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ドラテン  作者: 夏目彩生
19/21

19 ぐちゃり

 『ザビルビ』──茶色の長い毛に覆われた、一本角でパパくらいの大きさのモンスターは、今では絶滅してしまった古代の魔物だ。

 それがカルト君に首を掴まれて、きぃきぃ、ばたばたと暴れている。


「──きゃ!! 」

 

 まさかそんなのが入ってるは思わなかったので、私は声をあげて驚いた。

 

「……この袋は特殊な魔法がかけられていて、  位の体積まで入るようになってるんだ。防音加工もしっかりしていて──」


 カルト君はどうやら私が袋以上の大きさの物が出てきたから驚いていると思ったらしく、麻袋についての説明をはじめる。だけど、そうじゃない。……もちろんそれにもびっくりしなかったと言えば嘘になるけども。


 ……そうじゃなくて、私が驚いたのは──。


「こ、これ……、私があの絵に描いたモンスター……」


 そう、これは私があの絵に描いた十数体のうちの一つと、同じ種族のモンスターだったのだ。

 私は若干(じゃっかん)後退りしつつ指を差す。

 「あぁ」と納得したようにカルト君は返事をした。


「そうだね……これもトリィちゃんが創ったモノだと……思う。――昨日ちょっと色々あって捕まえたんだけど──」

「つ──……」


 あまりにもあっさり答えるカルト君に一瞬「捕まえた!?」と言葉が出そうになったが、私はすんでのところで止める。

 ……そりゃあカルト君は獣使いなのだから、モンスターを捕らえたことをいちいち驚いてたら失礼だし、これ以上話の腰を折るのも良くないと思ったから。


「例えばこれに命令して操ったりだとか……──そういうの自分で、出来そうな感じは? 」


 カルト君は『ザビルビ』を沈鬱な表情で見つめながら、私に問うた。


「……」


 ……確かに彼の言う事が真実ならば、それも可能なのかも──?


 私は心の中で、取り敢えず「鳴くのを止めなさい」と命令してみる……。しかしザビルビはちっとも鳴くのを止ず、命令はただ私の頭の中で響めくだけだった。

 …………。

 本当にこれが私の一部……? まるで別の生き物、繋がりなんてとてもじゃないが感じられない。

 今度は口に出して命令してみる。やっぱりザビルビは鳴くのを止めそうにない。


 私は首を横に振った。カルト君は「やっぱりか」とため息をつく。


「そうか……やはりこれは魔法と言えど、それぞれ独立した意思を持って生きているんだ……。

 絵から出てきた時点で術者が制御できるものではないのか──

 ……いや、それとも彼女のコントロール力の問題か……? どちらにせよ──」


 ……カルト君の独り言は良くわからない。だけど……彼が本気で何かにがっかりしている、ということは辛うじて私にもわかった。


「──っ」


 ──朝から思っていたけれど、やっぱり今日のカルト君はどこかおかしい。確かに昔から自分の世界に入ってぶつぶつ言ってたことはあったけど。

 ……何というか、雰囲気からして別人みたいに違う。──私の知っている照れ屋で、はにかみやな彼とは。

 なんだか……なんだか、彼は──


「……トリィちゃん、ちょっと目と耳を塞いどいてくれないかな? 」

「……? うん、良いけど……」


 なにか彼から不穏な空気を感じつつ、私は言われた通り目と耳を塞いだ。

 ────。

 ……あれ? と私は思う。

 目と違って耳はふさいでも完全に聴こえなくなるわけではないから、そのせいかもしれないけど──

 ……なにか、くぐもったような音が聞こえたような、気がして――


『■●◆▲◆──』


(なっ、なにこれ──!?)


 今度は気のせいなんかじゃすまされない。


 はっきりと聞こえたのは、ぐちゃりという音。


「────」


 ……私は声にならない声をだす。額にはうっすらと汗が滲じだしていた。

 ──。


「──ん、良いよ……。ちょっと絵を見てくれないか? 」

「……は、はいっ……」


 カルト君は、私の肩をたたいて声をかけてくれる。

 ──そして、例の絵を指さした。


「──あれ……っ!! 」


 カルト君が指さした例の絵。

 その絵の中の、ザビルビが元通りに戻っている──!?


「ど、どうして──? 」


 私はわけがわからないといった風にカルト君の方に振り向く。


「…………」


 カルト君は答えない。空っぽになった右手を感情のない目で見つめているだけだ。

 …………。

 ──からっぽ…………?


「…………ぁっ……」


 からっぽの手。ぐちゃりという音。……絵の中に戻っているモンスター。


 それで、私はわかってしまった。


 私が目を閉じ、耳を塞いでいる間に──、……カルト君は、『ザビルビ』を、()()()()()()で絵の中に戻したんだということを────。

 ……その方法は、おそらく……。


「……カルト、君……? 」

「…………」


 カルト君は目を合わせない。……だけど、この場合の沈黙は肯定することとほぼ同義だろう。


「──っ」

  

 一気に頭に血が上り、私は彼をキッと見据える。


「……ひどいよ、カルト君。私じゃ無理でもリリカならコントロール出来たかもしれないのに……! リリカが無理だったとしても……それでも……! 」


 いくら言う事を聞かないといっても、『ザビルビ』はもとは自分で(えが)いたモノ。どうしたってやっぱり愛着はあったのだ。……それにあれは、絵だったとしても間違いなく、生きていたモノなのに──!

 ……それにこの様子だと、他に描かれているモンスターも……。


「──殺すことなかったのに……! 」


 私は目に涙を溜めてカルト君を責めた。


「…………」


 ……ほんの一瞬だけカルト君は狼狽えた顔をしたけれど、すぐに彼は冷厳とした態度で私を見つめかえした。


 そしてゆっくりと口を開く。


「……トリィちゃん、それについても言わなきゃいけない事があるんだ」

「……なに? 」


 本当はもう聞くのが怖かったけれど、私は聞かずにもいられず、先を促した。


「……昨日、君たちが屋上にいるの、物音がしたからわかったって言ってたけど、そうじゃないんだ」

「え……? 」

「……ここに(えが)いてあるモンスター達の群れや奴等が、トリィちゃんやリリカさんを――狙って向かっていっていたから、……それでわかったんだ。……ほら、さっき昨日ちょっと色々あってって言っただろう? あの時、……()から聞いたんだ。

 さすがにそれがわかった時は僕も驚いた。嘘であって欲しいと思った位に、でも残念ながらこれは確実に事実なんだ。

 ──そしてわざわざ君の目の前でザビルビを殺したのは、君に僕の意思を示すために敢えての事でもある」

「────! 」


 狙う!?

 そんな……!! それってつまりは──。


「実体化したモンスター、獣使い、大魔道師……。

 ……どうやら僕達と、リリカ・ガーディナさんの命を狙っている。

 ……だから俺は、たとえそれがトリィちゃんの創り出したモノだとしても、──奴等を全員、始末するつもりなんだ! 

 ……もしそれがトリィちゃんにとってどれ程残酷で、傷付けてしまうことになったとしてもね」


 カルト君は、拳をグッと握りしめて私に宣言する。


「う、そ……──」


 彼の気迫に圧倒されたのと、その、あまりにも信じたくない事実に――私は目の前が真っ暗になり、足元がぐらりとゆれた……。

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