帰る場所があるんです!!!!
「爆発魔法なんて撃ってみろ?お前の大事な兄貴まで巻き込みかねないんだぞ??」
そう説明すると、プリコットはなるほどといった表情をして、再び岩陰に隠れた。
「じゃあ、どうするんですか?」
少しは自分で考えようとしなさい。
といっても、少しやりたいことがあったのでその提案には感謝だ。
「なあ、プリコット……|柔らかい物が壊れなくなる(・・・・・・・・・・・・)魔法ってないか?」
しばらく考えたあと、プリコットは俺のほうを向いてうなずいた。
「《芸術創作:シャボン》」
俺はシャボン玉を1つ作り出し、その壊れなくなる魔法とやらをかけてもらうように頼んだ。
「『其れは金、不変の夢。流転する万物の中で佇む黄金の光……金属変幻』……これでいいですよ」
俺は岩陰から見張りをそっと覗き、硬質化したシャボン玉をボウリングのように放った。
シャボン玉は砂をくっつけながら入り口の方へと転がっていき、門番の手前で静止した。
「いいかプリコット……お前が壊れなくなる魔法を解いたら全力ダッシュだ。ちゃんと口、押さえとけよ?」
俺の忠告にプリコットは不服そうな顔をした(たぶん命令されるのが嫌いなのだろう)が、黙って頷いた。
「解きますよ……3、2、1……ゼロ!!」
カウントが0になった瞬間、シャボン玉がパチンと割れ、そこから煙が立ち込めてきた。
そう、俺は2ヶ月の読書で初心者向けの超簡単なスキルは習得していたのだ。
「な、なんだこりゃア!?ヴェホ、ヴェホ……」
シャボン玉に興味を持って近づいていた門番2人が、煙を吸ったことでむせ返っている。
そのすきに、俺とプリコットは洞窟内に滑り込んだ。
入り口付近に増援を送られる前に、俺たちは素早く階段を降りていく。
……が、ここでトラブル発生。
プリコットが階段を半分過ぎたあたりで止まっているのだ。
「ど、どうした!?プリコット!?」
なにか罠にでも引っかかってしまったのだろうか……
それだったらまずい、早く解除しなくては!!
「……疲れました」
……なるほど。
俺は人を殴ったことなど一度だってないが、今初めて、人を本気で殴ろうかと思ってしまった。
プリコットを置いていけるわけもなく、戻ってプリコットをおぶったと同時に俺は気づいた。
「……挟まれてね?」
見たところ、入り口は先ほどの門番で、前方は増援の盗賊たちで埋め尽くされていた。
どうしようかと頭をフル回転させているが、一向に閃きは訪れない。
と、そのとき、階段に蔓延っていた盗賊たちが、一斉に道を開けたのだ。
そしてその道をゆっくりと歩いてきているのは、派手な装飾を身につけた、大柄な男だった。街でこんな大男を見かけたら、5時間待って手に入れたゲームなど易々と献上してしまうだろう。それだけ迫力があった。
「うちの宝を盗りにきたってんなら……覚悟しとけよ?」
違うんですごめんなさい、と口に出そうとしたが、顔の筋肉がこわばってしまい、
「フヒ……ヒヒヒヒ……」
みたいな狂気の笑みしか出せなかった。
大男が、舐めてんのかテメェ?みたいな表情でこちらを見てくる。
大男は腰に据えた長剣を抜き、刃先を俺の目の前に向ける……
「あ……あの……」
震える声で、大男に話しかける。
「……んだよ、もう竦み上がってんのかよ……興醒めだ」
そう言って、大男は長剣を鞘にしまい階段を降り出す。
よかった、これで帰れると思ったその時だった。
「しかぁぁぁし!!」
そう大男は叫んで、素早く抜いた長剣を俺の喉元へと突き立てる。
「おめぇらみてえなヤツを生かしとくわけにはいかねぇ……決めろ」
決めろ……なにをだ?
「今ここでお前の身体とお別れするか、おねんねしている魔法使いの女とお別れするか……10秒以内に決めやがれ」
え?なんだよそれ……
俺は悪くないじゃないか!!元はと言えば、はじめにこのブラコン魔法使いが俺の言うことを聞かなかったからじゃないか!!
「あと5秒」
……人は極限状態に陥ると、走馬灯というものを見るらしい。俺は入部当初、先輩に言われたことを思い出していた。
「泡銭くん、あなたが大事だと思っているものを、4つ挙げてみてください」
俺は考え、『命』と『金』、そして『家族』を取り敢えずあげた。
しかし、これ以上は中々思い浮かばない。
悩んでいる俺をみかねて、先輩は両手を広げた。
「周りを見て……いるでしょう?大切なものが」
……そうだ、俺はこれを見て、先輩のことが深く印象に残ったんだったな。
「……時間切れだ」
大男が、長剣を振りかぶる。
俺はゆっくりと、走馬灯の続きを口にした。
「……なかま」
その言葉が、静まり返ったに階段に響き渡ると、盗賊たちは一斉に笑い出した。
「アイツ、結局仲間を売るんじゃねぇか!!傑作だぜ!!」
「まあ、俺もああなったら自分の命が1番だからな!!」
笑いの中、俺は声を出した。
「……お願いです」
盗賊たちは、仲間売りの言葉を聞きたいが故に、しんと静まり返った。
「……どうか、どうか……コイツを逃してやって下さい!!」
予想外の言葉に、盗賊たちはさっきとはまた違った雰囲気の静けさを作り出した。
「お願いです!!俺の腹を切ってもいい!!首をもぎ取ってもいい!!」
……口から出た言葉が本心かどうなのかは、俺にもよくわからない。ただ、言わないとこの先後悔しそうな気がした。
「コイツには、帰る場所があるんです!!!!」
しばらく考えたあと、大男は長剣を再び振りかぶった。
「おまえの覚悟はわかった……お前の『漢』に免じて、おぶってる女は逃してやる……」
「ちょっ、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
階段の下の方から、馬車で聞いた声がした。
その声の主とは、ガリックさんだった。
「……なんだ?今からこの野郎の首を吹っ飛ばすってときによ」
「いいから、剣を収めて」
ガリックさんの言葉に、大男はしぶしぶ従った。
盗賊たちをどけて、ガリックさんとカーヴォロが俺のほうにやってきた。
「だ、大丈夫かい!?騒がしいと思って来てみたら……」
危機は去った。その事実に安堵し、俺は階段の踊り場にへたり込んだ。
階段は冷たいが、それが生きている心地を味あわせてくれる。
「カーヴォロの旦那……このチンピラたち、アンタらの連れか?」
カーヴォロはうなずいて、俺が旅の仲間であることと、プリコットがガリックさんの妹であることを説明した。
大男の顔がみるみる青ざめていき、そこら一帯に気まずい空気が流れていった。
「あ、あの……すいやせんしたァ!!」
大男が頭を深々と下げて来た。
急にそんな態度でこられても、少し困ってしまう。
「なにか、償えることは……」
そうだなぁ、とガリックは考え、大男に向かって言った。
「この2人をアリナイジェの方まで連れて行ってほしいんだ」
承知しましたと言って、大男は急いで馬車の手配を始める。
「……あの、ガリックさん。その言い分だと俺たちは行かなきゃいけないんですよね?……アリナイジェってところまで。2人きりで」
ガリックは素っ気なく頷いた。
ただなぁ、とカーヴォロが頭をかく。
「……アリナイジェにある、魔界へ行くための素材は結構価値があるんだ。他の輩……特に魔族とかが陣取ってたら最悪だが」
ま、魔族?
こっちの世界にも魔族がいるのか??
……まあマルテだって魔族だし、別にいいか。
「……まあいいでしょう。で、2人だけというのはどういうことなんですか?」
仮に魔族とやらが蔓延っていた場合、やはり全員で行ったほうが安全な気がする。
考えを巡らせていると、ガリックさんがゆっくりと俯いた。なんだ?深い意味でもあるのか?
そう思っていると、盗賊たちの指揮を(なぜか)とっていたカーヴォロが口を挟んできた。
「このおっちょこちょい、フスラン(ガリックたちの母国)の実家に聖剣を忘れて来やがったから、それを回収しに一旦戻るんだ」
……はあ?
さすがの俺でも唖然とするレベルだ。
まさか勇者の象徴ともいえる聖剣を忘れるとは……
「じゃ、じゃあ俺たちも一旦戻ればいいんじゃないですか?」
「ここに戻ってくるのも面倒だから、ここでチームを分割したほうが手っ取り早いよ。僕たちは一回フスランに戻るから、ルートも変わるしね」
そう言って、ガリックさんは俺に地図を手渡した。
その地図には地球と非常によく似た地形図が描かれており、魔界へ行くための素材のありかと、それを辿るルートが書かれていた。
「次に会うのはカメリアでだ。それまで頑張ってね」
カメリア……地球ではアメリカとカナダに位置する巨大な国らしい。
地図をマジマジとみていると、盗賊のひとりが話しかけてきた。
「旦那、もう出発できまっせ。旦那が乗ってきた馬車から荷物も降ろしてありやす」
俺はプリコットが起きる前にと思い、夕暮れの馬車に乗り込んだ。