2話:帰らなければならないんだ
一体、何ヶ月かかったのだろうか。
正露丸もどきも、底をつきかけている。
だが、その対価として……俺は《芸術創作》といういわゆる『スキル』を手に入れたのだった。
本に載っていたことなのだが、『スキル』の紹介をしておこう。
・『スキル』とは、魔力の形を変える方法のことである
・因みに魔力は、大気中に僅かに含まれており(場所で差異はある)、容易に摂取できるらしい
・全ての生物(俺を含むかは知らない)には『魔力回路』なるものが備わっており、その形がスキルに影響を及ぼすという
・スキルを使うには、それに対応した経験や知識を積んで魔力回路を改変するか、すでに魔力回路が刻まれている石『ルーン』を手にするかで発動できるらしい
さて、ここで俺の魔法《芸術創作》について説明しようと思う。
俺は両手を合わせて、その手を離した。
するとどうだろう。手を合わせた所にシャボン玉が出来上がっているではないか。
……そう、俺が最初に手に入れたスキル《芸術創作》は|ただシャボン玉を生み出す(・・・・・・・・・・・・)だけのスキルなのである。宴会芸かな?
……だが、俺の数ヶ月の成果はそれだけではない。
なんと、このへんちくりんな世界から出られる可能性が出てきたのである。
詳しい本を読まなければわからないが、とりあえず希望は出てきた。
「……もう一度、もう一度先輩に告白するんだ」
その思いを胸にして、この遺跡から出る決意を固めたのだった。
まずは身なり。
こんなボロボロのカッターシャツで、誰が話を聞いてくれるだろうか。現実にこんなのがいたら職質待ったなしだ。
そういうわけで、ここの主の白骨死体が纏っていた、白地に水色のラインが入ったローブを拝借する。
古びた臭いがするが、今そんなことは言ってられない。
リュックがあったので、中に読む用の本と売る用の本を詰め込む。金がなけりゃ生きていけないからね。
そんなこんなで整理が終わり、いよいよ最後の正露丸を食べる時がきたようだ。
俺は口を開けて……
「ったく、どこまで追ってくる気だ!?」
荒廃した大地を駆け抜ける、一つの影があった。
黒い人の形をした影は、追いかけてきた集団に手を向けた。
「……《黒炎》」
そう呟くと、追いかけてきた集団の1人の身体が燃え出し、黒が混じった炎に包まれながら息絶えていった。それを見た他の連中は、戦意を失いかけていた。
「よし、このまま……ガッ!?」
集団の1人が、少し油断していた『それ』の背後に回り込み、魔力がこもった棍棒で殴りつけた。
その攻撃を見て、失いかけていた戦意が蘇り、『それ』を囲んで徹底的に攻撃した。
(い……意識、が……)
『それ』は間もなく動かなくなった。
1人が雄叫びを上げると、その他もそれにつられて勝利の雄叫びを上げた。
しかし、それを見ていた、髑髏の仮面をつけている1人の男は、冷や汗をかいていた。
(《幽体離脱》……考えましたねェ。これでは魔界で仕留めることができなくなってしまった……幽体なら人間界に行くのは簡単かもしれませんが、果たしてその身体で生き残れるでしょうかなァ)
魂だけとなった『それ』は、人間界に辿り着いていた。
(は、早く……身体を手に入れなくては……!!)
森を彷徨っていると、『それ』はいかにもな遺跡を見つけた。あの中にいる者なら強大な力を持っている、そう思って『それ』は遺跡の中に入っていった。
『それ』が見たのは、丸い何かを食べようとしている1人の男だった。
(こんな辺境に住んでいるんだ……相当な強さと見受けられる)
そう確信して、『それ』は開いた口に飛び込んでいった。
一瞬喉に違和感があった気がしたが、まあ気のせいだろう。
それにしても不味い。何をどうしたらこんな不味いものを作れるのかというレベルで不味い。
『ーーおい!』
……なんだ今の?
腹の中から聞こえてきた気がしなくもない。
人と会わなすぎて、遂に幻聴まで聞こえてしまうようになったのか。
自分の頭が可哀想ったら……
『ーーえているのか!?』
……やっぱり、何かがいる。
腹の中に、何かがいる。寄生虫かな?それにしては随分とイケボだな。それに英語が訛った口調だ。もしかして、こっちの世界の公用語は『訛った英語』なのか?
『聞こえているのかと聞いているんだ!!答えろ!!』
「あーー、うるせぇーーー!!!」
自分の声が、遺跡中を駆け巡る。
幻聴があまりにも煩くて、遂にキレてしまった。
いかんいかん、幻聴や寄生虫に当たり散らすなど。
『聞こえているのか……なら最初からそう言え』
ホッとした口調で、声の主は言ってくる。
俺はいつの間に幻聴と会話するスキルを手に入れたのか。
「……俺は何も聞こえてない」
『何故そこで嘘をつくんだ』
この幻聴、賢いぞ……
まあここは異世界だ。非常識なことが起こっても不思議ではない。
「お前は誰だ?幻聴か?」
そう訊くと、待っていましたと言わんばかりに張り切って自己紹介を始める。
『俺の名前は『マルテ』、魔王の仔だ。あと幻聴じゃないからな……訳あってお前の身体に憑依しているだけだ』
ん?今『魔王の仔』とか聞こえた気がしたが。
……それより、俺の身体に憑依しているだって?何言ってるんだ?
「憑依とか、そんな訳ないだろ?」
『なら証拠として、俺の固有スキルをお前にやる』
固有スキル……
本で読んだことがあった。たしか固有魔法ってのは、取得方法が特殊すぎたり、生まれつき持っているスキルのことだったけか。
そんなスキルをくれるのか、やさしいな。
『ほら、もうお前にやったぞ』
そういえば、身体に少し違和感がある。
言葉では言い表せないが、胸の奥が熱いような……そんな気がする。
「何をくれたんだ?」
『《黒炎》……消えない炎を出すスキルだ。試しに何か燃やしてみろ』
そう言われて、俺は正露丸もどきが入っていた袋を床におき、少し離れてから精神を集中させた。
「……《黒炎》!!」
そう唱えると、黒が混じった炎が……袋の隣にある石畳から吹き出した。
……あれ??外れた??
『……はぁ』
彼の心のこもったため息が、俺の頭に響き渡った。
……まてよ?
俺は閃いた。《黒炎》をこの袋に当てる方法を。
俺は手を合わせて、スキルを発動した。
「《芸術創作:シャボン》」
手から出てきた、黒と赤の炎に包まれたシャボン玉は、フワフワと浮きながら、袋の方へと向かっていった。
袋に当たったシャボン玉は割れて、見事炎は麻袋に移った。
こんな使い方もできるんだな、シャボン玉って。
『考えたな……えーっと』
「富戸……俺の名前は、泡銭富戸だ」
『そうか、お前はフトと言うのか。お前はスキルの使い方がちゃらんぽらんだと思っていたが、起点は効くようだな』
いちいち一言多いのが癪であるが、そういえば、マルテは何のために俺の身体に入り込んだのだろうか。
そう聞くと、マルテはこう答えた。
『事情があって魔界を追い出されてな……もう一度、もう一度魔界に帰らなければならないんだ』
思い詰めた口調で、マルテは言った。
魔界……
そこに君臨する『魔王』と呼ばれる魔族に会うことが、俺の目標だった。なぜなら、魔王は強靭な力を持っており、別世界とも交信できるという記述が本に書かれていたからだ。
「実は俺も、魔界に行こうとしていたんだ」
目的は違えど、同じ場所に行くのであればこれほど力強い仲間はいない。
マルテと出会えた奇跡に感謝しながら、俺は希望を抱いた。
と、その時だった。
ゴゴゴという音とともに、遺跡の扉が開いたのだ。
『いいかフト、もし出くわしても俺のことは話すなよ?あとできるだけ《黒炎》も使うな』
魔族と人間は、昔大規模な戦争をしたという。
その因縁というものなのか、500年ほど経った今でさえ人間と魔族は互いを嫌っているそうだ。
そんな殺意ましましの人間に、腹の中に魔族……それも『魔王の仔』がいる、なんて言ってみたらどうなるか。想像は難しくない。
「遺跡の調査……何でこんな大事な日に私を指名したの?」
入り口付近の階段から、若い女性の声が聞こえてくる。マルテと同じ、少し訛った英語のようだ。またその声は、気分の落ち込みをよく表していた。
「まあまあ、いいじゃねーか……こういう遺跡の探索って楽しいしさ」
それをなだめるように、男が女性に話しかけている。
あなたは遺跡の財宝が欲しいだけでしょう、という女性の声が耳に入る。
俺はというと、遺跡の最奥にある、隠し部屋の図書館に身を隠していた。だって見つかったら何かヤバそうじゃん。
俺は入り口と繋がっている連絡用のパイプに耳を当てて、話を聞いているのだ。
「あれ?タンカンさんは??」
タンカン……という人がどっか行ったのか。
この遺跡はそんな複雑じゃない。おそらく早く行きすぎたのか、どっかで立ち止まっているのか。
「おーい、タンカン!?……どこいった!?」
男は、タンカンのことを酷く心配している様子だった。
俺にはタンカンという人がどこにいるのかが一目でわかる。……だって
「お兄さん、こんな所で何してるの?」
俺の真後ろにいるのだから。
その少女は可愛らしい葉っぱの髪飾りをしており、短く黒い髪がそれを映えさせている。
それよりも、俺は隠し部屋見つけるのに結構時間がかかったのに、それをタンカンとかいう女の子が速攻で突破してて、もう涙が出てくるよ。
「このパイプなに?カーボロに連絡できるの?」
そう言ってパイプに触ろうとするタンカンの口を、俺は慌てて手で押さえた。
今連絡されると、袋叩きに遭うかもしれないからだ。
しかしながら、はたから見れば、幼女を誘拐しているヤバいやつだ。
そう、ヤバいやつなのだ。
……俺の目の前にいる人たちも、そう思っているのだろう。
開きっぱなしの階段から降りてきた男女2人組が、俺を見ていた。一人は魔法使いのような見た目をした、赤毛の可愛らしい女性で、もう一人は鍵の束を腰に身に付けている、金と茶を混ぜたような髪のチャラそうな男性だった。
俺を見る2人の目が、蔑みの感情を持っているのを容易に想像させた。
「……プリコット、頼んだ」
そう言って男が後ろへ下がっていくのを見た俺は、何かヤバいことが起こるのではないかと察した。
魔法使いのような格好をした女性が、杖の先を地面につける。
「……『其れは道、流浪を語る者。善は我が元へ、悪は迷いの道へ」
階段から降りてくる風が、この部屋にいる者全員を包み込む。足元がピリピリする。不味い気がする。実際マルテも警鐘を鳴らしている。
「『従え!!風切だ」
「ちょっっっと待てくれ!!」
もう尊厳なんてものは知らない。
俺はタンカンを解放し、自分が無害であることを証明すべく、正座をして頭の後ろで手を組んだ後、頭を伏せた。警察ドラマでよく見るやつだ。
それを見た魔法使いの女性は、杖を地面から離した。
「……なんなんですか?この人は」
頭に大きな疑問符を浮かべた魔法使いの女性が、階段付近にいた男に問いかける。
チャラそうな男は、さあ?と言ったあと、俺の方へ歩いてきた。
「おい、ゆっくりと顔を上げろ」
男に言われた通り、俺はゆっっっくりと顔を上げた。
「お前、タンカンに何か聞いたり、したりしてないだろうな?」
俺は、男の発言に違和感を覚えた。
何か聞いたりだって?
普通、仲間(かどうかは知らないが)が捕らえられていたとき、そんなことが開口一番に出るのはおかしい。
「なあ、何か聞いたりってどういう」
言い終わらないうちに、男は俺に顔を近づけて、鬼の形相で言った。
「今は俺が質問しているんだ……!」
「何もしてないですごめんなさいすいません」
男の殺気を感じ取り、俺はプライドをドブに捨てて、滑らかな土下座をした。
「……タンカン、ほんとか?」
男の質問に、幼女タンカンは頷きながら朗らかな笑顔で答えた。
「そうだよ?もぉ、カーボロは心配性だなぁ」
カーボロと呼ばれた男は胸を撫で下ろして、俺の方を向いた。
「すまないな、顔を上げてくれ」
先ほどの殺気がこもった眼差しからは想像もしない、落ち着いていて柔らかな声を出した。
それに応えて、俺はビクビクと小動物のように顔を上げた。
「こちらこそすいません……そりゃあんなところを見たら、誰だって疑っちゃいますよね」
魔法使いの女性は俺の方に来て、質問した。
「それにしても、どうしてこんな所にいたんですか?」
「えーっと……」
俺は女性と目を逸らし、必死で考えた。
困った。
俺はなんて言えばいいのだろうか。
下手に口を開くと、マルテのこととか言いかねない……
悩んでいたその時、幼女タンカンが笑顔でこう言った。
「きっと言いたくないことでもあるんじゃないかなぁ?そっとしておいてあげようよ」
こういう人を天使と言うのだろうか。
俺は、タンカンの背中に翼が生えているような錯覚を見た(コイツが原因で俺は不審者扱いされているのだが)。
魔法使いの女性は俺をチラリと見たあと、階段へと足を運びはじめた。
「それもそうですね……では、遺跡探索の結果は『何もなし』ということで」
階段を登って帰ろうとしている3人組に、俺は言葉を発した。
「あの……」
不思議だった。
なぜ声が出たのかは、今にも後にもわかりはしないだろう。
ただ、この考えが頭に浮かんだからだった。
『臆病者になんかなっちゃいけない』。
先輩に告白するために、成長するために、俺は言葉を紡いだ。恐怖をかき消すために叫んではいけない。ゆっくり、丁寧にだ。
「あの、もし町などに行くのであれば……同行させてはいただけませんか?」
3人組は顔を見合わせ、カーボロが俺に言った。
「近くの町で降ろすからな」
それを聞いた瞬間、思わず笑みが溢れてしまいそうになった。俺が振り絞った勇気が無駄にならなかったからだ。
「……ありがとう!」
少し、本当に少しだけ『臆病者』から抜け出せたのかもしれないな。
ーー芸術創作ーー
触れた部分から、シャボン玉を作り出すスキル。
シャボン玉の中に物を入れたり、魔導回路を組み込むことも可能な、応用の効くスキルとなっている。
取得が非常に困難なため、現在は泡銭富戸の固有スキルに指定されている。
魔導書さくいんーー806M・35pーー