表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/40

2 村が焼かれました

 奥深い緑と黒しかない森の中にそれがある。

 小鬼と恐れられた、ゴブリンの群れだ。

 最低でも4人で一組の家族構成を持ち、族長という名の“()()()()”が村を作っていた。規模が大きくなると、人に見つかる危険も増すため、大きくても10家族程度しか村には居なかった。

 若いゴブリンは、半分を村の外へ送り出し新たな村をつくるのが習わしだった。

 そうして、何世代も繰り返し種の存続に務めていた。


 筈だった。



 ゴブリンの少年は、村の外に出て木の実を拾っている。

 この森の名は“ゲリの大森林”といい、島全体の6割を占める密林だ。

 北に雲を突き抜ける“竜の住まう山”、西の“ガスダール王国”があってこれが人の国だ。

 南は、腹黒いエルフの住まう土地がある。

 エルフは、人魔の区別なく少年を攫っているという噂が絶えない。

 人族も、エルフ退治に兵をだしているが、返り討ちに遭っているという。


 その腹いせに魔物を狩るという。

 これは、ゴブリンたちの言い分だ。


 少年も、子守歌のように“人の怖さ”を口伝で教え込まれたクチだ。

 これは昔話とも連動していて――こうだ。


 “神はある時、世界に土をひと盛りして島をつくる”

 “これが世界のはじまりだ”

 “神の欠伸で零れ落ちた、涙で()が生まれる”

 “生まれた人はひとりでは寂しいと、神に訴え、伴侶を得る”

 “その伴侶が魔物の祖を産み落とし、これに夫が忌避して対立が始まる”


 ――といった流れの物語だ。

 少年の記憶力では、この辺りが精一杯だ。

 今の興味は木の実の採集であるからだ。


 森がざわつく。

 風に煤焼ける匂いが乗って漂ってくる。

 彼は風下にいた。

 振り返ると、どんよりと曇天の空に黒い煙が吸い込まれているように見えた。

《村だ?!》

 手に握った木の実だけで走り出していた。

 恐らくは何も考えていない。いや、考えられるような余裕のある状況じゃなかったのだ。

《とうさん、かあさん!》

 弟はまだ、生まれて間もないから、脳裏に浮かぶのは泣きじゃくるっている姿だけだ。

 父親は、村の外に開いた畑で鍬を握っている。

 母親も、少年の大きな地図を濯いで天日干しする姿が過る。


 走る。

 何度も滑り、転がりながら、何度も立ち上がって走り続けた。

 思いもよらずに森の奥に居た。

 木の実を沢山持ち帰って、母親に褒められたい一心だったからだ。

 それが災いしたのか幸運だったのか、彼が村の際に立つと、村は黒い煙と炎に包まれ燃えている所だった。周りが見えるほど精神的に成長してはいないが、この時はどこか他人ごとのような感覚が働いていた。

 周囲には、白っぽい甲冑を身に着けた者たちがあった。

 赤々と燃え盛る炎の近くでも、その鎧は白っぽく見えた。

 唐突に飛び込んで来たのは、先日、森の奥で、怪我をし難儀していた旅人の姿だ。

 声を掛ける前に、その旅人と目が合う――「隊長さ~ん、ここにもう一匹いましたよ!!!」――と、叫ばれた。

「な、なんで?!」

 思わず、どうしようもないくらいに情けない声で叫んでた。

 叫ばずにいられなかったというのが正しい。

 気がついた村の()()たちが『早く逃げろ!』と叫んで知らせてくれている。


「それは、だな...お前たちが魔物だからだ」

 少年と対峙して左右から、腰に提げていたブロードソードを抜き放った兵士が、ひとりづつ迫ってきている。

 丸い鍔付きの平たいヘルメットを被る兵士。

 突き出したカラスの嘴のようなマスクを身に着け、黒の装束に似た甲冑を着込んでいる。

 少年の脳裏に浮かぶ父親の言葉――「黒づくめの甲冑を見たら逃げるんだ! 絶対に振り替えるんじゃないぞ、あれらはここいらの領主さまの兵士だからな」――だ。

 やや、茫然と立ち尽くす少年の目に映るのは兵士だけではない。

 その奥に騎士が見えている。

 彼の目に怒りが見えた。

 魔物は一人残らず狩ってやるという怒りの目だ。



 ゴブリンの少年は走っていた。

 自分の生まれ育った故郷を離れ、兎に角、追いつかれまいと渾身の力で奔った。

 自分を逃がすために大人たちが、抵抗してくれたから、背中に受けた傷だけで一命を得ている。

 “逃げる”という思考が一瞬でも遅かったら、大人たちの尽力もむなしく袈裟斬りで落命していたことだろう。

 しかし、傷口が熱い。

 掠ったといっても、表層の肉を切り裂かれている。

 皮膚の薄皮を切ったのではなく、骨に達しなかっただけの傷だ。

「も、もう...あ、足が...」

 もつれながら、突っ伏した。

 森の獣たちがざわついている。

 人が入り込んでいるからだ。


 助けた()()の傷は、ほっとけば死にもつながる筈だった。

 所謂、少年は旅人の命の恩人である――筈だが、人の世界では少し違った。確かに九死に一生を得るような体験ではあるが、魔物の少年の後をつけ、彼らのねぐらを見つけた――これが彼にとって幸運だったのだ。

 王国は、魔物を“ゲリの大森林”から一掃し、森林の開拓事業に乗り出したいと考えている。

 その為には、一匹、二匹の駆除よりも棲み処を襲撃して、根絶やしにする方法を是とした。

 故に、国内と島全体に触れを出したのだ。


 “魔物を見た者は、その大小に限らず銀貨5枚。”

 “その棲み処であれば、銀貨100枚を褒賞とする。”


 旅人の目には、はじめから魔物の少年は魔物でしか見えず。

 恐怖しながら手当てを受けて“こいつは何てお人好しなんだ”と思われていた。

 棲み処を襲撃して任務こそは達成している。

 が、人は欲望に対して、正直に生きている生き物だ。

 彼らは逃げた少年を追っていた――きっと、彼らの目には()()()()()()、銀貨にしか見えなかったのかもしれない。少年の姿を見失うまでは、石を投げながら『そうら、どうした早く逃げないと...追いついて殺しちゃうぞ』と、脅かしてもいた。

 魔物を狩る側にすれば、()()()()()()が、所詮人族ではないと思っている。



 突っ伏している少年が虚ろな瞳で頭をあげる。

 もう、痛みと熱であまり良くは見えない。

 森の奥から流れ込む白い靄は、少年の姿をそっと隠してくれた。

 更に昏い奥から人影が見える。

《こ、こんな奥からニンゲン?》

 胸中に浮かんだイメージは、白い甲冑を着込んでいた連中の姿だ。

 だが、彼らが来たのは盛りの奥の方だ。

 竜が住まうという山の方からでは、人など住んでいる筈もない。

 だが、記憶の影はそれらと類似する点がある。

 意識が飛ぶ少し前に――『大丈夫か?!』


 声を掛けてくれたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ