12 温泉
カポンと桶の音がする。
色々突っ込みたいところはあったが私は結局、リリカさんと一緒にお風呂に入ることにした。
……というかいきなり温泉が出てきてびっくりしてリリカさんを見たら、あの人ったらもうすでに服を脱いでいるんだもの、さらにびっくりしちゃたわ。あんなの、断りようがないじゃない……。
────大胆な人……。私はため息をついた。
「気持ちいいですわ……」
「そうね……」
おざなりに返事をする。確かに私は家のお風呂以外入るのは今日が初めてだから、こんな状況じゃなかったら大喜びしてただろうけど……。
「…………」
──それにしても……。と、私はちらりとリリカさんを覗き見る。
……こうして太陽光の下で彼女を見ると、改めて綺麗な黒髪。それに、ドレスを着ていた時は気がつかなかったけれど、なんてきめ細かい肌なのかしら。スタイルだって……、細いのに、同性の私ですら目のやり場に困るくらい、でるとこがちゃんとでていて……。
…………。
私はなんとなく、両手で自分の胸を隠した。
「ねぇ」
「……はっ、はいっ……! 」
「……そんなに大声ださなくても、二人しかいないのだから……」
「あ、あはは……」
……心臓に悪い……。わざとやってるわけではないのだろうけど……。
「……それでなのですがトリィ、悪いけど羽根を洗ってくれないかしら? 」
リリカさんは少し申し訳なさそうにくるりと背中を向ける。
「あぁ、良いわよ、確かに自分で洗うの大変なのよねー」
私は二つ返事で、何故だか置いてある羽根用のブラシをわしわしと泡立てた。
…………。
……ダメじゃない! 私!
我に帰る。いつのまにか私はこの状況に馴染んでしまっていたけれど、馴染んで良いはずないじゃない!! 彼女は全てが謎に包まれていて正体不明、敵か味方かもわからない。唯一分かっていることは彼女はカルト君を────。……つまりは私の恋敵……と、いうことだけは確定している。そんな状態の彼女と、仲良くしていいはずなんて、ないのに。
……そもそもちょっと前まではパパをどうにかされたと思って震えていてたのにこの有様じゃ、私はただの馬鹿にじゃない。
──こんなんじゃいけないわ! 私はメラメラと闘志を燃やし、キッと彼女の背中を睨み付けた。何か、何か彼女に対して牽制するような言葉を……。
「…………。……そっそのかわり貴方も私の羽根を洗うのよ! 」
「別に、良いですわよ」
「…………」
……釘をさしたつもりが、むしろ馴れ合いを求めるようなセリフになってしまった……? 私はがっくりと肩を落とす。
──しかしそれも無理からぬ事なのかもしれない。常に目立たないように、控えめであれと教わってきた私は──、今まで他人に喧嘩を売るなんて考えたことすらなかった。…………なので挑発の仕方なんて、私にはまるでわからないのだ。
「むぅ……」
……けれど何かは言ってやらないと、ずっと彼女のペースに流されてしまいかねない。……エスカレートする彼女のマイペースぶりに振り回されついに私は心身ともに疲弊し、そしていつのまにやらカルト君までも……、そんな事態は絶対に避けたいし、何よりもこのままでは私の気が済みそうにない。
……何か思いつかないかしら……、思いつけ私……。
わしわしわしわしわし……。
「……それにしても凄い温泉ねー、リリカ」
「え……えぇ」
……ふふん、急に呼び捨てにされて、ちょっとは面食らったようね。普段私──というかこの村では余程の親しい間柄でない限りは敬称をつけて呼び会うのが一般的だ。ただ、例外として師匠──弟子、先生──生徒、部活の先輩──後輩など、明らかに目下の相手に対しては呼び捨てで呼んだりするのだ。……それすらもなんかやだと言う人すらいる。
──彼女は私の恋敵、しかも横恋慕を企んでいる立場だ。────つまり、今のは、「恋敵としては貴方は目下」かつ、「どれ程似合っていようが貴方をお姫様だなんて思わないんだから! 」という、私の遠回しな嫌みと意思表示なのだ!!
「──リリカと呼ぶわね! 」
私はふふんと鼻を鳴らした。
「そう……、じゃあトリィ、私もトリィと呼びますわ」
「…………へ? 」
「いけませんか? 」
「えっ、えっといや……良いけど……」
しまった、流石に村の人間ではないリリカには遠回しすぎた……!? これでは、ますます馴れ合いではないか……と思った。やっぱり私には人を挑発するなんて無理なのかもしれない……。
私は心底脱力し、とりあえずはこの件は保留と、大人しくリリカの背中を流す事にした。
──リリカはわざわざ振り向いて私を「トリィ」と呼んだ。なんだか不自然に顔が赤かったので私は首を傾げた。
「……風だ」
遠くに見える山から風が吹いた。いったいここはどこなのだろう?
「良い風……」
リリカはうっすらと微笑んでいた。それを見て、やはり焦りも感じつつも、なんだか私は微笑ましい気持ちになる。──そんな時ふと思った。
「……カルト君に会いたいなぁ」
「私もです……いつも……」
……きっといつも会いたいと思っているって事なんだろう。私は「そうだね」と答えた。
――突然リリカはすくっと立ち上がる。
「……では、呼んでしまいましょうか」
「え? それって……──」
──どういうこと?と私が言いきる前に、リリカは指をパチリと鳴らす。
――すると、浴槽の周りに設置してある大きな石のひとつの、ニメートル程上────そこから、黒いナニかが、バチリバチリと音をたてて現れた────。
「────」
……私はコレは時空の割れ目なのだと、否応なしに理解する。そして割れ目の下半分からはばたついた足がジワジワと生えていき、それは腹、胸にまで及び、ついには────
「──……はぁ? 」
何が起こっているのか全く理解出来きていない様子の、カルト君の全身が現れた。彼は石の上に、すとんと降り立──つ──?!
「キャーーーーー!!! 」
私は悲鳴をあげる。リリカったら、本当に何を考えてるのかしら! リリカの方を見ると、彼女は前を隠しもせずにニコニコしていた。
「え? ちょっ、ちょっと嘘だろ……? こんな……」
混乱しながらも状況を理解したらしいカルト君は、とにかく石の上から離れようとしたのだろう、──足を滑らせて浴槽の中に落っこちる。
「まぁ、カルト様。大丈夫ですか? 」
「え?だ、大丈夫、ではあるけど……」
「私は大丈夫じゃないわよーー!! 」
私は近くにあった桶を手に取り、カルト君に投げつけた。
「いてっ」
「ト、トリィ……! 何てこと……! 」
「──」
その隙に後ろに回って、カルト君の目もとにタオルを巻きつける。
「……もう、エッチッ」
「ごっごめん……」
……とりあえず、良し。私は次にリリカをキッと睨み付けた。
「リリカ、何もこんなところで呼ぶことないでしょう! 」
「私はただ、いつどんな時でもカルト様に会いたい。それだけなんです! 」
「…………っ」
リリカは言い訳にもならない事を言う。……というか今のは単に、告白じゃないの!
「それに貴方も恥ずかしいのだったら、羽根で身体を隠せば良いだけの話じゃないですか」
「羽根で、身体を……? 」
……今まで身体からどう羽根を隠そうなんて事ばかり考えていたせいか、そんなの思いつきもしなかった。……試しにやってみると簡単に出来る。
「本当だ……! 」
リリカは「そうでしょう? 」と、両手を腰にあてた。
「それを貴方はカルト様にあんな酷いことを……、やっぱり貴方はカルト様に相応しくありませんわ! 」
そして私の方にちゃぽちゃぽと歩いて近づき、カルト君の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっとー! …………」
「……ふん…………」
──私達のにらみ合いは、それから約五分後にカルト君がのぼせて倒れるまで続いたのだった。




