第一章 十九 箱の鍵
今年も更新していきます。
案の定、箱は開かなかった。壮真がしても零がしてもびくともしないのだ。
「これ、本当に開くのか?」
その時、急に周りが暗くなった。カーテンを閉めているとはいえ、まだ明るい教室にいた壮真たちはその変化にすぐに気が付いた。教室は夜とまでは言わないが、それと近いほどにまで暗くなった。
「ん? どうしたんだ。」
「さ、さあ…。」
まだ昼の時間帯のはずだ。それも真昼。太陽が雲に隠れたからと言って、カーテンを閉めきった部屋がここまで暗くなることは無い。
しかし、今の壮真たちにとってはこの暗さは非常にありがたかった。活動許可証が放つ光がはっきりと見えるようになったからだ。その光線が箱の錠の部分に伸びている事すらも。
「中原君。」
この光のことには零が初めに気が付いた。もちろんこの声で、手の中の許可証の変化に気が付かないほど鈍い壮真ではない。すぐさましゃがみ込んで箱と許可証を近づけた。ただ近づけただけでは光の線は消えなかった。
ここまで来て、何をどうすればよいかわからなかった壮真だがこの時だけは、なんとなくどうすればよいかがわかった。箱の錠に活動許可証を近づけていく。青白い光線がどんどん短くなり、消えた。つまり錠と許可証が触れた。そのとたん、カチャンと軽い音が静かな教室内に響き渡った。もう許可証は光っていない。
「鍵が開いたのか…?」
「…たぶん、そうだよ。」
「そっか…。」
ただ箱の鍵を解除しただけだというのにとても疲れており、そして非常にあっけない終わり方なので自分が何をしたのかということの実感が湧かなかった。
「開けてみよ。」
「ああ。」
突然、またしても変化が起きた。急に地面が揺れだしたのだ。微弱な揺れだが不意打ちのような形だったので、壮真と零はその場でバランスを崩してしまう。
「この揺れって…。」
零はこの揺れが昨日感じたものと同じであることに気づいた。もちろん壮真も。
「ただ、なんか嫌な予感がするんだよな…。」
そう、実際に何が起こるのかわからないが、心だけがそれを体験しているようなとてつもなく落ち着かない感じ。大きな胸騒ぎがするのだ。
「早く、外に出て状況を確認しないと!」
「ああ。」
壮真は目の前の箱に両手を伸ばして蓋をつかむ。これを開けて中身を回収しないことにはここまで来た意味がない。
「中原君、早く。」
零が焦っているのは、ほかのクラスメイトを安心させるためのもの。つまりは指導者である壮真の到着。
「くっ…。」
箱のふたは思っていたよりもはるかに重たかった。それ故に箱を開けるのに時間がかかる。ただこうしている間に外で何があるかわからない。壮真たちの予想が正しければこの揺れは謎の巨大生物と関係があるものなのだ。
焦る心を抑えて、壮真は重く厚い蓋を持ち上げる。その瞬間青いというより白に近い強烈で濃厚な光が箱の中からあふれだした。
意識が消えては戻り、また消えかける。視界が揺れて地面から巨大な岩が突き出す。
「うっ…。」
啓太は頭だけを動かして周りを見渡した。東京とは思えないような、巨大な岩がいたるところに突き出して、ところどころ地面がえぐれている。遠くのほうにかろうじて元の公園の自然が確認できたがそれが岩と化すのも時間の問題だろう。
自分が倒れている所のすぐ近くに幸が倒れている。その向こうには亜美。そして、三人から少し離れたところ、アレと最も近いところには天斗が倒れていた。意識があるのはおそらく啓太ただ一人。今は目に見えない拘束は無くなったが、腕や足に突き刺さった岩の破片で体を動かすのもままならない。つまり未だに逃げることができないでいるのだ。
声を出すことは何とかのどの痛みを我慢するとできる。しかしそれ以上は無理だった。天斗はそんな啓太より被害は大きいだろう。アレ――つまりアルキュオラと最も近い位置にいてなおかつ一番初めの大きな初撃を拘束されている状態でまともに受けてしまったからだ。ただ、時々動く腕などを見る限りまだ死んではいない。
アルキュオラは全く鳴き声などは上げずに動き出した。目の前に向かって走りだしたのだ。
(俺か、狙いはっ!)
今は何とか意識を保っているとはいえ、走る進路で巨大な足に巻き込まれてしまってはおそらく命を落としてしまう。ここでつかんだことなどクラスメイト、特に壮真に話したいことがたくさんあるのでそれだけは避けなければならなかった。
「う…。」
意識が遠のくような痛みと同時に体を横に転がす。
「はあはあはあ…。」
じつはこの行動はすでに数十回目。無理に体を動かしているためいつ意識が飛んでしまうかわからない。
(さっきのは、まずかった…。そろそろ限界…か…?)
ここの世界が、仮想世界のようなものだったら死なないのだろうか。そのような思いが頭を巡る。
(結局、ここがどこか正体がつかめずじまいか…。)
自分がもうそろそろ限界だということを感じ始めて啓太は歯がゆい思いをし始める。それ故に、できるならばまだ――。目の前のアルキュオラは動くものが見えないからかしばらくの間動きを止めている。しかし啓太がわずかにでも動けばまた先ほどのように襲ってくるだろう。
自分の心配こそしなければならないが、啓太は壮真が「大いなる力」というものを手に入れることができたのかどうかが気がかりだった。みんなと別れる前に壮真はその力を天斗の情報を頼りに捜すと言っていた。その力がどのようなものかわからないがこれからのために間違いなく必要だと啓太は確信していた。
この公園にクラスメイトは絶対に来ない。来る可能性があるとすればもう一つの偵察班だが、アルキュオラの存在がある限り、近づいてくることは無いだろう。いつまで啓太の意識が保つかわからないが、もう一つの偵察班の者がみんなに知らせて今の状況を打開してくれることに賭けるしかない。
――キンッ
聞きなれない音が響いた。啓太は慌てて音がしたほうに視線を動かした。視界の中のアルキュオラに無数の何かが突き刺さるのは同時だった。