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終わらない祈り  作者: 上野暢子
3/4

3 訃報

 次の日はいつも通りに学校は始まった。JRも阪急もバスも北大阪では問題なく復旧した。いつも通りの賑やかさ、明るさが学校に戻った。小百合は自転車で、初子は阪急電車で通学した。休み時間、ふと初子が言った。

「裕美はどうしてるんやろ。あの子、確か東灘区やろ?テレビで壊滅的やって言ってたけど・・・・・」

「どこか、避難所にいるんかな」

考えても答えの出るものではないので、その会話はそれで終わった。

 授業が終わり、家に帰って、地震のことを忘れて受験勉強をしている時、玄関チャイムが鳴った。応答したのは母だった。

「小百合。初ちゃんよ」

「え!?初ちゃん?」

私は急いで玄関まで出て言った。初子は自転車のハンドルを握り締め、息をきらしながら、涙を流していた。

「初ちゃん、どうしたん?」

「裕美が・・・」

「裕美が?」

「裕美が死んだ」

「うそー!なんで!?」

「なんでって・・・・」

「この地震のせいで?電話通じへんのにどうやって分かったん?」

「テレビでやっててん。『東灘区でお亡くなりになった方』って、その中に塩谷裕美さんってあってん」

「え?!そんな・・・うそやろ」

「ほんまや。」

「同姓同名かも知らん」

小百合は絶望したくなかった。たとえ塩谷というあまりない名字であっても友人が亡くなった可能性を否定したかった。

「同姓同名か・・・。その可能性は無きにしもあらずやな」

と初子。小百合は時計を見た。五時を回っている。もうすぐ日が暮れる。

「明日、裕美のとこ行こう」

と小百合が言うと初子はびっくりした。

「え?!なんで」

「裕美が生きてるの、確認するためやん」

「学校はどうするん?」

「学校なんてサボったらいいやん。どうせ、受験やからってサボっている人大勢いるし」

裕美は絶対生きている。この世のどこかで呼吸している。小百合は希望を捨てたくなかった。

「でも、どうやって行くん?電車止まってるで」

「ほんまや」

重要なことを小百合は忘れていた。裕美の住む摂津本山駅までどうやって行けばいいのだろう。

「とりあえず、電車の復旧状況を見ながらいつ行くか、考えよう」

と、初子は言った。

 翌日、初子が早速、情報を仕入れて来た。

「一月二十五日にJRが芦屋まで復旧するらしいで。芦屋から摂津本山までは一駅やから歩こう」

「うん、分かった」

小百合と初子は高校生になってからも、何度も東灘区にある裕美の家に遊びに行っているから、周辺の地理にはだいぶ詳しくなっている。裕美の家はすぐ見つかるだろう。

 授業が終わった後、二人はスーパーへ行き、二リットルの水二本とカップラーメンなどを買った。被災地では水が不足していると聞いたからだ。二人は手分けして買ったものを運んだ。そして翌日の待ち合わせ時間と場所を決めて別れた。


  次の日、二人は千里丘駅で落ち合った。二人とも前日に買った救援物資をリュックに詰めて背負っている。ラッシュ時を避けたので、電車の中では座ることが出来た。電車はいつもより速度を落としていて、時折、徐行運転をした。

 吹田から大阪駅を抜けると、次第に窓の中から見える景色が違って来る。傾いたビル、傾いた家、バラバラに崩れた家、火事があったのだろう、真っ黒に焦げた家。次々と目の前に現れる光景に二人は言葉もなかった。

 電車は芦屋に到着した。裕美の住む摂津本山まで約二キロの道のりだ。二人は重い荷物を持って、線路沿いを歩いた。嫌でも目にしなければならない芦屋の惨状に二人は話す気力を奪われた。

 「こんな時こそ、気持ちだけでも明るくしなければ」

と小百合は思った。そこで、小声で歌い出した。

「君の行く道は、果てしなく遠い~」(「若者たち」より)

すると初子が笑いだした。

「ほんとに遠いね」と初子は言い、そして一緒に歌った。

「だのになぜ、歯を食いしばり、君は行くのか、そんなにしてまで~」

そして、続けて二番を歌い始めた。

「君のあの人は今はもういな・・・・・」

ここまで歌って二人ははっとして歌うのを止めた。裕美のことを歌っているように聞こえたからだ。その後は静かに歩いた。三十分ほど歩くと、摂津本山の町並みが見えて来た。しかし、その町並みは、以前見たのとは大きく違っていた。

 裕美の家の辺りは建物に損傷がない家などなく、中には家の原型をとどめることなくバラバラに崩れているものもあった。

 裕美の家は一階が二階に踏みつぶされた状態だった。小百合も初子もただ大きな衝撃を受けて、その様子をじっと見つめるしかなかった。しばらく倒壊した家を見ていたが、初子がふと何かに気付いたようだ。

「ねえ、これって・・・」

小百合も初子の指さす方向を見た。そこにあったのは、小さな花束だった。

「これって、つまりは・・・・」

「やめて」

と小百合は言った。裕美は生きているはずだ。どこか避難所にでもいるはずだ。小百合は希望を捨てたくなかった。

 そこへ、近所の人らしき人が通りがかった。

「すみません」

と初子が声をかけた。その人が振り向いた。

「塩谷さんはどこにおられますか?」

「塩谷さんは避難所におられますよ」

「その避難所ってどこですか?」

「すぐ近くですが、お会いにならない方がいいですよ」

嫌な予感がした。

「それは、どうしてですか?」

「お嬢さんを亡くされて、大変つらい思いをされています。ちょうどあなた達と同じくらいの若い方です」

二人は言葉を失った。裕美は一人っ子だったから、亡くなったのは裕美で間違いなかった。

近所の人はそのまま、どこかへ行ってしまった。

「裕美・・・・・」

初子がリュックを背負ったまま、がれきの上に座り込んだ。小百合も初子の隣に同じように座った。二人ともしばらく口をきかなかった。それぞれが裕美に対する思いを描いているようだった。

 しばらくして、

「ねえ、どうする、持って来た荷物?」

と小百合が先に口をきいた。

「避難所に行かない方がいいんやったら、この花束の横にでも置いて帰ろっか」

二人はビニール袋に入れたまま、水と食料を置いた。そして手帳の一枚をちぎって手紙を書いた。


裕美様

地震の後どうしているか心配で来ました。逝ってしまったんやね。信じられない気持ちです。でも、裕美は私たちの中でずっと生きててくれるやんね。今までありがとう。

                          杉山小百合

                          村井初子


二人は涙を流しながら書いた。

手紙を水と食料の入ったビニール袋の中に入れ、二人は帰ろうとしたその時、

「小百合ちゃん?初ちゃん?」

と声をかける人がいた。二人が振り向くと、裕美の母がそこにいた。突然のことで、しかも、ついさっき裕美の訃報を聞いたばかりだったので二人とも何も言えなかった。

 裕美の母は言った。

「吹田からここまでわざわざ来てくれたの?」

二人は黙ってうなずいた。

「それに、これは・・・・お水?」

裕美の母は二人が持って来たビニール袋をのぞき込んで言った。

「ありがとう。裕美も喜んでくれてると思うわ」

母は続けた。

「裕美ね、一階で寝ていたのよ。それで・・・・」

母は言葉を失った。小百合は言った。

「知っています。裕美さんは亡くなったって。さっきご近所の方がそう言ってはりました。何も出来なくて、すみません」

「いいえ。吹田からここまでわざわざ足を運んでくれただけで、感謝ですよ」

「また来ます。電車もちょっとずつ復旧するだろうし」

「ありがとう。気をつけて帰ってね」

「はい。ありがとうございます」

小百合は言葉少なに礼を言って、二人は帰り道を歩き出した。生きている裕美にもう一度会えるという希望を捨て去りながら。


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