退屈な日常
高認の試験は無事完了。
科目数こそ多いけど、常識的な内容だ。
中卒でいきなり受けるのは大変だろうとは思うけど、大卒の知識を使える私には何の問題も無い。ほぼ全ての科目が満点に近いだろう。
もっとも、試験は四択のマーク式。当てずっぽうでも期待値は二十五パーセント。五割も取れれば合格らしいから、試験としては易しい方だ。場慣れさえしていれば、という種類のそれ。
とは言え、高校生を経験していないと、場慣れの機会がほとんど無いのも事実。そういう種類の難しさはあるに違いない。
優乃を保育所に預ける目処が立っていないので、来年の受験はムリだけど、共通テストだけは受ける。『私』が受けた頃のセンター試験よりも難易度は高いらしいし、試験に対する感覚と雰囲気に慣れるためにも。
十二月、高認は余裕の合格。当然の結果だ。
みんなにメールで連絡する。そして、大学もみんなと同じタイミングで受けるつもり。受験は地元の国立一択だけど。
即座に、お祝いの返事が返ってくる。
由美香ちゃんと恵里奈ちゃんは、単純にお祝いの連絡。詩帆ちゃんは「同じ大学を受けられればいいね」という返事。
紬ちゃんは「同じ大学で女子大生しよう!」とのこと。
一方、聡子さんは「当然の結果」という評。光紀さんは、やっぱり院に行こうかなんて言いだしてる。いや、私が再来年受かるかどうかも分からないし、そもそも受験できるかも分からないんだから。
とりあえず、県職員で頑張るよう連絡した。どうしても進学したいなら、今年から高校に勤めている大隈さんに養ってもらう段取りを決めてからにしましょう。
千鶴さんや直子さん、留美子さんの連絡先は分からない。調べれば分かるんだろうけど、それは立場上よろしくない。
実家にも合格の連絡は入れておいたが、お母さんはその辺については完全に意識の外だったようだ。
お母さんからは、成人式の案内が来ていたことを聞く。
でも、行ってもなぁ……というのが正直なところだ。和装は似合わないし、そもそも同級生と旧交を温められるわけでも無い。行く意味はあまりないんだよね。
とは言っても、出ないわけにはいかないだろうし……。慶一さんは送ってくれるって言うし。
やはり困るのは、優乃の保育園がなかなか決まらないこと。
産後間が無いとは言え、無職では難しいのだ。客観的にはデキ婚で高校中退、大学を受けたいから無職だけど保育所に、というのはワガママと見られているかも知れない。
でも、経済的に困らない私はともかく、こういう立ち場の人にも大学や行政は門戸を開くべきだと思う。『女性がカガヤける社会』というかけ声もあったけど、妊娠出産という社会の再生産に繋がることが、学歴や資格取得すらを困難にする現実。
この現状、如何なものだろう? 学校も教職員以外にも産休や育休を認めても良いんじゃないだろうか? 営利企業と違って、社員の稼働率などの経済的な理由があるわけでもないのに。
結局、日本の社会は同年齢という均質な空間で、はみ出すことが無かった人間を求め、それ以外を受け容れることには二の足を踏むのだ。
保育所の入園については、慶一さんが来年度から会社に籍を準備してくれる。ありがたいけど、それはそれですごく悪いことをしている気がする。
かといって、比売神子様の手を煩わせるわけにも行かない。そうでなくても、私が妊娠したばかりに、現役を延長させてるし。
年明けには会社に挨拶しに行くことになるだろうけど、敷居が高いというのが正直なところだ。中卒なのに夫のコネで腰掛けに行くようなものだ。
慶一さんは女性の多い総務を勧めてくれるけど、あまり気乗りしない、生産部門の方が面白そうだ。男性比率が高いけど。
女性というと、間接部門の中でも直接部門から離れたところ、というイメージだが、そういう思い込みが女性の社会進出を阻んでいると思う。
そして産休や育休。男性に育休を認める企業もあるにはあるが少数派で、育休が人事面でマイナスになるどころか、想定さえしていないことも多い。
それこそが、女性の就労における問題の存在を、端的に表していると思う。
優乃もモグモグ期を終え、離乳食はサイの目に切った野菜を茹でたものやお豆腐をおかずに、柔らかく炊いたご飯。
先日は鯛のお刺身をひと切れ茹でてほぐし、茹で汁ごととろみをつけたものをあげたら、初めての旨みに大喜び。ほんのちょっとの塩で旨みを強調したからか、他のものを食べさせようとすると、テーブルを叩いて怒る。
いやいや、小さいうちから舌を肥えさせるのも宜しくない。まずは薄味の出汁や風味に慣れさせつつ、食べるものの範囲や味覚を広げて行こう。
でも……、最近、誰とも直接会ってない気がする。
引っ越してからこっち、この家だと敷居を高く感じるのか、沙耶香さんでさえ最低限しか来ない。
育児ノイローゼと言うわけじゃないだろうけど、優乃を寝かしつけると、ふと感じてしまう。漠然とした寂しさと言うか、退屈さと言うか……。実際はバタバタと忙しく動いているんだけど、何だろう。
慶一さんも、今日は休出だ。「早めに帰る」とは言ってたけど、すでに一時半ってことは、お昼は外で食べてくるのだろう。
うん。こういうときは身体を動かそう。妊娠が判明してからしてないから、一年半以上経つ。
久々にボクササイズのソフトを起動する。
私のトレーナーはダンディな低音が魅力のゴツい兄ちゃん。声で選んだ。髪と肌を白に近づけたり、出来れば丸い眼鏡があれば、と思ってるけど。
軽くアップして筋も伸ばす。うーん、以前よりちょっとキレが悪い気がする。
まずは軽めのを一曲。まずは構えてリズム。前、後ろ、前、後ろ。
あれ? おかしいな?
違和感の原因は、冒頭のワン・ツーで判明!
「痛っ!」
思わず、脇というか鎖骨あたりを押さえる。ボクササイズは一時停止。
そうだ、最後にしたときはCになったばかりで、しかもスポブラで抑えていた。それが今は、ピークより小さくなったとは言え、Eに近いD。今着けているのも、授乳を前提としたもの。
慌ててスポブラに替える。サイズが合わないからちょっと苦しい。さすがに二サイズ、実質三サイズ近く違うとキツい。
でも、動き自体は抑制される。ワンテンポ遅れて動くのは仕方ないとしても、それが小さいのは助かる。
詩帆ちゃんはこれで体育の授業なんだよね。今度、沙耶香さんにアドバイスをもらおう。いや、『路上教習』の下着屋さんの方がいいか。
改めてボクササイズ。
うん。さっきより格段に良くなってる。
まずは五分ほどの曲。これは軽い。そして十分ほどの曲。二回目のスイッチをする頃には、汗だくになっている。
そして三曲目。テンポがアップする。が、問題なくリズムに乗る。
コンビネーションを八回繰り返し、三曲目はパーフェクトで終了。
うん。ちょっとスッキリ。身体を動かすのは、心の健康にも良いのだ。
「見事なもんだね」
後ろから声がかかる。
「あ、慶一さん、お帰りなさい。いつから見てたの?」
「三分ほどかな。集中してたから声をかけると悪いかな? って」
「今日はお仕事、終わり?」
「あぁ。やり仕舞いで来たから、お昼がまだなんだ」
「じゃぁ、すぐ用意しますね」
と言っても、吸い物を温め直して、あとは常備菜を盛るだけ。煮物もレンジで温め直す。
「でも、見事だったよ」
「なにが?」
ご飯を盛りながら訊くと、「あれはボクササイズじゃなく、殴り倒す動きだ」とのこと。
「特に、フックの風切り音が違う」
「ちょっとキレはイマイチだったですけどね。
あ、そうだ。良かったら買い物に付き合って欲しいんだけど」
「いいよ」
「ありがとっ。じゃぁ、シャワー浴びてくるね」
ちょっとイジワルかな? 『路上教習』の店。慶一さんは入れないだろうなぁ。でも、私をほっといたお返しだ。




