焼こうが、彼らエルフは出てこない。

 しびれを切らす方なのは決まって人なのだ。

「スカウトを集めろ!」


「捜索か?」

 リーダーらしい騎士が頷き、肉の焼ける三角の建物を見る。

 それは、族長の家だ。

 騎士たちは、族長の家をざっと見渡してから、捉えたゴブリンたちの耳を削いで放り込んだ。

 切り捨てたり、突き殺したもの以外は、生きたまま焼き殺したのだ。

 だから肉の焼ける匂いがする。



 少年の背を切りつけた戦士らは、踏みしめた草の後を追っていた。

 その一行にスカウトが合流する。

 リーダーの放ったひとりで、()()()()とする草笛を吹く。

「今頃何ようだ?」

 捜索中だと告げた。

「戦士長が戻れと申しておられましたよ」

 追跡中の彼らは“知らぬ”と、手を振った。

 まるで犬、猫でも追い払うような仕草だ。

「そういう分けにも...」

 と、言いかけてスカウトが何気に空を見上げている。

 気配――()()()()という気配を感じた。

 丁度、彼らの頭上を数秒前に紙飛行機ドローンが飛んで行ったところだ。

 それはゆっくりと、大きな弧を描いて旋回している。

 航続距離の問題で、村までは届きそうにもなかったからだが、反応のあった複数の点の真上をもう一度飛ばせたかった。

 残念ながら突風により西に流されて電池切れと電波が途絶えた。

「どうした?」


「今、誰かに見られていた、という感覚が」


「馬鹿を申すな、お前が見ていたのは空だぞ?!」

 スカウト自身でもよく理解している。

 見上げたのは確かに何もない。いや、枝葉の生い茂る方向であり、仮に見ていた者も木々の遮蔽物で()()()()はずなのだ。ただし、この世の中に絶対という言葉はつかえない。

 安易に使うべきものではないと、言い換えるべきか。

「で、なんだと思う?」


「わからないから、困ってます」

 遮蔽物を通して見れるならスキルの類だろう。

 索敵とか捜索いや鑑定、あるいは気配感知などだろうか。

 ただ何れも、()()()()と誤認できるかは不明だった。



 気が付いた少年の頭には、Aのバックパックが敷かれてある。

「気が付いたか? 少しゴツゴツとした触りだろうが、気にしないでくれよ...ガサツな女の背嚢バッグだから、()()もんが入ってるかもしれん。ま、そこは触れんでくれたまえ」

 と、Dは冷えた水タオルを少年の額に乗せなおした。

「えっと...」


「通りすがりのものだ」

 で、通じるとは思えない。

 だが、少年は握りしめていた手を解きながら、涙を流し――

「助けてください、ボクの村を――」

 少年の手のひらには握りしめたどんぐりと、その痕がくっきりと残っていた。

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