11カルト視点(2)
「……」
問題を整理しよう。
まず最初の問題は、俺たちを撃った犯人についてだ。
トリィちゃんの羽根を撃ち、俺の身体を貫いた――、いったいあいつは何者なのだろう?
状況から見て、おそらくは彼女を撃った奴と仲間か、同一人物である可能性は高い。……あの隠し部屋にまで侵入できたことを考えると相当の実力者か、……あるいははかなりの下調べをしたのか。
──だとしたら彼女の正体を知った上で狙ってきた可能性が高い。
……ならば俺は彼女を守るひとりの男としても、獣使いとしても、絶対に犯人と対峙しなければならない。
……俺は歯噛みする。
おそらく、可能性と、さっきから憶測の域を出ないことばかりだが、――あの時、実際には相手の気配や銃声の音の癖など、判別する材料はいくらでもあったのだ。俺が……馬鹿みたいに油断、してさえいなければ。
「……くっ」
猛省する…! ……男女の逢瀬を狙うだなんて初歩中の初歩、それを、おもしろいくらいにひっかかってしまった……。カルト・ベルノルト人生最大の不覚だ……!
そもそも彼女を撃った犯人が近くにうろついてるなんてあの時点でわかりきっていた事なのだから、彼女を手当てしたら直ぐに家に帰して、見張りをするなり、犯人を探しに行くなりするべきだったのだ。
……それをちょっと昔の同じように名前を呼んでもらったからって、周りが見えなくなるぐらいに舞い上がってしまって、あまつさえ……。
……いや、よそう。
俺は「……絶対に犯人は俺の手で鉄槌を下す……! 」と、そう硬く心に誓った。
……まぁ自業自得なのは百も承知で、よりにもよってあんな大事な時に、邪魔をしてくれた、犯人を、思いっきり殴ってやりたいという私怨も正直かなりあるのだが。
──そしてもう一つの問題は……。
「……そうだ、もう一つの問題こそ、俺にとって最も厄介なんだ。……あ、あったぞ
! 」
本を読み進めていくうちに、目当てのページを見つけて、俺は小さく声をあげた。
「リリカ・ガーディナ姫の生涯……」
────リリカ・ガーディナ。約千年前にもっとも聡明だったとされる姫。美しさはあのエメラルド神にもひけをとらなかったと言われている。
リリカ姫は魔王が消滅した後、人と、残された高位のモンスターと和協することに尽力し、現在でも世界中で使われている憲法をつくったとされている。
……だがその人も魔法でだいぶ長生きしたが、八百年ん程前に亡くなったと聞く。
それにリリカ姫はどちらかというと活発な人物だったとされている。……歴史なんてそこまで宛になるものでは無いと思うが、あの子がリリカ姫だと言うにはどうにも……。
──それにあの子には、翼が生えていた。
「…………」
……リリカ姫は死んでおらず実は封印されていたとするならば、翼は後から魔法で付けることも可能なので取り敢えずの説明はつくかもしれない。けれど、それはだいぶ無理のある仮説だろう。……それこそそういう風に思い込みたい奴が無理矢理こじつけたような……。
それにやはりそれでは説明のつかないこともあるのだ。
……ではやはりあの子は――? ……あの子も──?
「……いったい、……あの子は……」
──そしてそれらの事は俺の中で、もうひとつの大きな問題になっていた。
『私を、妻にして下さい……』
────。
……思い出し不覚にも赤面する。
────あれは、いくらなんでも反則だ。
俺は、あれ程までに完璧な造形の人間を、絵や彫刻意外で見たことがなかった。だから、あの子を見た時ある種の感動を覚えたのは否定出来ない。
……けれども何よりの問題は、あの子の雰囲気だ。あの子のあのやけに儚げな雰囲気が、問題なのだ。
──トリィちゃんと初めて会ったときも、とても儚げな子だと思った。もちろんその後の元気で輝いている姿こそ、彼女の本当の魅力だとは思う。
しかしあの頃のトリィちゃんは、それとは別のなにかを持っていた。それがなんだったかまではわからないが……。
……リリカからは当時の彼女とまったく同じなにかを、より濃密に感るのだ──。
「────」
──……それはつまるところ、俺はあの子にも惹かれてしまっている、のか──?
………………。
……そんな馬鹿な!! 俺は頭を抱える。
俺は、どちらかというと自分は一途な男だと思っていた。……経験がなかった以上、そう思い込んでいたに過ぎなかったのかもしれないが、それにしたっていくらなんでも気移りが酷い! 酷すぎる!! 昨日自分からトリィちゃんに告白したばっかりだろ!?
……笑えない。自分はこんなにもいい加減な人間だったのか? 俺は自身でも知らなかった一面に愕然とする。
「…………うぅー! 」
──そしてついには図書館内で大声で唸ってしまっていた。
────。
……そんな訳で、随分目立ってしまった。当たり前だ。
──……仕方ない、途中だが一度席を外そう。ついでに頭も冷やそうと俺は立ち上がる。
「……あれ? 」
────立ち上がると、不思議なことにどうにもバランスがとれなかった。──昨日の疲れのせいかと思ったがどうやら違った。
────俺は、何者かの手で足元からじわじわと、時空を飛ばされようとしていたのだ……──。
「…………くそっ」
……必死の抵抗も虚しく、俺は徐々に闇へと堕ちていった。




