6話:相棒は頼りになるんだ
「……ん」
馬車に揺られて1時間、ようやくプリコットが目を覚ました。辺りを見回すも、まわりには俺と馬車の運転手しかいないので、プリコットは驚愕した。
「ちょっと、ココどこですか!?」
俺は馬車の窓から見えた砂漠がどこかわからないので、ドヤ顔でこう言った。
「馬車だ」
「そういう話じゃないですよ!!……それに、お兄さまはどこにいるんですか!?」
渾身のボケを簡単に潰されて、さらに厄介な質問が飛んできた。
正直、一番答えたくない質問だ。だって答えたら何されるかわかったもんじゃない。
……ただ、ここで嘘を言っても何の得にもならない。
『もう楽になっちまえよ、な?』
うるさいなぁ……
お前は(俺が死なない限り)実害がなくていいよなぁ……
まあぶっちゃけ真実を話すのは別にいいのだが、問題はそのあとなのだ。プリコットがとち狂って魔法をぶっ放すかもしれない。
そのことを考慮して、一旦馬車を降りてから、俺はプリコットにことのあらましを説明した。
「……わかりました」
あれ?意外と大人しいぞ……??
そう思っていた矢先、プリコットがとんでもない一言を繰り出した。
「フスランに帰ります」
まあ、だいたい予想はついていた。
この事態を回避するために、俺はプリコットが寝ている間に馬車を走らせたのだから。
しかし、ここで帰られると面倒なことになるのは目に見えているし、何より、ここはフスランから遠く離れているのだ(たぶん徒歩半日程度)。だいたい、そんな距離を歩かせて、体力がないコイツが路上で寝そべるのは想像に難くない。
「お、おいおい待てよ……」
俺は、すでに歩き出していたプリコットの前に割り込んで立ち塞がった。
プリコットは、俺に顔で訴えかけている。
この能無し、そこを退け……と。
「い……一緒に魔王を倒すために、俺らは別行動なんだぞ!だから、ちゃんと言うことを聞いて……ヒッ」
俺が言葉を最後まで言わなかった……いや、言えなかったのは、プリコットが黒い三角帽子のツバを上げて、俺を睨み付けていたからだ。
はたしてどこが気に入らなかったのだろうか。
「……『一緒に魔王を倒そう』、ですって?」
ああ、そっちか。
たしかにシャボン玉を出すだけの無能と思われても仕方ないよな……でも、それだけでここまでの顔を作れるのか?
「あ、ああ……そうだ!みんなで魔王を打ち倒そうじゃないか!!」
『父上を侮辱したな?お前の胃袋焼くぞ??』
さっきからずっと、マルテが脅迫してくる。
マルテ、ここは我慢してくれ……
「ふざけないで下さい!!」
プリコットは何に怒ったのか、俺を怒鳴りつけた。
「魔王を倒すのは他でもない……お兄さまのお仕事なんですよ!!」
……あれ?
なんだか怒りのベクトルが違う気がする。
「その重大なお仕事を……よくもまあ恥ずかしげもなく横取りできますねぇ!?」
……この娘の怒りのベクトルがわかりかけてきたぞ。
つまり、『俺が弱いから』怒っているわけではなく、『兄の晴れ舞台を汚し、手柄を横取りする』ことに怒っているということだ。
なんと兄中心的なことか……
「す、すまんかった……わかった、魔王討伐はガリックさんに任せるから、許してくれ……な?」
これで大丈夫なはずだ。
しかし、俺に待っていたのは『許し』ではなく……
「許しません、今ここで滅殺します」
『殺意』だった。
なんで!?どうして!?
そんな問いを、プリコットはこう答えた。
「上っ面は謝っていても、心の奥底では横取りする気満々なんでしょう?そういう人は絶対に信じられません……だから、今ここで、滅殺するんですよ。『不慮の事故』とでも言っておけばお兄さまも納得するでしょう」
どうやったらそこまで疑うことができるのだろう。きっと彼女は、詐欺には絶対に引っかからないと思う。
だがそれにしても、話が飛躍しすぎている……
そんなことを考えていると、プリコットのボソボソ声が聞こえてきた。
なんだ?なんて言っているんだ??
『フト!!下がれぇぇぇぇ!!!!』
急にどうしたんだ、と思いつつも、俺は言われた通り数歩下がった。
『違う!!もっと下がれよ!!』
「急にどうしたんだよ、マルテ!?」
『隕石が降ってくるぞ!!!』
慌てて空を見上げると、夜空の星々に混じって、だんだんと大きくなっていく赤い星が5、6個点在しているのがわかった。
おそらく初見では気づかなかっただろう、それらが隕石であると、マルテの言葉のおかげでわかったのだ。
俺はとっさにその場から逃げ出し、少し離れたところにあった岩陰に隠れた。たぶん、たぶんプリコットは詠唱中で見ていないはずだ。
馬車の運転手も、荷台を切り離してから、二頭の馬を走らせて逃げ出した。
「《芸術創作:シャボン》!!」
俺はシャボン玉を大量に作り出し、《爆弾》という爆破するスキル(俺が唱えると、貧弱すぎて1立方センチしか破壊できないが)をそのシャボン玉全てに付与させて、岩を掘って隠れた。
さて、どうやって対抗するか……
俺が使えるスキルは今のところ《爆破》、《浮遊》、《黒炎》、《煙幕》、《芸術創作》の5種類だ(さらにほとんどのスキルは効力が薄く、とても適いそうにない)。
しかしながら、これらのスキルはシャボン玉に組み込むことができるのだ。
頭をフル回転させていると、唐突に大きな地響きが起きた。おそらく隕石が落下したのだろう。
幸いにも、この近くには落下しなかった。
「フトさーん、どこに隠れているんですかー?」
抑揚のない声で、プリコットが呼びかける。見つかったら本当に殺されかねない。
プリコットが砂を踏む音が、だんだんと近づいてくる。当然、この岩を見れば一目でバレるだろう。
するといきなり、プリコットの足音が止まった。
「はあ……あまり疲れたくはないんですけどね……」
そう言って、プリコットは言葉を発する。
「『其れは道、流浪を語る者。善は我が元へ、悪は迷いの道へ……」
聞いたことがある詠唱だ。
俺の周りの空気が、岩場から出てプリコットの方へ向かうのが直感でわかった。
この魔法、プリコットは『風切断』などと言っていたが、おそらく探知と攻撃を組み合わせた魔法ではないのだろうか(それができるかどうかはひとまず置いておいて)。
……なら、まだ勝機はある。
「……《芸術創作:黒炎シャボン》」
右手を握って開くとその手には小さなシャボン玉が浮かんでいた。
『フト、それを使ってどうする気だ?』
「まあ見てなって……あ、ヤバくなったら炎止めてね?」
マルテのため息が聞こえたが、今回は少し安心感がある。
《黒炎》の魔力回路を搭載したシャボン玉は風に乗って、プリコットの方へ向かっていった。
到達する頃合いを見計らい、俺は岩の穴から這い出た。
「……そんなところに隠れていましたか、この裏切り者」
「同じことを言わせてもらうが、俺はアンタの兄さんの邪魔なんてしないし、手柄を横取ったりもしない」
プリコットは聞く耳を持たず、言葉を切り返してきた。
「私も同じことを言わせてもらいますが、裏切り者は大抵そんなことをペラペラと喋るんですよ」
……これ以上反論しても無駄だろう。
「さあ、最後になにか面白い物を見せてくださいよ、裏切り者」
「おいおい、アンタの目には映ってないのか?節穴か??しっかり浮かんでいるだろーがよぉー」
プリコットはだんだんと近づいてくるシャボン玉を見て、フッと笑ってから言った。
「あなたの魔力回路が凡人並なのは理解していましたが、まさかシャボン玉を作るだけしか能がないんですか??」
「ああそうだな、俺はシャボン玉を作るだけしか能がないんだよ」
俺の言葉に呆れたのか、はたまた自信の表れなのか……プリコットはこう言った。
「いいでしょう、無様な裏切り者の最後の攻撃……この身を以て受けましょう」
言い終わると、プリコットは仁王立ちになり、どこからでもかかってこいと言わんばかりの態勢を取った。
「そうだ、一つ訂正がある」
シャボン玉はローブへと吸い込まれるように、フワフワと漂っている。
「俺は間違いなく能無しだが、相棒は頼りになるんだ」
まもなくローブに触れたシャボン玉ははじけ、次の瞬間、そこから小さな黒い炎が出現した。
メラメラと燃える炎は、紫っぽいローブを赤と黒で染め上げていく。
「こ、この炎……は……!?」
炎が彼女を包み込む。
マルテくん、もう止めていいよ。そう伝達すると、黒い炎は次第に収束していった。
またもやプリコットは気絶した。なんなのだろうか、彼女は気絶がデフォルトなのだろうか。
というか俺は威嚇のつもりで《黒炎シャボン》を発射したのだ。炎が出現するときも、体は燃やさないように楕円形に囲んでおいたはずなのに……どうして気絶しちゃうんだろ。
彼女が砂に伏せると、周りの隕石は粉々になり、最終的に砂粒のような大きさになり、砂漠へと飲み込まれていった。
パタリと倒れる彼女のほうへ向かう途中、マルテは驚愕の意を示していた。
『あの魔道士……あんな土壇場でスキルの解除を試みていた。相当スキルを知っていて、自分の技に自信のあるやつしかできないことだ。このプリコットとかいうやつは、間違いなく手練れだ』
詳しく聴くと、世の中には『スキルを中和するスキル』なるものが存在しており、プリコットは《黒炎》をなんとか中和できないかと、ざっと十数通り試していたそうだ。
彼女がぶっ倒れた原因はそこにあるらしい。
『疲れたくない』という言葉通り、スキルを使うにはそれ相応の体力や気力が持ってかれるらしい。
そんなスキルを短時間で何発も打ってたらぶっ倒れますわなと。
まあそんなわけで、仲間にできるのならぜひしておきたい、有用なハイパーブラコンだということがわかった。
……命さえ狙ってこなけりゃなと、ローブの燃えかすをいじりながら考えていた。