15屋上にて(2)
――……本当に突拍子もない事ばかりだ、この人は――!
「なっ、ちょ、ちょ、ちょっとー! だから、こんな近くにいたら危ないんだって言ってるのにー! 」
いくらなんでも真後ろは危なすぎる!
私は狼狽し、首を目一杯まわしてリリカに抗議する。
……リリカは「めんどくさいですわねぇ」といった風に首を横に振り、まるで学校の先生みたいな口振りで説明をはじめた。
「……トリィ。魔力の高いものと触れあった状態で魔法を使うと、少しだけコントロール力が上がる事があるのです。……貴方も聞いたこと位はありませんか? 」
「や、……確かにそれは……、私も授業で聞いた事があるけど……」
――――。
……強力な魔法使いと触れあうことで、波長が良い影響を受け、少し力が上がるというのはわりと一般的な話で、私でも知っている。
なんでも波長には相性があって、それが合えば合うほど良い影響を受けやすいんだとか。
――けれど、それにはある条件があったはずで……――。
……それは、サポートする方の魔法使いはフラットな状態でなければならないということ。そうでなければ波長が合うことはあり得ないらしい。
つまり……サポートする側は装備もせず魔法も使用出来ないので、完全に丸腰で間近にいなくてはならないのだ。
魔法が発動出来ないのではなく、暴発させてしまうタイプの私には、それはあまりにも危険な行いだ。故に学校でも先生に、私にはその方法は試せないとはっきり言われていたし、私もそんな恐ろしいことやろうと思ったことなんてなかった。
……それにあくまでそれは、そういう場合もあるってだけの話しだったはず。
「――――」
「……さ、わかりましたでしょう? 早くはじめましょう」
…………。
リリカの言わんとしている事を理解するとともに、私はちょっと腹が立ってきていた。
……良かれと思ってやってくれようとしているのはわかる。
……けれど、得られるかもしれない事象に対してあまりにもリスクが大きすぎるし、――いくらなんでもリリカってば、怖いもの知らずすぎるもの!
私は今度は体をごと振り向き、人差し指をたててリリカに抗議する。
「あのねぇ! 仮に効果があったとしても、そんな危ない方法試せるわけないでしょ! 」
「……はぁ……? 」
「はぁ? じゃないでしょ! 怪我したらどうするんです! 」
「はぁ」
リリカは心底不思議そうな顔をする。
「別に私は魔法で治療すれば良い話ですから、万が一の事があっても大丈夫ですわよ? 」
「なっ……」
余りにもあっけらかんと言うものだから、私は唖然としてしまった。
「そっそんなの――」
――ちっとも大丈夫じゃないじゃない!
かっとなって立ち上がる。リリカは目を見開き一瞬だけびくっと震えた。
「いくら直ぐに魔法で治せたとしても、貴方がその時怪我をした事実はちっとも変わらないじゃない! リリカは女の子なんだから、そんな乱暴な考えではダメでしょう?
……私、貴方にそんなひどい目にあわせるのなんて、絶対嫌だからね!! 」
「トリィ……」
肩で息をする私を見つめながら、リリカは数瞬沈黙した。
で、何故だか顔を赤らめ、両手の人差し指をツンツンつつき会わせている。
……もしかして、リリカってば照れてる?
……そんなに恥ずかしいこと言ってたかなーなんて私は私でオロオロしていると、リリカは見開いていた目を細めてすっくと立ち上がった。身長差がある分若干、見下ろされている形になる。
「……貴方の気持ちはわかりました。けれどそれでも――――大丈夫、なんです! 」
「……っ!? 」
そう言ってリリカは立ち上がって私の肩をくっと掴み、そのまま回転され無理やり座らされてしまう。
「きゃ……!! 」
……リリカってば意外と力が強い。
――そのままリリカはフワリと私の手を掴み、耳元に口を寄せた。
そして悪戯っぽい、天使と言うよりは小悪魔的な笑顔を浮かべる。
「――だって、私は信じてるんです。きっと貴方は最初の一回で成功するって。
……何せ、私が側についているのですから」
「――――っ!! 」
……こんな風に耳元で囁かれてしまったら、いくら同性だって……。
……私は不覚にも、怒りとはまた別の理由で赤面してしまった。
「――それに、私これでも貴方をかってるんですのよ」
リリカは続けて耳元で囁く。
「…………なん、で……? 」
「……さぁ?」
「…………」
……リリカはさっぱりわからない。
だけどそれで、私は何も言い返せずに押し黙ってしまった。
理由まではわからない。けれど、彼女はどこまでも本気で言っているのだとわかってしまったのだ。
……同時に、今の今まで私はリリカを誤解していたことに気が付く。
彼女があんなに自信に満ち溢れた態度をするのは、その綺麗な容姿故だと思っていたけど、それは大変な思い違いだったみたいだ。
彼女、根っこの部分はもの凄く頑固で、芯が強い。しかも一度決めたことだったら、それがどんなであれ体を張るのもいとわない、らしい。
この村にはいなかったタイプの豪胆ぶりだ。やっぱりリリカは本当に歴史上の、あのリリカ・ガーディナ姫なんじゃないだろうか。なんて、そう思っちゃうくらい。
……随分強力な恋敵をもってしまったな、と私は思った。
「……どうも貴方を説得するのは無理そうね。諦めたわ」
私は今日何度目かになるため息をついて脱力する。
「――わかった。私、頑張ってみる」
けれど、それで私も腹をくくった。……というよりその気になったと言うべきか。
……だって、信じてるなんて言われたら、ちょっとくらい頑張らないとって思ってしまうじゃない。
私は魔法陣に手をそえる。
「……いくわよ」
――声をかける。
「えぇ」
――それに応えるリリカ。
―――。
……そうして、私は全神経を集中させた。恐らく生きてきた中で一二を争う程に。
――額に汗が浮かぶほど力を込める。それと同時に、背中が燃えるように熱くなるのを感じた。
――一瞬、魔方陣がピカリと光る。そして……、
「――あ」
……魔法石が、浮いた。
「…………出来……た……」
「……そのようですわね」
「…………出来た出来た! 生まれて初めて出来た!! 」
私は夜中だというのに何度も叫び、子供みたいに跳び跳ねた。――みっともないとわかっているけれど、それぐらい嬉しかったのだ。
「……出来ましたわね」
リリカは微笑む。
「――――っ」
……あぁ、私はそれ以上言わないで、と思った。だってリリカ、……それ以上言われたら、私……。
「……おめでとう、――トリィ」
――私、あなたのことを、好きになっちゃうじゃない。
――――。
「――キャ……、どうしたんですか? 急に抱きついて! 」
「だっ、だって……」
……どうもまた昔の癖がでて抱きついてしまったみたい。……しまった。これでは私が変な人みたいになってしまう。
……私は何か言い訳しないとと慌てて口を開いた。
えーと、えーと……。
「……ありがとう」
――けれど口にでたのは、そんな言葉。私は少しだけ慌てる。
「……! 」
……そんな私を見て、リリカは少しだけ驚いた後、にこりと笑った。




