1 プロローグ
草を踏む音――無音、なわけない。
ちゃんと踏んでるし、厚手の安全靴の下から足の指にまで、その踏みしめた感触が伝わってきている。
で、音が聞こえなかったってんなら、それは聞こえにくいように歩いてるからだ。
こちらの技術の賜物だと思ってくれて、OK。
「さて、目標は政府軍の追撃になる」
わたしは、片目でほかの三人を見る。
わたしは一つの目玉で物を見るが、ほかの三人は両目でわたしを見る。
注目を浴びるのは嫌いでもない。
とも言えなくもない。
反応するんなら、わたしの言葉に耳を傾けろ。
「先日、国連はその重い腰をようやくあげて、多国籍からなる監察軍を派遣してきた。目的は、非人道行為の有無だが、命を賭して撮影されたスチール写真一枚への返信みたいなものと思われている。ああ、パフォーマンスで終わるだろうと、その時点までは思われていた――が、現着後に彼らは襲撃され、処刑シーンがネットを駆け巡ったのは記憶に新しい」
◆
数年前、某国で軍事クーデターが勃発。
一夜で100名を越す元政府主要メンバー、大統領を含める高官と官僚、軍の陸海空それぞれの将軍らが処刑されるというショッキングな事件が起きた。
が、国連でさえ、さしたる関心を買うことはなかったシーンである。
これが注目を集めるきっかけとなったのが、毒ガスを使用した実験である。
現地のジャーナリストが命を賭して撮影し、その画像が世界を動かした奇跡の一枚。
命の慟哭と、呼ばれた。
21世紀も半ばになってもまだ、人は人を殺し足りないようだ。
クーデター後のその国は、3代前の元大統領というじじいを担ぎ出した。
否、そいつが、今回の茶番劇の筋を描いた張本人だという。
今、政府軍というのもじじいが潜伏していた頃からの悪党どもで構成され、軍隊なんて恥ずかしくて名乗れるようなレベルのではない無頼の者たちだ。そうだな、わたしの片目から見れば、傭兵以下のごろつきだ。
それでも銃なり、大砲なりを持てば他者を簡単に傷つけることができる。
理不尽な話だ。
◆
「えっと、質問」
青い瞳の白人男性――きれいな瞳をしていて、どことなく子煩悩な雰囲気がある。ことある毎に薬指の銀の指輪を見せびらかして“結婚はいいぞ”と、かわいい奥さんの話を呪文のように唱えてくる。その男が珍しく指をひとつ立てていた。
「援軍は?」
皆が首を傾げた。
そして、わたしを見る。
「これで全部だ」
沈黙が流れる。
間が持ちそうにないので、わたしから口を開いた。
「使い捨ての駒として、わたしらが先陣を務める。バックアップにCIAがいろいろと便宜を図ってくれているが、基本的に手を下すのは、わたしたちだけだ。多分、一定の成果を収めて大義名分でも得れば、介入するとは思われる」
「ってことは...」
「ま、捨て駒だと先にも述べた通りだ。遺族年金にしちゃあ多い額だったろ、手付金は」
リーダーのわたしで金塊は10本もあった。
確か住み慣れたロッジを出る前に見た、地金相場はグラム当たり1万3千円から少し下がったところで前日差 -55円といったとこか。各国の政情不安なんかに苦慮している金持ちが、金塊で貯蓄に走った傾向から近年、再び地金相場の高騰を招いている。
ビットコインなどをはじめとする仮想通貨は、監視の目がきつくなると同時に実感がわかないという理由でネットを介した取引を行わなくなった――いや、わたしがアナログなせいもある。
「金塊なんてどこで換金するんだよ?」
ドレッドヘアスタイルのラテン系が口を開く。
肌の色は茶褐色で、髪の色は赤、傭兵仲間からは“軍鶏”というあだ名がつけられた。
これは見た目であって、性格はムードメイカーくらいなところだ。
「...っ、銀行?」
至極まともな回答が戻ってくる。
両膝をついている巨漢は押し殺したように笑っている。
「ちょいちょい...Dのくせに...」
「まあ、この話はいい。問題は、この地域への各国の慎重さが気になることだ。国連としては面目が丸潰れであるから早急に報復処置に準じた動きを匂わせている。が、常任国のほうでも高度な政治ってのを仕掛けているようで一進一退ってとこだそうだ」
「何やってんだ、ソレ」
「一丸になって行動した場合、だれが旗を振って、失敗時にだれが尻を拭くかで揉めているってとこだろう。そこで傭兵の出番だ...」
三人からのブーイングだ。
端から三人をこぶしで殴っていく、わたし。
求めていない行動に対する反応は暴力で返すようにしている。
改めてみると、鼻血、青瘤、吐血。
さんざんたる惨状だと思う。
「傭兵が立てた功績はすべて某国の海兵隊へ献上される。あ、えっとブルーベリーだっけ?」
「それを言うなら、グリーンベレーだけど...奴らは海兵隊じゃない。シールズだっけ?」
「それも違う、あれは海軍。フォースリーコンじゃなかったか?」
なんかどーでもよくなった感がある。
言い出しっぺは、わたしであるが漫才している間に興が冷めた。
熱しやすく、冷えやすい。
ベッドの上でも同じで、途中で投げ出して部屋を出ることが多数ある。
「失敗はイコールで“死”だから、彼らにはデメリットはない」
再びブーイングの嵐。
もう一度、端から三人を殴り倒していた。
「各自、装備の点検!」
わたしの獲物――命を預ける小銃は、武器商人が集まるバイヤー中古市で見つけた名品“VHS-2(5.56ミリ仕様)”だ。ブルパップ式自動小銃という機構を採用しているのが特徴で、その形状はラッパ銃ともいわれた“FA-MAS”の名で知られている小銃に酷似していた。
特徴として挙げられるとすれば、給弾マガジンがグリップの後方にあることだろう。
この銃とはもう、4つの戦場を渡っている。
護身用に9ミリのベレッタがある。
父が唯一遺した形見分けだ。が、本人は死んだつもりで遊興巡り中であるので、実際はぴんぴんしてる。
近接格闘用に5本のナイフを用意した。
三人が目を丸くしてわたしを見ている。
「ボス、持ちすぎ...」
Bのいうのは、おそらくナイフのほうだろう。
ほかの三人は、
B。
ラテン系の男、衛生兵として登録している癖にショットガンを提げている。
私と同様に護身用でベレッタを持つ――と、いうのも前職が警察官という諸事情も背景にあるようだ。
C。
青い瞳の白人男性でややイケメン。
残念ながら既婚者ということもあって、ことある毎に見せる指輪によって、私のほうが冷めている。
彼の獲物は、HK G28E2を親の代から愛用しており、肌身離さずといった具合だ。
最後にDだ。
わたしとは長い付き合いの腐れ縁だ。
もう10以上の戦地で戦ってきた戦友であるが、どうにも苦手なタイプでもある。
膝を突いてもらわないとグーで殴れないほどの、巨漢であること。
どうにも、わたしを子ども扱いするきらいがある。
獲物はド派手なTAC-50。
12.7ミリの対物ライフルという属性だ。
わたしも腹這いに射撃したことがあるが、射撃というレベルじゃない。
目を白黒させ、肩に走る激痛に耐えるような拷問器具の類だ。
「うるさい」
Bへ“歯を食いしばれ”とグーを握りなおす――も、Dに止められた。
「遊びはそこらへんにして」
「ああ、そうだな」
わたしがその場で立つことで、草地で開いていた輪が崩れる。
ここは戦場。
敵国の国境線に近い場所。
草ぼーぼー、めちゃくちゃ湿気の高い森の中。
よし、作戦開始だ!