02 はじまり
あーねむい。
ねむたくて仕方がない。
まったく、昨日の私はいったい何だったんだろう?何だか理由もなくこんな体調悪くして私っていったい…。
「お、トリィちゃん。今日も早起きで偉いなぁ」
「パパ…、もう起きてたの…」
元気な声だなぁ…。
パパってば毎日2時間も寝てないはずなのに全然平気みたい。どうせなら体質もパパに似てくれたら良かったのに。
…なんてぼやいていても仕方ない、さっさと学校に行かなきゃ!
私はあくびを噛み殺しながらいそいそと朝の仕度をはじめた。
「おはよっ、トリィー! 」
学校に向かう途中、クラスメイトのトトに声をかけられる。
「お早う、トト」
彼女の名はトト・オルポート。くりくりと大きな瞳、朗らかだけどどこか凛としている女の子。はつらつと振る彼女の左手には、キラリとブレスレットが光っている。
トトは私の親友で、とても良い子なの。
おまけに可愛いから男子に人気があるのよ!
なんだけど…――。
「ところでトト…、その格好って、いつも着てるパジャ…ルームウェアじゃない?」
「あっ? やっべ! 寝間着のまま来ちゃった! 」
「………」
…ちょっとだけガサツなんだよね…。
曰く、寝坊すると着替えるのすら面倒くさくなっちゃうトトは、最近ではそもそも外でも着れちゃうような服を選んでパジャマにしているんだとか。
なのでよく考えたら何もやばくなかったわー、と胸を張ってブイサインするトト。
…うん。やっぱりガサツは訂正します。私の親友は、大物なんです。
私は苦笑いしつつも、持ち運び用の櫛と洗顔の代わりになるウエットシートをトトの手に乗せた。
「――ああそうだ、転校生は3時間目からくるってさ」
「え。何で? 」
突然思い出したように転校生の話をするものだから、少しだけドキリとしてしまう。
トトってばやけに学校の内部事情に詳しかったりする。…いや、気にするほどの事でもないんだろうけど、何か理由があるのかな?
そんな事を考えていると、トトはいたずらっ子の様な笑みを浮かべる。
「1、2時間目はあなた様お得意の魔法学ですよ」
「――――っ! 」
…そ、そういえばそうだった。今日は魔法学の授業…不覚にもすっかり忘れていた。
「………」
うう、やだなぁ…。私はガックリと肩を落とした。
「えー、これより魔法学の授業をはじめる。まずこのように図を書き***の薬を二滴たらすと…」
授業が始まり、先生が魔法の説明を始める…。
なんだか既に心臓がドキドキしてきてしまっている…。もちろん悪い意味でなのだけど。
「説明は以上だ。次、出席番号順にやってみろ」
「はーい」
「―――」
…やっぱりだよー。授業の進み具合からもうすぐだろうとは思ってたけど。元気良く返事をする他のクラスメイト達がちょっとだけ羨ましくなる。
そしてクラスメイトは次々と魔法を成功させていき、次は私の番となった。
「次っ、トリィー…、お前か…」
あからさまに嫌そうな顔をする先生。何もそんなあからさまにーとは思うけども、とても文句を言える立場ではないともわかっているので取り敢えずニッコリ笑っておく。
えっと、こうして…、こうやって…。私は授業で聞いた通りに魔方陣を書き、セッティングする。
うん、手順は完璧ね。後は発動させるだけ。
さて…。
ボフンッと爆音。私の魔法は暴発した。
「…ちっ。またか…」
一瞬にして割れた窓ガラス、散らばるさっきまで机だった物。えっと一応怪我人は…、あっ良かった、もう皆とっくに避難してるや…。
「お前なー、たまにはまともに出来んのか!?」
「すみません…」
お説教をしつつ魔法で壊れた物を直してくれる先生。…はぁぁー、またやっちゃった…。
私達の世界では古代から魔法というものが存在し、一般の人でも初級の魔法なら使う事が出来るんです。出来るはずなんだけど…。でも、私は人とモンスターのハーフだからなのか、生まれてこのかた一回も魔法が出来たことが無いの…。運良く怪我人を出した事がないのがせめてもの救いだけど…。
うーん。こればっかりは困っちゃうなぁ…。
「ねぇ。トリィ、もうすぐ転校生くるっぽいよー」
「あぁ、そんな事言ってたねー」
休み時間中、教室でスケッチブックに絵を書きながらトトとそんな会話をする。
あ、ちなみに私は美術部で、これでも結構絵が得意なのよ。
「格好いい奴だったら良いなー」
「まだ男か女かもわからないじゃない」
トトはもてるのに全然自覚ないんだよなぁ。勿体ないな。
けど…、何だろう。本当に昨日から私、おかしいみたい。なんだかまた、胸がざわざわする。…嫌な感じではないんだけど…。
気のせい、だよね…。
「ん? トリィー、いきなり黙りこんでどしたの? 」
「あっ、なんでもないの」
ふるふると首を振る。
私が我に帰ったのと同時だっただろうか、教室がざわついたのは。
「お、もう来たみたいだねー」
教室のドアがガラリと開く。開けたのは担任の先生。――その後ろには…。
先生が皆の注目を促すように咳払いをする。
「えー、昨日も話したと思いますが今日から転校生が来ました。 皆仲良くやるように」
「―カルトです。宜しくお願いします」
「――――!」
気のせいじゃ…、なかった…!
ブラウンの髪をした、はにかみ顔の男の子。――私は彼を凝視する。
「あー、まぁまぁだねー。…あれ? トリィ? 」
…もう自分の胸はざわざわなんかを通り越してバクバクいっていた。
…この人…、…たしか……。
「え? 小さい頃会った事がある? 」
「ちょっ、しぃー! 声が大きいっ! 」
放課後に部室で絵を書きながら、トトにこっそり内緒話をする。…まぁもう内緒話にはなってくれていないかもだけど、今日は顧問の先生もいないし、良いかな。と、私はそっと話を続けた。
「そうなの…、多分ずっと小さい頃、何度か一緒に遊んでもらった子と…似てるの」
そう、似ていると思う。あのブラウンの髪も、どこか大人っぽい雰囲気も、はにかんだ様な笑顔も、似ているような気がする。
…だけど私は同一人物だと断定は出来なかった。何故なら――
「へー、それいつぐらいの話? 」
「多分私が2、3歳…」
本当にずっと小さい頃だったから…。
「……………」
…しらけた様なトトの顔。ですよねーと私。…顔が熱い。何だか物凄く恥ずかしい事を言ってしまった気がする。
「トリ…」
「わかってるわよっ! 勘違いだって言いたいんでしょう? 私だってそれくらいわかるわよ! ……わかるけど、ただ、何となくそう思っただけ……」
言い訳をするうちに今度は何故だか落ち込んできた。…我ながら何がしたいのやら。
そんな私の様子を見ながらトトはなにやらフムフムと頷いている。そして唐突に人差し指を一本立てた。
「それってさ、恋ってやつじゃない? 」
「――!! 」
ズルっと椅子から転びそうになる。
「ちょっ…やめてよー! 」
「ははっ、照れない照れない」
からかうような笑みでこっちを見てくるトト。うう、お願いだからやめてよー。
「本当にそんなんじゃないってば!! 」
「とか言いながらさ」
トトはにやけ顔でトントンと私のキャンバスの縁をつついた。
「今日トリィの書いてる絵、転校生にそっくりじゃん。無意識なんだろうけどさー」
「きゃ…! 」
咄嗟にバリっと絵を破く。ううっ、本当にトトの言う通りな気がしてきた…。
「わざわざ破かなくても良いのに…」
そうね、今日に限ってはトトの方が常識的だわ…。
「私、今日はもう帰るね…」
「あ、そお? 」
他の部員達からの視線も痛いことにもようやく気が付いた私は、いよいよ耐えられなくなり早めに帰る事にした。