13 着替え
──あれからカルト君がのぼせて沈みかけてることに気が付いた私達は、慌てて彼を引き上げ、リリカは魔法を解き家のリビングに戻った。
そしてソファーの上にカルト君を寝かせ、魔法でリリカが彼の服を乾かしているうちに、私は氷枕をつくりカルト君を介抱したのだった。
「…………いやあ面目ない」
十分程でカルト君は目を覚ました。なんだか本当に居づらそうにしている。
「ううん、こちらこそごめんなさい。元気になったみたいで、良かったわ」
「カルト様っ……」
リリカは涙目でソファーに駆け寄った。介抱している間もずっと半泣きだったし、彼女はカルト君のことに関してだけは子供のようにストレートだ。
「カルト様、本当に申し訳ありませんっ、私……、私……」
「いや、何も君が謝るようなことは……」
「カルト様が、熱いお湯が苦手だとは知らずにっ……」
「…………」
……カルト君は完全に目を反らしている。……うん、彼がのぼせたのは多分お湯の温度のせいじゃないと思うけども、ここは彼の名誉のためにも黙っていることにしよう。
はいと、私は彼にジュースを差し出した。
ジュースを飲み終わると直ぐにカルト君は、まだちょっと調べ物があると言って帰っていった。多分だけどリリカについて調べているんじゃないだろうか。
「さてと……」
私は私でにリリカ対してするべき事がある。
「……あの温泉、もっと温度をぬるくしなくては……」
「リリカ、ちょっと良い? 」
相変わらず無茶苦茶なことを言っているリリカを手招きし、私の部屋に招き入れた。……ところで温泉って温度の調節、出来るものなの?
「……なんですの?これ……」
リリカは私にあるものを手渡され、わかりやすく動揺──要するに恥ずかしがっていた。
「なんもかんもないわ。あんなに立派なドレスを着ていたら、ろくに買い物も散歩も出来ないじゃないの」
──そうリリカは、その立派な羽はさることながら、いかにも異国の貴族ですと言わんばかりのドレスがどうにも目立って仕方がなかった。
しかもリリカは顔も教科書などでとても有名なので、そのまま外を歩いたりなどしたら大騒ぎになりかねない。
羽根がしまえないならともかく本人も出し入れ自由と言っていたので、この際私の服を着てもらうことにしたのだ。
「……この服、胸がきついです」
「…………」
ピキッときたが聞かなかったことする。
「──どう? なかなか可愛いじゃない」
服は村の伝統的な刺繍の入ったトップスとパンツ。髪も束ねてかなりラフな格好にした。
……本当は彼女の場合ワンピースの方が無難かなと思っていたのだが、身長が私より高いのと、その、やっぱり私よりグラマーなため少し丈が短くなってしまい、似合うのは間違いないのだがこれはこれで目立ちすぎてしまうだろうと泣く泣くボツにした。……ロングスカート買っとくんだったな。
……だがこのラフな格好、本人も意外と満更じゃない様子である。全身鏡を見て目をキラキラさせていたのを、私は見逃さなかった。
「……? 」
そこでふと、私はあることに気が付く。
「……そういえばリリカ、さっきお風呂に入ったのに、お化粧落ちないね……」
「…………」
……リリカは考え込んでしまった。単にメイクを落ちなくさせる魔法があるのかなと気になっただけなのだが、同性とはいえ無闇に口に出す話題ではなかったのかもしれない。
……それに、仮にそういう魔法があったとしても、私には使えないのだから。
「……まぁいっか! それじゃあせっかくだし、今から外にでも出かけない? 」
「……なぜ?」
「──町を案内するためよ」
……正直に言って私は彼のことをのぞいては、少しリリカにに心を開いてしまっている気がする。理由はおそらく彼女に羽が生えているということで親近感がわくからだろう。今まで自分以外に羽を生えた人なんて見たことなかったから、……もっともリリカが人かどうかは疑問なところでもあるんだけど。
「……でここがうちの学校よ」
案内が終わった頃には夜中になっていたので、二人で飛んでそのまま屋上に来ている。ちなみにリリカは透過の魔法も使えるらしかったので、周りの目を気にせずに空中を移動できた。……正直、ちょっと感動……。
「……ふぅ」
屋上に着いたとたんに私は腰を下ろす。さすがに1日中歩いて疲れてしまった。
……というか行くとこ全て引き留められてしまって……、ここは村といってもとても大きいから、そこまで田舎の感覚でも無いのだけど。
私はちょっとリリカのことを、甘く見ていたみたい……。
……彼女は服を変えたくらいじゃどうしようもないくらいに、目立ってしまっていたのだ。
「疲れたようね……」
一方リリカは全く疲れていない様子で、とても涼しい顔をしている。
「……おかげさまでね……」
私は「はぁ」と思わずため息をついてしまった。明日には彼女はご近所中の噂になっているだろう。……改めて、彼女は強力すぎる恋敵だと痛感したのだ。
屋上から外を見つめる彼女は、そうしている今でもカルト君のことを考えているに違いない。
……まあまた魔法の呼び出されたりしたらあれなので、口には出さないが……。
「……ねえあなたって何者なの? 」
かわりと言ってはなんだが、私はその質問をすることにした。会った時から気になっている。それにもし本当のリリカ姫なのだったら……と、かすかに期待もしていた。
……けれど質問をしたとたん、リリカはとても寂しそうな顔をしたから、私は内心慌てる。
「……貴方も覚えてないんですのね」
「──え?」
……それは予想もしなかった回答だった。
「いいんです。……これもまた仕方のないことですわ」
「ちょ、……ちょっと待ってよ! 」
勝手に納得されても困る。何しろこっちは全く意味が分からない。
「……どいうこと? それって貴方も昔私に会っ────」
「……」
スッ────と、唇に手を当てられた。
「──教えてあげません」
そしてきっぱりとそう言うリリカ、……妙な迫力に圧倒されてしまう。
「……思い出すまで教えてあげないの。──絶対に」
リリカはいたずらっ子の様にニコリと笑った。
「う……」
……そうされてしまうと何だか、此方もどうしようもないような気がしてくる。
……けど、なんかやっぱり納得がいかない!
「……じゃ、じゃあせめてどうして貴方はあんな魔法使えるのかぐらい教えてよ! カルト君を治した時といい、今日使ってた魔法だって高等魔法なんじゃない? ……普通だってせいぜい初級から中級ぐらいまでのはずなのに────」
私はまくし立てる。……別にそんなことは感謝こそするものの、そこまで気にしていた事じゃなかった。……ただ何か、何かを聞き出さないと悔しいって意地になってしまっていただけで、──もしかしたらまたあの寂しい顔をされたらと、内心言ったことを後悔していた。
……けれど────
「──普通、……だって?」
「あ……」
──逆に彼女に、突っ込まれてしまうことになるとは……。




