35特訓、リリカ(終)
「夢……ですか」
リリカは思いのほか真面目な顔をして、こちらの方に耳を傾けてくれた。
「うん……夢……図書館であなたがいて、私は泣いているの。よくわからないけど、その夢を見ているととても不安になる」
「そうですか……」
「多分昔の記憶なんじゃないかと思うんだけど……。リリカ、何か知らない?」
あの頃から意識があったリリカなら、心当たりがあるんじゃないかと思ったのだ。
リリカは思い当たることを探っているのか、少しの間ボゥっとした。
「分かりかねます。泣くと言ってもその頃のあなたは、いつも……」
「あっ」
確かにそうだった。カルト君がいなくなった後の私は毎日のように泣いていて……。
「カルト様が来る前に泣いたことは?」
「……最低毎日一回は泣いてた……」
そういえば小さい頃の私といえば、カルト君がいる時以外はいつも泣いていたんだった。
読書しながらとか絵を書きながらですらしくしくと……。今思うと我ながらなんだか器用なことをしていたかもしれない。
「……特定はできそうにありませんね。気にすることもないのでは?」
ため息混じりに、けれどもあくまで優しくリリカは言った。
「そうかも。あなたが出てきたせいでなんとなく昔のこと思い出しちゃったのかもね」
私はタハハと笑って玉葱を炒めるためのフライパンに火をかけた。
「そうね、トリー、ちなみにこのことは他の誰かに相談したの?」
「ううん。パパやカルト君に言ったら余計に心配かけそうだから。……特にカルト君、一人で背負うところがあるみたいだし……」
「同感ですわ。トリー。けれど大した内容じゃなくて良かったです」
「うん。ありがとうリリカ」
「えぇ……」
全てのお野菜も肉も炒め終わり、お鍋に入れてコトコト煮るゾーンに入った。ここまではばっちり順調。
リリカは、さっきの私の話をなんだかんだ心配してくれていたのだろうか?あれから、なんだかずっと不安そうな表情をしていた。
「トリー……」
「ん?」
もしかして逆に相談を持ちかけられるのではないかとすら思える面持ちで、リリカは口を開く。
「もしトリーがこれから昔のように泣くことがあっても、私はカルト様を愛していますわ。これだけは譲れませんの。ごめんなさい、許してトリー……」
「リリカ……?」
リリカは鍋を見つめながらうつむいている。
私は何がどうこうより、驚いた。こんなリリカは初めてだったからだ。
このリリカはあまりにもしおらしすぎる。
……とてもこの前『あなたにはカルト様はふさわしくありません』って言ってきた人とは……。
「……トリー、今何か失礼なこと考えませんでした?」
「……リリカって心が読めるの?」
「顔をみればわかります」
私は苦笑する。リリカってば初めて会った時から勘がいいと思っていたけど、最近気づいた。リリカはすごく頭が良いみたい。
身体ができてからまだほんのちょっとしかたってないのに、なんだかんだ学校の授業にもついていけてるいるし……本当に私が造ったのか疑問すら感じてしまうほどに。
むすくれているリリカの顔を見るとおかしくなってしまって、私の苦笑はだんだん本気の笑いに変わっていった。
きっとリリカだったら料理もすぐ覚えてしまうわね。そんな油断した考えを持った時、事件は起きた。
「さ、最後の仕上げよ!」
私がそういった瞬間、ドバっと音がする。
リリカってば、「はい」と返事しながら砂糖袋を半分以上鍋にぶちまけていた。
私は悲鳴をあげる。
「ちょっとリリカ何てこと……」
「え?」
何が悪いの?とでも言うようにこっちを見てくるリリカ。
「食べ物は基本的に甘い方が美味しいかと……」
「カレーは辛いものなんですっ」
私はメッとリリカを叱った。
「いけなかった?」
「いけません!」
その後それを食卓に出すわけにはいかず新しく作り直した。
パパには「どうして今日の夕食は遅いんじゃ」なんて聞かれたけど、そこはリリカの名誉のため秘密にしておいてあげた。
夕食の時間中リリカは気の毒なほどしょんぼりしっぱなし。
後になって本で読んだことを思い出したけれど、精霊は人間と違い基本的に甘党でお菓子ばかり食べているらしい。
前にカルト君がリリカの身体は限りなく精霊に近い可能性があるって言っていたから、今回の件はそのせいなのかもしれなかった。
もちろん精霊うんぬんの話はリリカにはできなかったけれど、それとなく世の中には甘党っていう人がいるのよと教えたら、すっかり気を取り直したようで
「……今度お菓子の作り方を教えてください。トリー」
なんて頼まれてしまった。
お菓子は甘くしすぎないようにしなくちゃねと思う。
「次は失敗しないようにしようね、リリカ」
「もちろんですわ」
リリカはガッツポーズ。後ろにメラメラと火が見えそうなくらい。
これが恋のライバルでさえなければ100パーセント微笑ましい目で見られたのに……。
しかしこんなに愛らしい彼女を私は造り上げてしまったのだ。
もしかしたらリリカ以外にも実は単に照れ屋なだけで、でてこない良い子も中にはいるんじゃないかな?なんて思ってしまうのだ。
「……私の平和ボケにも困ったもんだなー」
そうひとりごちてみたが、心底思っているわけじゃなかったりする。
とりあえずしばらくは続きそうな平和な時間を大切にしようと思いつつ、私はクッキーの材料を買いに出かけることにした。




