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ドラテン  作者: 夏目彩生
9/21

09 一夜開けて(2)

 ………………。


「はぁーー……」


 ため息が出る。いくら勢いとはいえ私は何てことを言ってしまったんだろう……。

 ううっ、元はと言えばあの拳銃を撃ってきた奴のせいよ! ……あれさえ無ければ今頃……。


「…………」


 ……恥ずかしくなってきちゃう…………。


「ねぇ」

「きゃ……! び、びっくりしたー。……急に話しかけてこないでよ! 」

「……急ってわけじゃなく、貴方がぼぅっとしていたのよ」

「あぅ……」


 ……痛いところをつかれる。


「コラコラ喧嘩はいかんぞー! 」


 小さな子供の喧嘩を仲裁する風に、パパは私達の間を割って入っていく。……申し訳ないが正直、今パパにはちょっと黙っていてほしい。


「……ところでカルト様は今、どこにいらっしゃるのかしら? 」


 リリカさんは小首をちょこんと傾げて私に問うた。


「さぁ? 何か調べものが有るとかで今日は学校を休んだのよ」

「……そぅ」

「……」


 直ぐに会えないと知るやいなや、いかにも残念そうに彼女は項垂れた。

 …………。




「──おや? トリィちゃんどこに行くんだい? 」

「パパ……、ちょっと散歩行ってくるわ」


 私は買い物かごを片手にドアをばたりと閉める。

 ──────。

 ────。




「……ふぅ」


 私は近くの公園で、一人物思いにふけていた。


「…………」


 カルト君に会えないと知り、『……そぅ』と言って項垂れたリリカさん……。

 ……悔しいけども、私はその時の彼女の憂いに満ちた顔を、信じられないほど綺麗だと見とれてしまっていた。

 あれは多分、本気で誰かを愛していないとできない表情(かお)だろう。……私だって絵を描く人間の端くれ、人の内面を()()力は有ると思う。 

 けれどもあの女性(ひと)の愛している相手とは……、つまり私の好きな人でもある。

 だから見たくなかった。あの女性(ひと)のああいう顔は。見れば見るほどに心細くなるから。……昨日の二人の誓いだって無にしてしまうんじゃないかと云う凄みが、彼女にはあるから。


「……つまり私は逃げたというわけね……」


 我ながらなんて情けないのだろう。


 そう思ったもののなかなか私は勇気が湧かず、随分と公園を出るのが遅くなってしまった。

 ……そういえば昔、トトが貸してくれた小説に「恋とは人間を臆病にする」と書いてあった。そういうものなのかもしれない。

 


 ────。


「ただいまー……。お夕飯直ぐ作るねー」


 ……。

 家に帰ってきて、ふと、感じる違和感。そうだ、いつもうるさいくらいの、パパからの返事がない。


「……あれ?」


 おかしいな。こんな時間からパパが眠るなんて、滅多にないのに。私は辺りをキョロキョロと見回す。

 どうしたんだろう……?


「──どうしたと思う?」

「──っ……」


 突然、真後ろからリリカさんの声がする。


「……貴方ったら急にいなくなってしまうんだもの。ちょっと頭にきたから、()()()()()をしてしまったわ」

「……や、八つ当たりって…………? 」


 ……恐怖でまともに出せない声を必死に振り絞る。

 しまった! ……駄目だった! この人は信用したらいけない人だった――!!


「……さぁ? 」


 リリカさんのは鈴の音のような声で、クスリと笑う。


「…………くっ」


 ──振り返る。


「パパに何をしたのっ? 正直に答えて!! 」

「…………」


 彼女の表情は余裕に満ち溢れていた。……私達は正面から見合っているはずなのに、まるで見下ろされている風にすら感じる────。


「……っ」


 ……私は……、私は……、どうしたら…………?

 ────。


「────いやー、お帰り。トリィちゃん!! 遅かったのー」

「……え? えーー? 」


 思わず腰がくだけてしまう。

 ……そんな。だってパパは、さっきリリカさんに──!?


「パ、パパっ! 平気なの? どこも怪我してない? 」

「……? 変なことを言うのぉ。パパはこのとうりお風呂掃除をしていただけだぞ? 」

「……え?」

 

 ……たしかにパパの手を見てみると、スポンジや洗剤などの掃除用具が握られていた。


「……………………」

「リリカちゃんに頼まれてなぁ。まぁ、せっかく可愛らしいお客さんがお風呂に入りたいと言うんだから、こうして念入りに洗っていたわけだな! ……じゃあ、ワシは昼寝するから! いやー久々に肉体労働して疲れたのー」


 ……最後に「夕飯は出前頼んだからいらないぞー」と言い残し、パパは自室へと向かっていった。


「…………」

「……クスクス…………」


 呆然とする私を見て、リリカさんは口に手をあて、堪えきれないとばかりに笑っている。


「……悪趣味よ」

「…………嘘は付いていないわ」


 ……全く悪びれもせず言ってくれる。いったい、どういうつもりだろう?


「別に私はお風呂に入る必要なんて無いの。……だけどおじ様にわざと嘘を言って、労働をさせてしまったわ。――ま、貴方は違う八つ当たりを想像していたみたいだけど……」

「……っ」


 私は立ち上がり、キッと彼女を睨んだ。


「……ふふ、どうやら怒らせてしまったみたいね。ごめんなさい」


 リリカさんはスカートをつまみ上げ頭を下げた後、小首を傾げて、考えこむ仕草をする。

 ……そして、暫くたった後──、


「……では、これでお詫びということで、いかがかしら? 」


 ────彼女は指をパチリと鳴らした。


「……へ? 」


 瞬間、視界が白く濁り、生暖かかい蒸気が私の肌に張りつく。

 ――独特の匂い。

 ――上を見上げると広がっている青空。どこまでも続く山々。

 ……ここは私の家ではなく────。


「おん、……せん? 」

「…………」


 リリカさんはにっこりと笑った。

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