時短勤務に
「高橋さんって、中卒なんですか?」
「ん? そだよ。いろいろ事情があってね」
「普通に送りねじのトルクとか計算してましたし、大学出てるもんだと……。にしては、可愛らし過ぎましたけど」
コイツ、天然であざといな。駒下って名前の通り、以外とコマしてるんじゃ……、いや、それは無いな。
「まぁー、今度大学は受けるつもり。家から通える国立となると、一カ所しか無いけど」
「じゃぁ、合格したら私の後輩ですね。
でも、そこそこ難関ですよ」
「なんとかなるんじゃない。だから秋ぐらいから、時短勤務の予定だよ」
生技の女子社員が私のことを話していたのを聞いたらしい。学歴なんて、仕事にはほとんど関係無いし。と、強がってはいるけど、中卒じゃ聞こえが悪いから大学受けるのも事実。
でも、あのオペ二人とはどうにも反りが合わない。個人的には接点も無いからいいけど……。
確かに客観的には慶一さんの七光りで、このフロアを仕切っている山口さんと、総務を仕切っている加賀見さんを味方にしていると思われても仕方ない。
でもなぁ、あの二人の会話はどうなんだろう? 駒下君が名前の割に童貞っぽいとか、わざと微妙に聞こえるように言う。
そりゃ、そうかも知れないけど、後輩をくさすのはどうだろう。そこまでしてマウント取りたいかなぁ
人間性や仕事の出来る出来ないなんて、人が嫌がる、面倒くさがることに対して、どれだけ真摯に向き合うかを見れば分かる。
現場でモノを測ることすらしてない君らは、油にまみれて作業する駒下君に、姿勢のレベルで負けてるよ。
駒下君は、今日も今日とて、現場回り。作業者の要望を訊いて、改善出来るかどうかを考えてる。
設備課長は、あえてそれを放任しているようだ。組織の中にあって、成長を待てる人はなかなかいない。この人も、将来は中枢に進んで行く人だろう。
駒下君も、最近は私ではなく課長に相談している。良い傾向だ。
「駒下君。彼女できた?」
「いやー、まだまだ」
「前も言ったけど、仕事も恋人も一緒だよ。
実際に見て、触れて、感じて初めて分かることの方が多いんだから。仕事もきちんと現場見る姿勢は続けてね」
「はい」
「仕事に自信と責任感を持てるようになれば、女なんていくらでもついてくるから」
「はい」
まぁ、生技の椅子を暖めている連中に聞こえるように言ってるんだけど。
男二人はバツが悪そうだ。女二人は……、けっこうキてる。バツが悪いと思う二人はまだ伸びしろがあるけど、それじゃぁねぇ。
でもこれ、男子社員が女子社員に言ったらセクハラ案件だな。いや、主語を入れ替えたら印象や判断が変わるってことは、私自身が男女の立ち場に差をつけてるってことか……。それを当然と思うのは危険だ。
数日後のことだった。駒下君が意を決したように私の所に来た。
「何?」
「たっ、高橋さん。今度の金曜、食事でも」
あー。いくら何でもそれは、五メートル横に慶一さんも居るし。
「ゴメン。それはムリだよ」
「私では、ダメですか?」
「そういうことじゃぁなくて、私、既に結婚していて子どもも居るから。って言うか、生技の課長補の名字、知ってる?」
「……え?
それ、冗談かと。高橋さんと、課長補の見た目じゃ……」
「慶一さーん、駒下君があなたのこと、ロリコンのおっさんだってー」
「そ、そこまでは言ってないです」
「『まで』ってことは、ちょっと思ったでしょ」
「……い、いえ。思ってませんっ!」
生技と設備の課長が大笑い。慶一さんも苦笑い。
「昌、夕食ぐらいなら付き合ってあげても良いぞ」
「どうする? 駒下君。
直属で無いとは言え、上司の前でその嫁を口説いた勇気に免じて、食事ぐらいは付き合ってもいいけど。でも、そこまでだよ。
ココは慶一さん専用。ポッ」
下腹部をポンポンとした後、わざとらしく、両手で頬を挟みシナを作る。
「しっ、しっ、失礼しました。申し訳ありません!」
課長級以上は大笑い。でもその下は気まずそうだ。特に生技の男性スタッフは、笑ったものか迷っている感じだ。
「勇気に敬意を表して、友だち紹介しよっか?」
スマホの写真を見せる。光紀さんは彼氏がいるからダメとして。
「あ、山崎さん」
「知ってるの?」
「学内じゃ、有名でした。ミスコンに出れば優勝間違い無しなのに、一切出てなくて」
「うん。私の友だちで今は県職員。でも彼氏がいるからダメ」
「こっちは? 聡子さん。国立大の医学部生。遠距離になるけど」
課長も覗き込む。「この二人、披露宴に来てたね」と。
「こっちの和風美人は、京都大学。こっちは千葉大で、空手がすごく強い。この子は奈良女で、義理の従兄弟の親から嫁に来ないかと誘われてる。
心当たりはまだ居るけど、高校生以下は紹介しないよ」
「美人は友だちも美人だねぇ」
課長はしみじみと言う。それに興味を持ったか、生技の新入社員も写真を覗き込み「うわ、芸能人なみ」と驚く。
「君らには紹介しないよ。生技の先輩に紹介してもらいなさい」
軽く追っ払う。
「ちょっと、どなたも私には高嶺の花ですよ。
……でも、これが類友ってやつですか」
駒下君。君は天然だ。この瞬間、生技の女子二人を敵に回したぞ。もう少し考えて発言しないと。私はともかく、君には後ろ盾が無いんだから。後で、厳重注意だな。
その後数日、駒下君は案外タフだ。生技のオペさんに対しても、何の気負いも無く接している。そして、先日の武勇伝が広まったせいか、課長級以上に憶えられた。
かわいがってもらうという程ではないけど、独特の鈍感さというか、我関せずで仕事に対する姿勢を変えないところとか。
案外、この部屋の新人では評価が高い。
駒下君も含め同じ課の職員には、時短勤務に先立って、私の事情を改めて少し話した。
現在、子育て中であること、妻が高校中退では外聞が悪いので、大学を受けようとしていること。でも、自宅から通える国立は一択だということ。
「独学で、大丈夫なんですか?」
「それは多分、大丈夫」
A判定の模試結果を見せる。多分、君の現役時代よりも上だよ。医学部以外なら、大抵の大学が射程圏内だ。
十一月からは時短勤務。本来は、乳幼児を抱えた家庭向けの制度だけど、ってそれなら私も対象だ。
大見得切った以上、落ちるわけにはいかない。




