06 告白(1)
──私は……。
「カルト……君。私……」
──心苦しくなっていった。
カルト君は覚えていてくれた。
カルト君は私の描いた絵まで、ちゃんと覚えていてくれていた。
……なのに私と来たら――はじめに見た時に、……なんとなくでしか気付けなかったなんて……。
「あの……」
「いいよ、別に」
「……! 」
けれど、カルト君は私が謝ろうとしたのを察したのだろう、私の言葉をぴしゃりと遮った。
「でもっ……! 」
「いいんだ。今思い出してくれただけでも僕は十分嬉しかった。うん、十分すぎるくらいだよ……」
「カルト君……」
……そんな風に言って貰えて嬉しくないはずはない。私は自身の胸が熱くなるのを感じた。
けれど、駄目。それでは私の気が済まないから……。
私は胸に手を当てて、深く息を吸い込んだ。
「──ううん、でも謝らせて……。今日、学校で会った時に……、直ぐに気付けなかった事。本当にごめんなさい……。私毎日が幸せすぎて、今の自分があること、全部カルト君のおかげだって事忘れてた。……待ってるって約束したのに、もう過去のことにしてた。自分でも、なんて薄情だろうと思う……」
……そう、私は彼の成長で見た目が変わったから分からなかったわけではなく、単純にあの頃の事をうすぼんやりとしか思い出せなかったのだ。今日、この場所に行くまでは。
……もしかしたら彼がここに来なければ一生、忘れていたのかもしれない。
話ながらも自己嫌悪におちいっていき、だんだん彼の目が見れなくなり、声も小さくなってくる。
カルト君もさぞガッカリしただろうか。そう思って俯いていた顔を上げてみると、意外にも彼は落ち着いた様子でいた。
……むしろ僅かに微笑んでるようにも見えるくらいだ。
私が顔をあげたのを確認してから、カルト君はコホンと咳払いをした。
「トリィちゃん、聞いて欲しい……。僕にだってね、トリィちゃんを忘れていた時期もあったよ」
「え……」
それは、意外と言えば意外な言葉だった。
「それはね、俺にはトリィちゃんの事とは関係なく、一日でも早く親…父さんを超えたい、一人前になりたいって気持ちがあったから。……毎日毎日目標に向かっていて、俺も毎日が幸せ……だったんだと思う。多分。──だからトリィちゃんの事を忘れてる時だって、勿論あったんだ」
「そう……なんだ」
「……怒ってる? 」
少しだけ心配そうな声色でカルト君は聞いた。
「ううん! 」
即答する。意外には思ったけれど、全く気にならないし、少しも悲しいとかガッカリと云う気持ちにならなかった。
──むしろ私と離れていた間、カルト君が幸せに過ごしていた……という事実を、とても嬉しいと感じた。
「そっか……、良かった。僕もね、全然怒ってない。それよりも僕がいない間、トリィちゃんが元気でやってたってことが凄く嬉しい」
「あっ……」
ちょうど私が今思っていたことと同じ事をカルト君も口に出すものだから、少し驚く。
そして同時に彼が怒っても、ガッカリしてもいない理由にも納得がいった。……たしかにもしカルト君の方が私を忘れていて逆の立場だったとしても、きっと私は今の彼と全く同じことを想っていただろう、そう思ったから。
……。
…………ってことは、もしかして……私は長い間彼を忘れてしまってはいたけれど、そこまで気兼ねしなくても良いってこと……?
────気兼ねしないで、彼の事を……。
「…………」
……私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「……でね!! 」
カルト君は話を続ける。
「……思うに、僕達は今まで別々の道を歩んでたんだ。それも他ならぬ僕側の責任で……」
「僕側の……」
責任、というのはちょっと違うと思うけれど、確かに居なくなったのはカルト君の方からだった。
獣使いとして、一人前になるためにって……。
そういえば、あの日手紙に書いてあった通り、カルト君は一人前になれたのだろうか……?
そう思い彼を見つめてみると、どうやらカルト君にもそれが伝わったようだった。
「……完璧に父さんを超えたとは言えない、けど……」
カルト君はグッと拳を握り、真剣な表情で私を見据えた。……完全に思い出した今ならわかるけども、こんな彼の顔は初めて見る。
……私はわかっている。
だって、約束を守ってここに来たってことは、つまりは……。
「トリィちゃん、あの時の手紙……」
「……」
私はコクりと頷く。カルト君は四、五回深呼吸をした。
「……あの日から修行してきて、なんとか一人前になれた……と思ってる。君がもしまだ僕の事を…………好きでいてくれるのなら、これからはまた僕と一緒の道を歩いてはくれないか? 」
「……!」
ずっと会わないでいて、虫の良い話かもしれないけど……。と、最後にカルト君は小声でそう付け足した。
「────っ……」
……これって告白どころか、もうプロポーズみたいなものなんじゃ……?
うん。虫の良いなんて言うのは、こっちの方な気もするけども……。
私は──
「はい……!! 」
──彼の告白を、喜んで受け入れた。