閑話 跡
連休前半の工事が前倒しで完了したおかげで、家族旅行を一泊増やせることになった。さすがに、飛び込みで宿泊予約は難しく、行程の変更も出来ない。
そこで、一泊は洋食の美味しいホテル。二年ちょっと前の、想い出の部屋だ。
旅行というには代わり映えの無い場所だけど、優乃が乗ったベビーカーを押し、慶一さんと並んで歩く。ただそれだけのことに幸せを感じる。優乃もいつもと違う空間に楽しそうだ。
公園で優乃をベビーカーから降ろし、少し歩かせる。
この歩き方もまた愛らしい。あ、転んだ。でもちゃんと手から行く。布団の上で転ぶ練習――手を出す練習――をした甲斐があった。優乃も歩けること自体が楽しいのか、転んでも泣かない。ただ、手に持った物は何でも口に入れて確認しようとするから、目を離せない。
一頻り、優乃を遊ばせて昼下がり、ホテルの部屋に戻る。こういうゆっくりと過ぎる時間は久々だ。優乃はベッドの上でコロコロ転がっていたが、疲れたのか今はそれを止め、こちらをじっと見ている。一重で切れ長なのにクリクリの目が可愛い。
優乃に微笑みかけると、真似するように微笑み返してくる。
さて、夕食には時間もあるし、昼寝も微妙。何しようかな?
いや、まぁ、期待しているんですけど……。
「慶一さん」
私はそっと寄り添って呼びかける。そして腕を回す。
「まだ、優乃が起きてるよ。こっちを見てる」
「まだ意味も判らないし、忘れちゃうわ。
それに、両親がわざとらしいぐらい仲良しな方が、子どもの教育にはいいのよ」
「それとこれとは、違うんじゃないかな?」
「口ではそんなこと言っても……、元気君は正直ですよ」
私たちは、想い出の場所でそれを反芻し続けた。
気がつくと優乃も眠っている。でも、もう七時近い。
軽くシャワーを浴びて身支度をすると、優乃も起き出した。
レストランに行き、子どももいるので個室をお願いする
食前酒は白のスパークリングワイン。優乃だけはリンゴジュースだけど。それで乾杯する。
離乳食――野菜スープやうどん――を食べさせつつ、私たちも箸を進める。うーん、この料理は優乃には早いな。香辛料も使われてるし。
マスか何かのソテー。コレならいけるかな? 新しい割り箸で隅の方を取りわけ、小皿で衣と皮を剥ぐ。一応別の所を味見してみるが、香草が主で香辛料はほとんど使われていなさそう。
身をほぐして優乃の口に持って行くと、すかさずパクり。美味しそうだ。うん。家じゃこんなに塩と油を使ったものは食べないもんね。
小皿の分を全て食べてしまったが、まだ欲しそうにしている。でも、こっちは私の箸をつけちゃったし。こんなことで虫歯が伝染ったら大変だ。まぁ虫歯は一本も無いけど、念のため。
料理も進み、メインの肉。さすがに肉は早いだろう。でも付け合わせのニンジンぐらいなら。
上の方の、肉の脂が染みてない所からニンジンを取って小皿に盛ると、優乃は期待に満ちた目でオレンジ色の塊を見つめる。念のため別のひと切れを味見。うん、コレなら大丈夫。
ニンジンを割り箸で崩し、口元に持って行くと、パクリ。これももごもごしながら食べる。
慶一さんはそれを見ながら、肉を岩塩で食べ、ビールも飲む。少し赤くなった貌は、優乃の表情に完全に緩んでいる。当然だね。ウチの天使は最強だ。
でも、こんなに行儀が良いなら、個室は要らなかったかも。
食事の後、優乃を入れるために私が大浴場に連れていく。温泉じゃなくても、大きいお風呂はいい。優乃もそういう所は初めてだから大喜びするに違いない。
既に、大浴場に行く上で気負いは無い。首から下が完全ハゲなのも気にしない。今更気にしても仕方ないし、最近は手入れしている女性だっていないわけじゃない。
脱衣所では優乃がアイドルだ。愛想良くしているので、年配のお姉さま方に大人気。そして私が母親であることにも驚かれる。この辺は挨拶回りでも慣れたものだ。
脱いだら脱いだで注目、という程じゃないけどチラ見される。こんな躯はリアルではなかなか見られないからね。
自分で言うのもアレだけど、フォトショップとかで修正されたグラビアとか深夜アニメとか、そういうレベルだし。
優乃は大きなお風呂で大喜び。さすがにバシャバシャしたり泳いだりはしない。私たちは身体を洗い、もう一度つかる。うーん、大きい風呂に手足を伸ばしてつかるのはいい。
あれ、女性客が私を遠巻きにチラチラ見る。いや、まぁ、私の容姿は女性の注目も集めるけど。それにしても……。まさか優乃が粗相でも?
見ても何ともない。それもそうだ。何人もがゆっくりつかってる。何かあったら慌てて避難するだろう。
どちらかと言うと、視線は私の方だ。でも、私がそちらの方を見ると目を逸らす。何でだ?
自分の躯を見下ろすと、特に変な……、あ!
湯船で温まって。
血行が良くなって。
私は元々肌が白いから。
さっき想い出を反芻したときの跡がいろいろと!
湯の温かさとは別の理由で顔が赤くなる。
私は慌ててかけ湯をし、優乃を連れて脱衣所へ出る。髪はドライヤーもかけず、タオルでくるんでアップにしたまま脱衣所を後にする。
くーっ! 恥ずかしい!
慶一さんに抗議し、謝罪を! と思ったけど、こんなことを求めても意味が無いと考え直す。うん。とにかく今夜も仲良くして、想い出を反芻しよう!
翌朝、慶一さんは少し照れたように「昨日はすごかったね」と言う。うん。初めてああいう演技をした。でも途中からは……いや、何でもない。
朝食のビュッフェで、昨日のお姉さま方が私と慶一さんをチラ見する。そして、ヒソヒソと話をしている。何を話してるか想像がつくから、ちょっと顔が熱い。
私は恥ずかしいのを堪えつつ、優乃にご飯を食べさせた。
今日は、慶一さんが優乃を大浴場に連れてく番ですからね!
昨日、背中と首筋にたっぷり跡をつけときましたから、大浴場では黙って自慢と惚気をしてきて下さいね!




