檻の少女
リビングルームを分け隔てる、天井まで続く鉄格子。清潔が保たれており、白を基調とした部屋自体はよくある家庭の住居なのだが、その冷ややかな檻の所為で、居間にしてはあまりに異質な雰囲気を醸し出していた。
そして彼女―――花憐は、その格子戸の向こう側で、座り込んで静かに本を読み漁っている。
部屋の中は本の擦れる音と、花憐の小さな吐息だけが、僅かに空気を震わせる。檻の中側の窓には鉄板が打ち付けられ、暫く変えていない電球はちかちかと点滅を繰り返してた。
花憐はうんと伸びをすると、栞もせずに本を閉じ、乱雑に床に放る。両手を後ろ側に伸ばすと、体躯を支えるような姿勢で天を仰いだ。
彼女は生まれてこの方、外出をしたことも無ければ、檻の外に出る事すら許可されてこなかった。何故か檻に続いて花憐専用の浴室が併設されているので、その点特に不便はないのだが。
ふとドアの軋む音が鳴り、はつらつとした「ただいま」の声が聞こえてくる。花凜だった。
花凜は勢い良く戸を横に開くと、瞬く間に花憐の前に屈みこみ、悪戯にはにかむ。そして有無を言わせずに、檻の外から花憐の頬をこね回した。ぎゅっと潰れたり、むにっとつまんで伸ばしたり、散々に弄んでは、唐突に彼女を解放する。
リビングには花凛の他に、彼女の父である綴と、母の具がいた。綴は花憐を一瞥すると、花凜の両脇に手を挟み、抱き上げる。具は2人を、温かな眼差しで見守っていた。
花憐は子供さながらにはしゃいでいる花凜に、内心羨望の感情を抱いていた。私は花凜のように、愛されていない。同じ家族なのに、と。
事実、彼女らがテレビを見て談笑し合う家族団欒とした時間を過ごしていても、花憐はずっと冷徹な檻に阻まれていて、綴や具の気に障らないように口を噤みながら、無造作に積み上げられた本の山を、片っ端から読んで置いていった。
また、夕食の時がやってきた。ローテーブルに美味しそうなグラタン皿がのせられていく。花凛は純粋な笑みをはだけさせ、檻の中に同じグラタンを入れ込んできた。
みじめだ。家族で向かい合って、一緒に食事をしている花凛に綴、具を見てて、常々そう思う。花憐は無機質な床にちゃんと置かれたグラタンを、涙目になりながら口に放り込んでった。
「よしよし、いい子いい子」
食事を終えた花憐の頭を、あやすように撫でる花凛。花憐は素直にそれを受け入れているが、複雑な心境だった。
綴の蔑むような視線が突き刺さる。具の軽蔑するような眼差しが癪に障る。花凛の心中見下している様が腹に立つ。
時計の刻みが焦燥を引き立てる。冷え切った床の温度に縛られる。目の前の檻に自尊心を蔑ろにされる。隔てられた壁に違和感を感じる。電灯の明かりが照らすその顔は、忌々しい事この上ない。
あぁ、体温が与えられるこれ即ち愛と捉えるのか例えそれが自らを侮るような人であってもそれは愛と言えるのか誰からも軽視され続けても家族愛とやらはそこに存在し得るのか。私も、愛されたい。愛して欲しい。愛して、私を見てよ!
花憐はキッと目付きを尖らせると、檻の中に伸びた花凛の腕に、喰らいついた。ぶちっ、と血肉の引き剥がされる音が鳴り響く。
「あががががが」
声にならない悲鳴。代弁するような具の絶叫。振り上げた腕を揺らしては、踊り狂うように身悶えする花凛。花憐の口内には、柔らかな肉塊が。
「こ、このっ――虫が!!」
綴はフォークを手に取って、花憐の目玉に突き刺した。ぐちゃ、今度はイクラが潰れる音。かき混ぜられて、くちゃくちゃと嫌な音をたてる。
「あ、ばば、ばばば」
花憐は仰向けに倒れ込む。刺さったフォークが目の奥を貫通する。頭蓋骨にヒビが入る。痛みで目尻から涙汁が垂れた。
花憐は花凛のペットであり、虫だった。綴と具は、自身の子の虫好きにはほとほと参っていた。
最初から、家族なんかじゃなかったのだ。視界に闇が広がって、花憐はとうとう息絶えた。
勢いだけで作りました。以後修正を加えるかもしれません。