04再会(2)
やっぱり私…この人と会った事……。いや、もしかしたらそんなのすらどうでも良くて…私、は…。
「はっ! 」
こっ…こんな時に何を考えてるの私のバカ!!
一気に我に帰る。ま、不味い! クラスメイトにこんな姿を見られるなんて! …とにかく何としてもこの場から逃げなきゃ!
私はジタバタ、バサバサとカルトさんから離れようとする。なんとか──
──飛べそう!!
「まっ……待って!! 」
するとカルトさんが慌てたように大声をあげ、飛び立とうとする私の足をパシッと掴んだ。私は驚き振り向く。
「え…?」
「あっ、あの…。………。」
口をパクパクさせながら、必死に言葉を探している。彼がこんなに慌てるなんてきっととても珍しいことなんじゃないだろうか、何故だかそんな風に思った。その後、彼は聞こえるか聞こえないかという小声で、
「羽根、怪我してるじゃないか…。それに、さっきの奴がまだ近くにいるかもしれない。」
と言った。
「………」
羽根…、羽根? ひゅるひゅると下降しながら自身の羽根に目をやる。
ちら。
………。
血まみれ!!
はっ、そういえばっ! 私、さっき撃たれたんだった?! や、決して忘れた訳でもなはかったけど、こんなにも深手だったとは…。
うう…一度気付いちゃうと、何だか…。
「い…いたたた…」
「だっ大丈夫?」
自覚したとたんだんだんと痛みは激痛と呼べるほどまでにもなっていき、私は飛ぶどころか立ち上がる事もかなわずうずくまってしまう。ど、どうしよう…?
「うぅー…」
「と、とりあえずどこか近くの、安全な所に行こっか。そこで応急手当してから、家まで送るから。……鍵は、今でも持ってる? 」
そしてカルトさんは林の中央にある石造りの塔を指さした。
この塔は……!
「…有難う」
「ううん」
カルトさんは塔の最上階の部屋まで私を運んでくれて、ここなら結界も張ってあるし安全だねと、羽根の手当てをしてくれた。包帯を巻くのも随分手慣れていると思う。何だか照れくさくて私はその間だ中ずっとうつむいていた。
……………。
「あの…」
「なに? 」
「………」
私は今もしかしたら…と思っている。もうとっくに諦めた、忘れようとした人。だけど…。
だってこの場所は…、私達が初めて会った…場所だもの…。
「──カルト……くん」
「────」
背中越しにカルト君にっこり微笑んだのがわかる。ああ、やっぱり間違いじゃなかったって、私は思った。
*
小さい頃羽根を仕舞えなかった私は…、村の人達にバレないように、ひっそりとこの塔の最上階で毎日遊んでいた。
ここの塔は沢山の魔法の本が並ぶ図書館になっていて、特に上の方の階は禁書も少なくない。なのでそのフロアだけは本当にごく一部の人間しか立ち入れない、いわゆる立ち入り禁止区域になっていた。
私の叔父さんが塔の管理人だったから、「お前にとってはここが一番安全だろう」と私は本を触らない事を条件に、その中である程度の自由を許されていたのだった。
私は遊ぶ友達もいなかったから、図書館の中ではいつも絵ばっかり書いていたっけ。
「ふんふーん」
──その日も私は鼻歌を歌いながら絵を書いていた。
ガタッ、ガタガタ…。
(ま、窓から音がする…!! )
「…だっ誰? 」
「……ふぅ」
窓をよじ登り…突然私の前に現れたのが、カルト君だった。彼はひとしきり泥だらけの服を叩いた後、
「こんにちは」
と言って、照れたようにはにかんだ。
それが、私達の初めての出会いだった──。
────。
「僕はカルトっていうんだ。僕のとうさんが仕事で旅してるから、一緒につきあってるんだ」
「へぇ、おとうさんのしごとって?」
「獣使いだよ」
「………!! 」
…ダババー。
「パパころす? パパころす? 」
「ああっ、泣かないで! そんなことしないからっ!! 」
初めの頃にそんな事があって、私は暫くの間カルト君が来る度に隠れて居留守を使ったりしていた。だけどカルト君はめげずに毎日遊びに来てくれて、結局仲直りしたんだったっけ──。
────。
カルト君はとっても優しくて良い人で、私はカルト君の事が大好きになった。
──けど、カルト君が来てから、半年ほどたった頃の朝…──。
(あれ? 手紙が来てる)
「どれどれ、…………っ!! 」
手紙にはある衝撃的な事がしたためてあった。
『トリィちゃんへ
トリィちゃん、ぼくはまた旅へでなくてはならなくなりました。こんどはぼくをいちにんまえにするための旅だそうです。トリィちゃんとさよならするのはかなしいけどぼくガンバリマス。 ○月■日 カルト・ベルノルト』
…そして手紙の下の方を見ると、
『ぼくトリィちゃんのことすきでした。もしぼくがいちにんまえになったら、ぼくのおよめさんになってくれませんか?』
…小さく、掠れた文字でそんな事が書いてあった。
……………。
「……そんな…」
(…手紙の日付が今日だから、まだ行ってないかも!!)
私は走った。
「──ダメだ! トリィちゃん、町の人にバレたら君は殺されてしまうよ! 」
「やめてっ、離して!! 」
けれど当然ながら、私が外に出る事なんて許される筈もなく、出口付近で塔の護衛の人に掴まれてしまう。
(お願い、やめて……)
(行かせて…! )
そんな切なる願いが叶ったのか、──私は自分の背中が熱くなるのを感じた。
その時、私は初めて羽根を仕舞えるようになったのだった。
「早く戻らないか! ……て、あ、あれ? し、しまった!! 」
「──っ」
私は護衛の人の腕をすりぬけて全速力で駆けぬけていく。空港の場所は塔の窓から見えていたからなんとなくわかっていた。
「カルトくん……」
けれど、小さな子供がああいう広い場所で人を探すと云うのはなかなかに困難を伴った。
やっと見つけた頃には無情にも飛行船は動き始めようとしていて……。
「カルトくーん!」
「トリィーちゃーん!」
私も、カルトくんも泣きじゃくりながら声を張り上げた。
「トリィーちゃーん。僕が…僕が一人前になったら……真っ先にトリィちゃんのところへ行くから……! 絶対行くからぁ!! 」
「うんっ、約束よ! 」
私は手を大きく振りあげる。
飛行船からベルが鳴り、カルト君はこちらを向きながら中に入って行った。
「――カルトくーん。私っ…… 」
二回目のベルがなり、飛行船のドアはガシャリと閉まる。
「ぁ………………」
(――行っちゃった……、行ってしまった……)
私は飛行船が空から見えなくなるまでずっと、彼の名を叫んでいた。
*
────。
カルト…君。……どうして、どうして忘れていたんだろう…。どうして…。
頭をガンと打たれたような衝撃。私は熱くなった目頭を抑えながら、彼の方を振り向き、正面から見つめる。互いに暫く見つめ合った後、彼はゆっくりと口を開いた。
「……久しぶり…だね」
「……うん。久しぶり」
──そうして、私達は十数年ぶりの再会を果たした。