03紅茶と勇者さま
博物館に繋がる廊下、中庭を遮るように作られたその廊下の先には
これまた大きな白レンガの城に繋がっている。
マオは、この博物館付の城を丸ごと購入していたらしい。とてつもなく広い敷地だ。そしてこれから育成所をここで始めるといったのだ。
「これだけの敷地があれば、訓練場所に苦労はしない。」
「それに、庭付であれば、召還魔法は使いたい放題じゃないか。」
などど、一方的にマオが話しながら長い廊下を歩いていった。
長い廊下の先、城へ続く道を歩いていくと、先ほどまでいた、博物館よりもさらに広い空間に出た。どうやらこの屋敷部分の玄関にあたるらしく、吹き抜けの空間になっている。
きらきら輝くシャンデリア。
中央に2階まで伸びる立派な階段。
奥には舞踏会でも開けそうな部屋まである。
まさしく貴族の城らしい豪華な造りだった。
(うわ〜…。何だかすごいよね…。)
階段下でぽかんとしているカーニャを置いてマオはそのまま階段を登っていく。
カーニャを一瞥することも無く、優雅に登って行く様子は、まさしく城主にふさわしい。
「待って下さい。」
その後姿が『こちらに来なさい』と手招きをしているようで、カーニャは促されるまま階段を登る。
はあはあはあ…。
一気に駆け上がって来た為か、せっかく追いついたマオの足元あたりでぜーぜーと息を荒くさせてしまう。
「ここがカニャさんの部屋だ。好きに使うといい。」
2階の一番奥の部屋、金色のドアノブにマオは手を触れ音も無く扉を開ける。
「わあ〜〜。」
気持ちのいい日の光の差し込む部屋。
窓からは、中庭が一望でき、窓近くの木々が優しく色づく。
カーニャは目を輝かせ、窓辺に向かい息を吸い込む。バサバサと音を立て、葉を落とすのは、小さな鳥達。鳥のさえずりの聞こえる、とても素敵な空間がそこには用意されていた。
カーニャは部屋に満足したらしく、赤いルビーのような目をさらに輝かせマオを見た。
さっきまで、『勇者育成所、本当に買っちゃったんだ。』などはすっかり忘れ、
部屋の装飾に上機嫌なカーニャ。
「わー、ふかふかのベットだぁ〜。これ、シルクですよね〜。ああ、嬉しい、母様の肌のように滑らか…。」
「このクローゼットも使いやすそうです。」
ベットの隣に置かれている、白塗りのクローゼットには、リボンの飾りまで施されている。
もちろんカーニャ専用にと、少し小さめに作られている。
やはり、カーニャは今の今までの悩みすっかり忘れてしまっているようだ。
もしかしたら、突きつけられていた嫌な現実を意図的に忘れるように癖をつけているのかもしれない。そのときになったら、また考える。とにかく今は、とても楽しい、楽しい事はたのしまなくっちゃ損だよね。
っと、多分それが、カーニャの現実に対する処世術の1つなのだろう。
―――――とりあえずの現実の拒絶にいそしむカーニャ。
「さあ、お茶の準備をするがいい。」
「あ、はい。いま用意しますね。それで紅茶はどこにありますか?」
「僕が用意しているわけ無かろう?いいから早く作るのだよ、カニャさん。ここはカニャさんの部屋なのだから、カニャさんが僕をもてなすべきだ。」
などど、分からない理屈を並べてみせる。
(…紅茶って言っても、たぶんこの様子だと、このお城にあるかどうかも怪しいよね。)
「分かりました。今、買ってきます。」
まあ、いつものことのようで、カーニャは余り気にも留めない様子。
「少し待っていて下さい。」
マオを残して部屋を出た。
「ふむ。そろそろ客人を迎える時間だな。」
ソファーにゆったりと腰をかけ、マオは1人つぶやいた。
「それにしても、すごい可愛い部屋だったよね〜。今まで、宿とかに泊まりっぱなしだったから、自分の部屋があるってやっぱりいいよね。」
と、未だ上機嫌で道を急ぐ。
(せっかくだから、おいしい紅茶をマオ様に飲ませてあげたいな。)
部屋を用意してくれたことが、とても嬉しかった様子。
「ええっと、確かこの前ギルドで、あっちの方にお店がたくさんあるって聞いたような…。」
王都の大通りを避け、細めの路地を歩き出す。
細めの路地とはいっても、にぎやかな大通りに比べての話であり、他の街からみればそれなりに整備された通りである。ただ、王都の観光地的なつくりではなく、どちらかといえば、王都の住人の利用するお店が並ぶ。
「わー。やっぱりあったね―。こじんまりとした感じだけど、たくさんお店がある。
こっちは、おいしそうな、お菓子だよね。あ、これなんて紅茶にあいそう。
せっかく買いに出かけたんだから、おいしいクッキーなんかもあったほうがいいよね。」
色々な店に目移りしながら、あちらこちらをきょろきょろと歩く。
とすん―――。
「ごめん、大丈夫だったかい?」
(あれ?誰かにぶつかった??)
「僕の不注意だった、もっと良く下も見て歩くべきだったよ。」
と、再び頭上からの声。
四角い眼鏡をかけた35.6の男が、申し訳なさそうな顔をしてカーニャを覗き込んでした。
よくよくみれば、白いマントを羽織り、腰には白金の剣を差している。薄い金の髪色に、春の空を思わせるような水色の瞳。ご大層な甲冑こそ身にまとっていなかったが、簡素な胸当てがマント下に見え隠れしている。見るからに勇者といった風貌はそれなりに様になっているように思える。
ただ、かけている眼鏡のせいか、実践向きには見えない。身長もマオほどは高くは無くどちらかといえば小ぶりな感じがする。
「あれ?怪我させっちゃったみたいだね。」
ぶつかった拍子に、路地のレンガにでも当たったのだろう、カーニャは怪我をしていた。
それは小さな、擦り傷。
(こんなの、すぐに治るし。治癒力の劣る人間なんかと一緒じゃないし。)
などど、内心思いながら、
「大丈夫です。」と、答えた。
さて、紅茶を買わなくちゃと、その場を去ろうとしたカーニャに、
「ちょっと待ってくれるかい?」
と、眼鏡の男はカーニャの目の高さに合わせしゃがみこみ
「うん、これぐらいなら、僕にでも治せるかな?」
と、小さく自分に言い聞かせるように呟く。そして、右手の平を傷口に当てるそぶりを見せる。
すうっと、穏かな風がなびいた感じがして、カーニャは辺りを見渡すが、周りの木々はいたって静か。風が吹いた気配は無い。
何だろう?と思う間に、小さな傷はみるみる消え始めた。
(ふ〜ん。この人、治癒魔法なんて使えるんだ。)
(まったく、人間はすぐ治したがるよね…。でも、好意は素直に受取らなくっちゃ、だね。)
と、治してもらった恩義よりも、治してくれた好意が嬉しかったらしく、素直に笑顔をカーニャはもらす。
「親御さんと一緒に来たのかい?
ここは…案外、入り組んだ通りだから、余り親御さんのそばを離れないほうがいいと思うよ。」
今度は、カーニャ自身の心配までし出した様子で、このまま、家まで送ろうか?
などど言ってくる雰囲気までかもし出す。
(わー。何だか親切な人だね〜。王都にもいるんだね〜、こんな人間が。)
(でも、道なら分かるし、マオ様に頼まれたお仕事もあるし。)
(それに、面倒だから、適当に”親御さん”いますって答えとくのが賢いよね。え〜と…、あの人間でいいや。)
「大丈夫です。ほらあそこにいるんです。怪我治してくれて有難うございました。」
手ごろな人間を指差し、そしてぺこりとお辞儀をして、そそくさとその場を去った。
「そうだ、紅茶を買わなくっちゃだよね。余計な事(ケガを治してもらった事)に時間をかけっちゃったから、早く帰って、マオ様のお茶の準備をしなくっちゃ。遅くなったら、なんて嫌味を言われるか分からない…。」
「ああ、あのお店なんていい感じそう。」
と。手ごろなお店を見つけ、お店のドアをカランと開ける。
「いらっしゃいませ。」
店員だろうか?優しく微笑みかけられ、カーニャも思わず微笑み返す。
紅茶のいい香りが漂う店内。とても上品な気持ちになる。
「あの、あそこの紅茶を下さい。」
「それと、こっちのも下さい。」
(こっちのはマオ様の好きな香りだよね。)
棚の上の方にある缶を指差し、手馴れた様子で紅茶を選ぶカーニャ。
「えらいわね。お母さんのお使い?」
「えっ…。いいえ、ご主人さまのお使いです。」
「大変ね。まだ小さいのに。」
「いいえ、これもお仕事ですから。それに(紅茶を買うぐらいマオ様のわがままに比べたら)大変じゃないです。」
と、はにかみながら答えてみせた。
その様子が周りの大人には、また愛らしく映ったのだろう、初老の男性が話しかけてきた。
「こんな小さいのに、なんて立派な子だろうか。わしが買ったクッキーじゃよ。もっていきなさい。」
とか、
「おやまあ、頑張り屋のお嬢さんね。これも、もらってくれないかね。」
などなど、次から次ぎへと、色々な物(主にお菓子)をもらうカーニャ。
(あれ?何だろう?…すごい、ちやほやされているよね?)
(…やっぱり、『幼い容姿』って言うのは、人間の心を鷲掴みにする魔力があるみたいだよね?)
自分の幼い容姿に感謝しながら、ニコニコ顔でお礼を述べ店を出た。
「うん、良い感じに、お菓子も手に入ったし、早く戻らなくっちゃ。」