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8話:言い訳はありますか、このど変態

朝、といってもまだ夜は明け切っていない。

荷台の上という身体に悪そうな所で寝落ちしたためか、身体をひねるとボキボキと背骨がなるのだ。

ふとプリコットの方を見ると、なんとも可愛らしい寝顔がそこにあるではないか。やはり黙っていればとてもいい女性なのだろう……黙っていれば、だが。

俺はプリコットが起きる前に、これからのことを考えてみることにした。

まず第一に交通手段だ。

先日、プリコットが馬車もろとも俺を襲撃したため、馬と運転手がいないのだ。つまり俺は、俺を殺そうとするブラコンと、この広大な砂漠を徒歩で行かなければならないわけである。

一応助けを呼べるか考えてみたが、俺のできる範囲ではどう頑張っても無理なのだ。

ここで通りかかる馬車を待っていても事態が好転するとは思えないし、やはり徒歩が一番確実な気がしてくる。

次に食料問題についてだ。

水はなんとかなるのだが、問題はエネルギー源の確保にある。

プリコットが「ブレッド」とかいうカンパンもどきを何枚持っているか、これがわからなければ話にならない。


ということで、俺は屋根から降りてプリコットの持ち物を漁ることにした。

女性の持ち物を漁るのには抵抗があるが、この非常事態時にそんなことは言ってられない。

そう自己弁護しながら、俺のリュックの隣にある大きめのバッグを開いた。

一番に目に飛び込んできたのは下着類だった。

俺はそのうちの一つを手に取り、広げてみた。


『男と女でいろいろと構造が違うんだな』


マルテと一緒に感心していると、背後から殺気が飛んできた。慌てて後ろを振り向くと、そこには木彫りの杖を振りかぶりながら赤面しているプリコットの姿があった。


「お、落ち着けプリコット……なにも下着を漁ってどうにかしようとしたわけじゃないん……ゴハッ!?」


言い終わらないうちに、杖の打撃が顔面に直撃した。

凄腕バッターの素振りのような速度で、それは俺の左頬を捉えたのだった。


「なにか言い訳はありますか、このど変態」


「ごめんなさい食料の在庫が気になってバッグを漁っていたら下着が目に止まったもんで広げていただけです」


俺は腫れた左頬を気にせず、土下座しながら早口で謝罪した。


『お前には尊厳というものがないのか』

などと侮辱されたが、俺は気にしない。何秒か経ってから、プリコットが口を開いた。


「……顔を上げてください」


言われた通りに顔を上げると、今度は右頬に杖の打撃が入った。抜刀術を極めた武士の如き早業で、杖は俺のほほを抉り取った。

といっても、初めの一撃よりは断然弱く、そこには「許し」の意があったのではないかと思った。


「……ほんとうにすいません」


「わかればいいんですよ」と言って、プリコットはカンパンもどきをリュックから取り出した。


俺はカンパンもどきを食べながら、今後の方針を話し合うことにした。


「これから、我々は徒歩でアリナイジェまで行かなければならないわけだが……」


そう言ったとき、プリコットの口があんぐりと開いているのに気がついた。しでかしたのはお前だよ、お前。だがそんなことを言っても状況は悪くなるばかり、ここは一旦言及せずに話を続けることにした。


「まず、ここがどこなのかを知る必要があるな……」


俺は地図を広げて、馬車で移動した時間から大体の検討をつける。それにより、フスランからアリナイジェまでの道のりの3分の2に差し掛かっていることがわかった。歩いていくと、大体1日かかるのではないか、そうプリコットに言った。プリコットは大きなため息をつき、歩きたくない旨を伝えられた。まあその点は俺も同意見である。考えてから、俺は荷台からすこし離れたところに大きなシャボン玉を4つ作った。


「プリコット、あれだ……壊れなくなるやつ!!」


俺の大雑把な注文にはじめは戸惑っていたが、プリコットはすぐに理解して、不壊魔法をかけてくれた。シャボン玉が割れないことを確認して、俺は小さい方のシャボン玉の上に荷物を乗せて、大きい方のシャボン玉に乗っかった。

俺の想定通り、シャボン玉は地面につかず、少し浮いていた。


「《芸術創作(アートクラフト):風船(バルーン)シャボン》……こんなもんでいいだろ。あとはお前が風でシャボン玉を押してくれれば完璧さ!!」


なるほどといった感じで、プリコットは俺と同じようにシャボン玉に乗った。


「……ちょっと、この乗り物硬くないですか?お尻が痛いんですけど」


「文句を言うやつのシャボン玉は破裂させるぞ?」


そういうと、プリコットは黙ってしまった。

シャボン玉はフワフワと浮かび、風のおかげで一気に砂漠を駆け抜けていった。途中で俺たちの行く方向と反対に走っていっている大きなヒヨコやネズミがおり、それを見たマルテが黙りこくってしまったが、特に気にせずアリナイジェへ向かった。





夕暮れ。俺たちはシャボン玉に乗って半日かけて砂漠を横断した。おかげで尻がとても痛い。それに日がギラギラと照って暑かった。それだけに、シャボン玉から降りたときの感動はとてつもなかった。

砂でできたレンガが積み上げられた国の国境を司る壁が、アリナイジェにやって来たということを告げてくれる。


「ついにやって来ましたね……」


そう言いながらお尻をさするプリコットは、とても頼りなさそうに見える。


「国に入るためには、当然門番の許可がひつようです。というわけで、そこにいる門番に事情を説明して中に入れてもらいましょう……まあ、この私にかかればどうってことないんですがね」



1分後。目に涙を浮かべながら、プリコットが帰ってきた。話を聞くと、勇者のパーティだと信じられなかったようで……嘘つきだと断定されて中に入れてもらえなかったという。必死に抗議していたプリコットをNOの一言で黙らせた門番も門番だ。

しかしなぜ彼女は勇者の仲間だという、嘘にしか聞こえないことを言ってしまったのか。まあプリコットが嘘をつけないような性格なのは(つまりは、裏表のないような性格なのは)なんとなく察していたが、それでも、この場合は嘘をつくべきだったと思う。すこし非情ではないかと思われるかもしれないが、残念ながら俺にはそれしか思い浮かばないのである。


「どうしましょう……」


涙目になりながら必死で助けを求めてくるプリコットを見えいると、俺は怒りや憤りを通り越して哀れさを感じる。

砂のレンガで作られた、五メートルをゆうに越える壁は、東西南北に張られているらしく、基本的に門番に通してもらえなければ、入国ができないのだという。

俺はプリコットに外で待機してもらい、門番に見えない位置でシャボン玉を作り出した。《風船(バルーン)シャボン》で壁を昇っていき、誰も見ていないのを確認してから、壁の内側、つまりは国内に入った。勇者一行が不法入国などしてもいいのかと思うが、今はそれよりも、プリコットを中に入れることが先決である。


「あのー、すいませーん」


俺は岩に腰掛けている門番に話しかけた。門番は晩ご飯と思われるカンパンを手に持って、俺のほうを向いてきた。俺は、壁の外にいるプリコットを指差しながら、門番に説明した。


「あれ、うちの連れなんすよ……入れてもらえませんかね」


「……だめだ、あんな不審者まがいのやつ、入れられねえな」


だいたい予想がついていた返答だった。俺は腰にまいた巾着袋から、本を売って得た金貨を三枚、門番の手に握らせた(ちなみに、銅貨は一枚百円で、銀貨は一枚千円、金貨は一枚一万円くらいの価値らしい)。門番は手元の銀貨を眺めると、「俺は騙されてこの嬢ちゃんを入れた、いいな?」と俺に耳打ちしてから、笑顔でプリコットを壁の中に引き入れた。人は利益が絡むと、すこしリスキーでもそれを手に入れようとするのが普通である。俺も治験でそういう経験があるから、門番の気持ちもよくわかる。


「……というわけで、着いたな。アリナイジェ」


「そうですね、意外に時間がかかりましたね」


お前のせいだよと思いつつ、俺は改めて街を見渡す。砂レンガでできた家に、道の脇にある屋台や出店の数々。異世界というよりは、異国の……中東やそこらに来たような感覚だった。


「さて、宿を探しましょうか……こういうのは、現地の方に聞くのが早いんですよ」


そういってプリコットは、すこし腹の肥えた男に話しかけに行った。

しばらくして、プリコットは一枚の紙を手に持って走ってきた。彼女が持ってきた紙は、どうやらここらの地図のようだった。しかし、その地図は下半分に大きなばつ印がついていた。俺が先程の男に質問すると、


「ああ、旅人さんはそこには行かない方がいいよ。なんだって、貧乏菌(・・・)に感染してしまうからね」


男は、笑いながらそう言った。なんだ、貧乏菌って?小学生のいじめみたいなことを言ってるな……しかし、行かないほうがいいというのは事実なのだろう。俺はばつ印のついていない宿を選び、泊まることにした。

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