第八話~遭遇そして逃亡~
シャボン玉の件があった三日後。
あれから大したことは起こってない。
食材集めと格下をちまちまと倒すだけの単純な1日。
昨日とほとんど変わらない1日が過ぎ、明日もこんな風に過ぎていくと思っていた。
前回、住むところを無くしたときに思ったことを何一つ反省していない、暢気なもんだった。
◆ ◆ ◆
その日も普通だった。
いつものように草を採ってきて子うさぎちゃんとじゃれていた。
珍しくぴょん吉も洞窟の中にいた。今日は狩りはお休みらしい。
そして、そいつはやってきた。
極彩色のオウムを肩に乗せて、五メートルはありそうな巨体をもってその熊は僕たちの住処へと直進してきた。
怖い、と感じた。
体の奥底から湧いてくる、根源的な恐怖。
確かに僕は安全地帯でぬくぬくとしていた。
森は危険だったがぴょん吉ならなんとかできる、という思いはあった。
でも目の前のこいつはぴょん吉ですらまともな比較対象にならない存在だというのが伝わる。
ぴょん吉の方をうかがう。
ぴょん吉の目には怯えが見て取れた。
僕はそんなぴょん吉を初めて見た。
でもぴょん吉には覚悟があった。ぴょん吉は一歩前に踏み出した。頭を下げると何かを言っている。
たぶん、なんとか見逃してくれ、とかせめて自分の命だけでも、とかいうことを言っている。
なんで。
なんでそんなことができるんだろう。
オウムがしゃべった。
「こやつは『この度はどうしてこのような場所にいらっしゃったのでございましょうか。何か不快なことがございましたら何でもいたします。ですから子供とこの者は見逃していただきたいですわ。』と申しております。いかがいたしましょう。」
熊が何かを伝えている。
「クレア様のお言葉を伝える!『お前らは不思議な力を得たらしいな。あいつらと同格だというから、どのような強者かと期待していたのに、とんだ無駄足だったようだ。この場で殺してもいいが、俺様は寛大だからな。三日待ってやる。それまでにこの領地から出て行け!』とのことだ!」
聞いたとき、何を偉そうに、と思ってしまった。
静かに生活してるだけの僕らを縛る権利がどこにある、と。
一瞬、せっかくの忠告も無駄にして鑑定を使ってしまった。
クレア lv53
種族 狂乱熊 (ユニークモンスター)
hp3710 mp1590
sp5300
atk689 def265
int159 min159
dex159
強い。いや、そんなことは分かっていた。
しかもユニークモンスター。
ただ、種族が『狂乱熊』?ということは種族スキルは…。
「納得していないのか?新参者の分際で?」
やばっ、目つけられてしまった。
「いえ、何分生まれたばかりでして、この御方が誰なのかも良く知らないのですよ。これだけ素晴らしいお力を持っているとは。今まで知らずにいたこと、自分の無知を恥じる思いです!」
こういう相手はゴマをすっとくに限る。
おだててれば勝手に満足するだろう。
ぴょん吉ががびーん!って顔してるけど裏切られたって思ってくれてるんだろうか。
ごめんね。今は必要経費だと思って見逃してください。
「なに!?貴様この方のことを知らないだと!?無知にもほどがあるぞ。この方はこの島での絶対強者!四天王の中でも他の追随を許さない強さを持つというクレア様だぞ!クレア様、このような奴らにお情けなど必要ございません。今すぐ、殺してしまいましょう!」
熊…クレアだっけ?がなんかを伝えてる。
しまったなぁ。知らないって言っただけで殺されそうになるとは。
まあ、本気では無いようだね。
あ、ぴょん吉は怯えてる。なにしてんだ、って目で脅してくる。
なるほど、魔物達の知能がこんな感じなら、こうすることで主人の株を上げようってことか。なかなか賢いな。
「ちっ、クレア様の言葉を伝える。『無知とは愚かなことだな。所詮は見かけ倒しか。まあ、前言は撤回しないでおいてやる。分かったらサッサと出ていけ!』だそうだ。良かったな!」
舌打ちだと!?あれ、ひょっとして本気だった?
割とヤバかったりした、今の?
そうすると、言いたいことは言い終えたとばかりに熊とオウムは帰って行った。
よし、行ったな。
「ぴょん吉、すぐに出発しよう!」
「きゅい!」
なんか、ぴょん吉と初めて意見が合った気がする。
というわけで、僕らはすぐに住み慣れた洞窟を出た。
道の途中でぴょん吉が何かを言ってきたが今度はまるで理解できなかったので、任せる、と言っておいた。
その日は二時間ほどたったら日が沈んでしまった。
そこでこの世界で初めての野宿となった。
焚き火をつけてその周りに一人と二匹で集まる。
最初のころは火に対して少し苦手意識があったようだが今は大丈夫なようだ。
「ごめんな。」
ポツリと声が出る。
「多分、お前だけだったらすぐにでも目的地まで行けるんだろうな。僕のせいで迷惑かけちゃって・・・」
ぴょん吉は一瞬キョトンとすると、耳で僕を叩いてきた。
ここ1ヶ月ちょっとで分かったことだけど、ぴょん吉は本気で嫌なときは容赦なく蹴る。耳でモフモフしてくるのはむしろ機嫌のいいときだ。
ぴょん吉はスヤスヤと眠ってる子うさぎちゃんを見る。そうしてまた僕の頭をモフモフと叩く。
心配するなよ、って言ってくれてるみたいだ。
確かにこのあたりの魔物ならぴょん吉が気づけないことはないし、負けることもない、と安心していた。
そのときぴょん吉がはっと顔を上げた。
魔物?それもぴょん吉が警戒するレベル?
僕はぴょん吉の視線の先に向かって鑑定をかけてみる。
もし、何かいるのなら鑑定に引っかかるはず。
ウドの木
ドンドングリの木
スミレの花
・
・
ピコンッ
【鑑定のレベルがあがりました。】
・
・
ゴブリン lv11
いたっ!でもゴブリン?警戒するほどの敵なのか?
ゴブリン lv11
hp860 mp860
sp860
atk146 def86
int86 min86
dex86 agi92
おお!ステータスが全部見えるようになってる!
いや、そんなことどうでもいい。
ぴょん吉のステータスはっと。
ぴょん吉 lv35
種族 ラビ
hp1050 mp350
sp1050
atk210 def70
int70 min105
dex105 agi245
なんだ。やっぱよゆーじゃん。
ってちょっと待って!
ゴブリンのレベルが11、ぴょん吉が35と三倍近くあるのにステータスはそこまでの差がないの!?
セカさん!なんか知ってる?
〈ああ、ゴブリンですね。そいつら(汚物)は進化個体ですよ。〉
えっ、あいつレベル61相当なの!?にしては弱くね!
〈ゴブリンはレベル10で進化です。だから実質レベル21ですね。〉
妥当なところだった!進化のレベルって統一じゃないんだ!
〈そんなことより、囲まれてますね。だいたい百匹くらいでしょうか。〉
は?
〈鑑定してみてください。こう、ぐるっと一周回る感じで。〉
ゴブリン lv10
ゴブリン lv8
ゴブリン lv14
・
・
・
なんじゃこりゃぁ!!
僕はぴょん吉の方を見る。
ぴょん吉は周囲を確認すると一瞬安堵したが何かを思い出したように警戒態勢に戻った。
たぶんぴょん吉だけなら突破できるんだろう。
ゴブリンのスキルにどんなものがあるかは分からないけどagi三倍差をひっくり返すほどでは無いはず。
だから・・・問題は僕と子うさぎちゃんだ。
ぴょん吉は僕はともかく子うさぎちゃんは見捨てないだろう。
そして、守りながら戦うにしては相手の数が多すぎる。
例えぴょん吉が勝てるとしても流れ弾がこっちに来るだろう。
ぴょん吉はそれに対応する必要もあるし、さらには逃げれない僕らのために殲滅の必要性まで生じた。
僕にできることはなんだ?
何のために僕はここにいる?
ゴブリンはじっくりと近づいてくる。
ぴょん吉と一緒に戦う?
駄目だ。足手まといにしかならない。
ゴブリン達はもう目に見えるくらいに集まっている。
毒を撒くか?
駄目だ。この位置ではぴょん吉にもかかってしまう。
ゴブリンが狙いを定める。
それは自分たちよりも強いぴょん吉ではなく、僕らだ。
あった。一つだけできること。
〈いいんですか?それをすればマスターの命は危ないですよ?〉
どっちにしろ、僕にはこれしかできない。秘密兵器を使うまでもない。いや、使ったところでなんにもできない。
僕のできること。
それは、ぴょん吉を信じること。
そして、あいつの大切なものを守ることだ。
僕は暢気にスヤスヤと寝てる子うさぎちゃんを起こさないように優しく抱き上げると膝に抱えて体育座りをした。
ちょうど子うさぎちゃんが隠れられるように。
あとはできるだけ見つからないように『木のふり』を使って僕の仕事はお仕舞いだ。
僕のできることなんて体をはって盾になるくらいしかない。
いや、もう一つくらい、役にたとうか。
僕は『蛍火』をmpの許す限り作って滅茶苦茶に飛ばす。
これは本来蛍が自分をアピールするために使うもの。攻撃力なんてまるでない。
せいぜいがマッチの火くらいだろう。あたっても火傷すれば御の字といったところだ。
その都合上自分の近くにしか出せないという条件はセカさんによって解除されている。
攻撃力はないとはいえ火の玉が飛んで来たんだ。多少は動揺するだろうし、僕達への狙いを逸らすこともできる。
これで僕の仕事は終わり。あとは、頼んだよ、ぴょん吉。
そこからのぴょん吉の動きはすごかった。
僕の放った『蛍火』に気を取られた瞬間に駆け出し一匹の頭を蹴り飛ばした。
そうして、戦闘が始まった。
本来、三倍の速度というのは恐ろしいものではあるが、どうしようもない差ではない。
ぴょん吉の速度はステータスを見る限りだいたい時速60キロくらい。
小動物の出す速度じゃないだろ。
でも、考えてほしい。時速60キロでとんでくる野球ボールを打てない人間はいない。
体を動かす速度と腕を動かす速度は違うのだ。
そもそも、ぴょん吉とゴブリンでは体格の差が存在する。この世界はステータスが重要だが全てではない。
というかステータスが全てなら僕はそんなに簡単に生き残ってない。
atk10でも石を投げれれば一方的に勝てるようになるように、攻撃範囲や、武器による補正は無視できるものではない。
def10でも蝶の羽と僕の体の強度には差があるようにその形や状態は大きな影響を生む。
そうしてみると、体の高さが1メートルと20センチくらいあるゴブリンとせいぜいが30センチのぴょん吉ではまともな格闘もできない。
さらに言えばゴブリンの種族的な特性もある。
その種族スキルは『多才』。
『才能活性』と同じ有効スキルという枠を捨てるスキル。
そうして得た多種多様なスキルによってステータスで負けていようとと集団で襲いかかり、そして狩る。
剣を使う個体、弓を射る個体、盾を使う個体、拳を使う個体、槍を使う個体、火魔法を使う個体、水魔法を使う個体、土魔法を使う個体、バフ、デバフをかける個体、回復魔法をかける個体、エトセトラエトセトラ・・・
それはまるで訓練された人間のよう。
役割を分担し、それぞれの個性にあわせてこなす。
これほど個性を持った種は人間以外ではこいつらくらいではないだろうか。
それでもぴょん吉は圧倒的だった。ゴブリンの攻撃を受け止め、受け流し、懐に飛び込んで相手を蹴り砕く。
魔法は回避し、的確に術者を狩る。驚いたことに嵐脚を使って魔法を切ってすらいた。
spに限りがある上に仕留めきれないこともありトレントのときのように無双とまではいかなかったが。
確かに、一見する優位そうだ。
しかし、余裕があるどころか勝ち目すら薄い。
ダメージも蓄積し、徐々に動きが精細を欠いてゆく。
結局百匹なんて無理だったんだろうか。
そんなときぴょん吉がふとこっちの方を見た。
正確には子うさぎちゃんだった、が。
次の瞬間、ぴょん吉が光りだした。
そこからは圧倒的だった。
ステータスを見る限り何一つ変わっていない。いや、多少レベルが上がっていたが、そこまでの変化では無いはず。
明らかにスピード、パワーが上がっている。
これは何らかのスキル?
チートすぎるでしょ。明らかに倍近くまで上がってるよ?この世界ではこれがデフォなのか?
どうして最初から使わなかったの?と思ってしまうほど強くなっている。
ふと、気づいた。ぴょん吉の光と同じような光が子うさぎちゃんからも出てる。
そして、一筋の光の線で二人はつながっている。
〈おそらく、これが『オリジナルスキル』なのでしょう。効果は子供がいると能力が倍になるなどですかね?〉
これがオリジナルスキル…。
かっこいいなあ。
その三分後、ゴブリン達は全滅した。
あれだよ、心配してた流れ弾もほとんどなかった。
というか、ゴブリン達は僕を見失っていたようだ。
『木のふり』が予想以上に有能だった。
ぴょん吉は周囲を確かめると警戒感を解いた。
結局、ぴょん吉一人で百匹のゴブリンを圧倒してしまった。
ゴブリンなんて今まで見たこともないような魔物が襲って来たことは気にはなるが今夜はもうだいじょうぶだろう。
僕も動こうとして、何とはなしにぴょん吉の後ろを見た。
「ぴょん吉!」
僕は叫んだ。いや、叫ぼうとした。
僕が何かを言う前に。
ぴょん吉の後ろから闇を纏ったナニカがぴょん吉に襲いかかり。
手に持った鈍く光る凶器をぴょん吉めがけてふるった