プロローグ
――今、思う。これが夢であったならば、と。
消えた。それは突然。後にはなにも残らなかった。
壮真が教室で授業を受けていた時だった。目の前が突然真っ白になり、その瞬間に校舎も机も椅子も、そして土地もすべてが消滅した。
気が付くと壮真は海に落ちていた。思い切り海面にたたきつけられ、全身に鈍い痛みが走った。海のど真ん中だからもちろん足場などがあるわけがない。
悲鳴。始めに聞こえてきたのはそれだった。誰のものかもわからないほどの入り交じった声。水中で上下もわからないまま、声を便りに痛みに耐えながらも体から余計な力を抜いて何とか水から頭だけを出した。周りを見てみると、クラスメイト全員が壮真と同じようにして浮かんでいる。
焦り、不安、恐怖。前触れもなく訪れたこの状況に当然と言っていい感情が皆の表情に張り付いていた。思考が停止し、泣き出す者、呆ける者。様々だが共通しているのは、困惑。ただそれだけだろう。
海には建物を含め、壮真ら以外誰もいなかった。関わりのない近くに住んでいた人すらも壮真らを除いて消えてしまったとしか考えられなかった。だが、そんなことよりも自分たちの今の状況を考えるのが先だろう。
数メートル離れたところに友人の冬島 啓太の姿が見えた。水を吸って服が重く、泳ぎにくかったが、時間をかけて啓太のもとまで移動した。何か考えがあってのことではない。底知れない、何かが体を突き動かしたのだった。
「どうしたんだよ、まったく...!」
「こんなことって...。」
普段のような明るい雰囲気はどこにもない。どこか心細げな響きにも聞こえる会話は全体の負の感情を体現しているかのようだった。
「...はあ、はあ...な、なにが起こってるんだろうな?」
壮真に気づいた啓太がそう話しかけてくる。
「...いや、俺もわからないんだ。それにいきなりのことだったからな。」
「そ、そうだよな。」
別に特別な会話をしたわけではなかったが二言、三言交わすだけで壮真は不思議と落ち着きを取り戻していた。
「周りを見たところ俺らと同じみたいだな。見てみろよ、誰も状況を把握できていない。それに、ここがどこなのか...。」
啓太は壮真の言ったように周りを見渡した。わざわざ見なくてもわかるだろうとは思うのだが、もしかしたらという気持ちに賭けたいという思いもわからないことはない。だから、壮真は言葉にしなかった。
「そうみたいだな。」
「――! おい、あれってなんだ?」
壮真は何気なく周りを見渡していると女子生徒らが固まっている所に何かまるいものが浮かんでいるのを見つけたのだ。啓太もすぐに壮真が見ているものに気づいたようで何も聞いてこなかった。
「行ってみよう――」
啓太はそう言いながら謎の物体が浮かんでいる場所に向けて泳ぎ始めた。壮真は慌てて後を追った。服を着ているので泳ぎにくいながらも少しずつ進んでいき―― 見えてきたのはサッカーボール。壮真たちのクラスにはサッカーボールなどなかったのでどこかから流れてきたのだろうか。
「あっ、中原君に冬島君。」
例のサッカーボールの近くにいた女子生徒たちはどうやら近くに泳いできていた壮真たちを見つけたようだ。ひきつるような表情が少しずつ緩んでいくのが遠目からでもわかった。
「おお、吉田に東城。それに零も。」
「どうしたの? なんか急いで泳いできてたみたいだけど。」
「ああ、実はさあれなんだけど…」
壮真は数メートル先に浮かんでいるサッカーボールを指さした。
「あ...あれね。私たちもさっき落ちてきたのに気づいたんだ。」
「そっか・・・・」
となれば何か知っているということもなさそうだ。ん? 待てよ。落ちてきた? 落ちてきたということはどこかにあったものが流れてきたということは絶対にありえない。というかなぜ、落ちてくるのか。ただ、この状況を作り出した何者かがこの何もない海にあのサッカーボールだけを落とす意味だけは必ずあるような気がした。
突如上空からガラスの割れるような音が聞こえてきたので壮真や啓太なども含めて全員が空を見上げた。
『諸君らは選ばれた――』
その瞬間、遠雷の響くような声があたり一面に響き渡った。うるさいにもほどがあると言いたくなるくらいの大音量である。
『諸君らには今から〈アンダーワールド〉へ移動してもらう。』
話の展開が早すぎて全くと言っていいほど内容がつかめない。〈アンダーワールド〉とはいったいどこなのか? それに選ばれたとは何なのか? 謎の言葉がさらに謎を呼び、どんどん複雑になってきている。
『アンダーワールドの入り口はここ、東京都だ。正確に言えばあった、場所だがな。尚、教師及び両親などはこれからのことで邪魔になるのでこちらで消させてもらった。心配などは必要ない。諸君らはこれからそれどころではなくなるからな。』
東京都。確かに壮真たちの学校があり、住んでいた場所。思い出の詰まった土地だ。しかし、悔しいことに、何もわからなくなるほど身の回りから何もかもが消失してしまったらしい。
判断は状況と、うって変わり恐ろしいほどそして不思議なまでに冷静だった。
そこで声はプツリと聞こえなくなった。と思った瞬間には、浸かっていた水の感覚がなくなり白い地面の上に壮真らは立っていた。
「え――」
驚きを口にする時間などなかった。立っていた地面が音もなく消えたからだ。壮真たちは全員が同時に奈落の底に落ちていった。
何も考えられず、何も言葉を口にすることができないくらい何もかもが早かった。
そう、すべてはこの一瞬から始まった――
これから、二日に一回程度で更新していきます。誤字・脱字等があった場合は教えていただけると幸いです。