第一章 二十一 去る脅威、そして…
遅くなってしまいました。
アルキュオラの巨体がぐらりと揺れる。体中に突き刺さった槍型の結晶は役目を終えたかのように霧散する。
「グアア…。」
アルキュオラは小さく鳴くと、その巨体を動かして目の前に立つ壮真に襲い掛かる。地響きがどんどん大きくなり、押しつぶさんとする巨大なものが押し寄せるのを見ても壮真は全く焦らなかった。
巨体とすれ違うようにしてギリギリのところで斜め前に体を動かす。そのすれ違いざまに槍型結晶を数本突き立てる。
さすがのアルキュオラもこれにバランスを崩し、自らの走った勢いで派手に地面に倒れ込む。
「す、すごい…。」
その様子を見て、我に返った零は感嘆の声を上げた。壮真の人間離れした動き、初めてとは思えないような見事な能力の行使。どれをとっても自分ではかなわないと感じたのだ。しかし、それ故に妙な違和感を感じる。壮真の飄々としたたたずまいはいつもの壮真からは感じることのないものだったからだ。
「…中原君!」
違和感の正体を確かめたかったのか、壮真の行動を称賛したかったのかはわからない。ただ体が先に動いた。
零の声に反応した壮真はゆっくりとこちらを振り向く。壮真の行動はたったそれだけ。その黒い瞳の焦点は合っていない。
「…どうしたの…中原君。」
そのつぶやきが今の壮真に聞こえたのかどうかは分からない。何の行動も起こさなかったからだ。あまりに冷たい壮真の態度に零の背筋に寒気が走った。
(…。一体何が…。)
零は不安に駆られながら壮真の行動を初めから思い返すことにする。付き合い始めてから今まで全く見せなかった態度にとてつもない嫌なものを感じたのだ。
自分とともにこの公園についた壮真は初めて件の巨大生物と対峙した。そこで壮真に能力行使の指示を出した時だ。壮真の様子がおかしくなったのは。まるで何かに操られるようにしてふらりと動いたと思ったら、巨大生物のほうが倒れ込んだから驚きだ。
ではなぜ、途端に壮真がそういう状況に陥ってしまうことになったのか。零にはある程度の想像はついていた。おそらく倒れている人影、つまりは一番の親友である啓太が倒れているのを見て精神的に大きなショックを受けたのだろう。壮真の心がそんなにもろかった記憶は無いので、こちらに来て度重なった出来事のせいでいろいろなものを一人で抱え込んでいたのだろう。それをなんとか自我を保って抑えていたがこの場所の光景でそれが緩んでしまい、“大いなる力”か何かによって精神を乗っ取られた。
なぜここまで突拍子のないことを冷静に推理できるのかどうかわからない。ただ、元の壮真に戻したかったのだろう。
「…な、か…はら…。」
ふとそんなうめき声に近い声を零の耳はとらえた。聞き覚えのある声。
「えっ…。」
そちらを見ると、倒れ込んでいる天斗がいた。姿が見えなかったがやはりここで偵察班と行動を共にしていたらしい。零はすぐにはそちらに向かわず、一度壮真のほうを見た。未だに焦点が合っていない両目はどこを見て何を考えているのか全く読めない。
「…な、か…はら…。」
また天斗が壮真を呼ぶ。次こそはと思ったが、壮真はこれと言った反応を見せない。ただ、天斗のほうに顔を向けじっとしているだけ。
「…な、か…はら…。」
三度目になるその天斗の声で、壮真の体がびくっと震えた。
「…た、かと…。」
そうつぶやくと同時にだんだんと壮真の瞳に元の色が戻ってき始めた。完全に元に戻った、何かから解放された壮真は能力行使のために上げていた腕を降ろし、慌てて天斗のほうに駆け寄った。
「大丈夫か! 天斗!」
「…へへへ、ま、あな。俺より、ほかの奴のほうが…心配だ。見て来てくれ。」
「あ、ああ。」
壮真はやはり一番初めに啓太のほうに向かった。
「啓太っ!」
零は啓太の隣に倒れていた幸と少し離れたところの亜美に声をかけた。しばらく体をゆすっていると、亜美のほうが先に「んん…。」と声を発した後、ゆっくりと目を開けた。
その時、後方から一陣の風が吹き抜けた。零がそちらを振り向くと、倒れ込んでいたはずのアルキュオラが懸命に翼をはためかせて宙に浮いている所だった。その視線はこちらを見ていない。おそらく、もうしばらくは襲ってこない。こちらを一瞥することもなく、どこかへと飛び去り、体を休めるつもりなのだ。そう思うと零は視線を壮真のほうへと戻した。
壮真は啓太の体をゆすっていた。とても乱暴に見えるそれだが、目をつむっている啓太は目を覚ます気配がない。
「啓太ぁっ!。」
巨大生物の脅威が去り、静まり返った異世界の公園に壮真の悲痛な叫びだけがこだました。
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