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ハイファンタジスタにお別れを

作者: 空原 梨代

よかったら楽しんで行ってください…!

この双眸で観れるものなんて

数えるほどだし、まして、この手で綴れるものなんてそれにも満たない。

けど、それでも、(すが)めの誰かのいうように、世界は不規則に廻ってる。今日見えないものが明日は見えるかもしれない。

そう繰り返して次の朝を待つ。




少年は目をつむり、鉄柵に跨っていた。

開けた視界の先には悠然と構える都市圏が嫌でも目につく。

少年にはそれが我慢ならなかった。

少し間をおき目を開く。

それでも目の前の現状は変わらない。


死ぬ感覚と言うのがあるのなら

どんなものか教えて欲しい。


広く澄んだ青空に嫌気がさす。



どこからともなく豆腐屋の腑抜けたあの音と金属を叩く音がする。

夏の音だ。


ようやく始まった夏休みだが、少年の足取りは重たい。

やりたいこともなければ、やらなければならないこともさしてない。

昔は足枷だと思っていた部活も終わった今となっては充実した日々を過ごすための一種の条件だったのかもしれない。


退屈をぼやき少年は鉄柵から飛び降りる。


全てを無くした高三の夏。

部活、友情、恋慕、アイデンティティ、その他諸々…

それらが夏が始まる直前になって、全て僕の手元から離れていった。

いや、裏を返せば夏まで僕はそれらを全て持っていたのだ。

色褪せることもないと思っていた友情も一生続くのだと思っていた恋慕も、果てることない顕示欲とそこから湧き出る自信という名のアイデンティティも、全てを持っていたのだ。

何故だ、何故僕はそれらを全て失った?


答えは簡単だ。

僕は死んだ。

そして、忘れられた。

それだけの話だ。

死んだ自覚はなかった。

前の記憶が曖昧でハッキリしない。

だけど、死んだんだ。




手の甲に記された文字。

七月二十日ーー。交通事故で死亡。



そういうことだ。

そういう事になっている。



そして、気がついたらここに立っていた。







切符を握って。




あれからどれくらい経った…?

やる事もない。ただ切符だけを持って

駅に一人。他に人はいない。

これが天国への旅路というのなら、

随分退屈な旅になりそうだ。


することもないので夏の空とメトロポリスに黄昏(たそがれ)る。


ようやく列車が来た。

あぁ、ようやくか…少年は柵から手を離しホームの陰へ入って行く。


車内はやはりがらんどうで、少年の他に乗客はいなかった。


少年は窓際の景色が最も良いであろう席に座り、ゆっくりと動いて行く窓の外、霞んで行く都市群を(そぞ)ろと眺めていた。




幾刻が過ぎただろうか、不意に声が聞こえた。


『隣いいかな…?』

女性の声だ。

振り返ると見知らぬ少女が立っていた。

同い年…?いや、少し上だろうか少女は少年に話しかける。

『いいですよ……って…ん…⁉︎』

いや待て、俺は彼女を知っている。

彼女は那月。昔の友人だ。

『んん…⁉︎たっくん⁉︎』

彼女もこちらに気づいたようだった。


丁度誰もいない踏切に差し掛かった頃の事だ。



気まずい…

彼女は雨島(あめしま) 那月(なつき)

小中高と一緒の学校に通って来た

世に言う幼馴染と呼ばれるやつだ。

しかし、彼女との間に特に深い何かがある訳でもなく。

ただ、今まで学校が一緒だったぐらいの仲だ。


そりゃぁ、昔はそうじゃなかったさ。

一緒に勉強したり、プールに行ったり、互いの家でお泊まりしたり…。

けど、時が経つにつれ、互いに同性の友人が増え、僕は異性との接触を極端に嫌った。

いわゆる思春期だ。


そんなこんなで、彼女とはだいぶ疎遠になっていた次第。

まさかこんな形で邂逅(かいこう)することになるとは…



『ねぇ、いつ死んだの…?』

那月は尋ねる。

『今年の七月二十日、交通事故で。』

少年は窓の外を眺めながら答える。

開けた海の先にトタン張りの家屋が連なった坂沿いの町が見える。

『えっ!七月二十日⁉︎』


那月は目を見開きながら少年に迫る。

『そ…そうだけど、何で…?』

『私も二十日なの!七月二十日、

部活中に熱中症で!』

那月は笑顔で手の甲を突き出す。

『普通死因を笑顔で

言うもんじゃないと思うんだけど…』

少年は苦笑いで答える。

『そうかもだけど…、いいじゃん!

もう過ぎたことだし!』

『僕ら変なところでまた一緒になったね…。』

『ね〜』


少し間をおいて二人で笑う。




昔のように二人で






ー境界街『戯流弍咼(ゲルニカ)』ー





看板にはそう書かれていた。


少し経って列車が停まる。


駅からは海が見える。


列車が停まった町は活気に溢れていた。

スチームパンクの施しを模したような街中には、様々な声が行き交う。

叩き売りの声、子供達の高声、リュートのアルペジオの音、ロカビリの音。音。


見上げると狭い空は青く澄んでいる。


『わぁ〜すご〜い!ここが天国かな〜?』


『…。』

那月の言葉に足が止まる。

あいつ、自分の処遇を受け入れすぎだろ…


『あっ!これおいしそ〜!』

那月は既に旅行気分だ。

しかし、そういう僕も見慣れない町、見慣れないものに興味をそそられる。


そう言えば、こんなに彼女が明るいのは久々に見る。

随分と話してなかったのもあるが、多分色々な物から解放されたからだろう。

家族、友人関係、進路、諸々…。

彼女を縛っていたものから解放された。

だからこそ、今彼女は笑える。


あぁ、そうか…。




僕も…







『ねぇ、』

不意に彼女の手を握る。

『どうしたの?』

彼女は首を傾げる。

『少し探検しない…?』



返答に時間はかからなかった。



二人で路地裏の小道を駆ける。

ゴミ袋を蹴り飛ばして

夏を取り返しに行こう。


パンテオンの聳える古き教会の淵を彩る蔦の葉に季節を添えて

木曜日のデカルトに会いに行く。

雨樋の日除けをなぞるように歓楽街の夢想家は独演劇を始める。



『私、死んだ気なんて毛頭ないよ!きっとこれはきっと神様がくれた休日!そう思うことにしたの!』

彼女は駆けりながら笑顔で言う。


『それは素敵だ…』

僕も息を切らしながら彼女の後を追いかけるが、何分殆ど運動をしないモヤシだったので、ソフトテニスをしていた彼女の足には敵わない。

それでも走るのはこの状況に気分が高揚しているからだろう。

知らない町、知らない通り、知らない店。


世界の全てが知らないことだらけ。まるで、物語の主人公になった。そんな気分だった。




少しの時間を経て、一軒の店を見つける。

古い喫茶店だ。

レンガで(こしら)えた外見と古ぼけた看板に心奪われた。

それだけなのだが、二人の意見は合致した。


中に入ると数名の客と二人の店員で賑わっていた。


店員に案内され窓際の席に向かう。

窓からは開けた海と先程通って来た軒道が見える。

取り敢えず二人でランチを頼んだ。


マーマイトは食えたもんじゃない。とか


これは、ウナギじゃなくてアナゴだ。とか


そんなこんなで物議をかましていると

『この町は初めてですか?お客人。』

店員の一人が尋ねる。

『『えぇ、まぁ…。』』

二人の声が重なる。

店員は微笑み

『あぁ、やっぱりですかぁ。』

アルレと名乗る青年の店員は色々なことを教えてくれた。


この町は向こうの世界との丁度境界線で、薄っぺらい歪みのような空間にある小さな世界らしい。

魔法使いも魔女も悪魔も死神も。

なんでもいるし、誰もいない。

なんでもあるし、何もない。そんな町さ。


この店を出て4本先の路地を右に曲がるとある。パンタローネの時計屋に行ってごらん?

世界を巻き戻せる左廻りの時計を見せて貰える。

ドットーレは博識な医者さ、困ったことがあれば訪ねてみるといい。

ブリゲッラは小悪党だ、気をつけるんだよ?うかうかしていると財布を空にされるかも…

カピターノは勇猛な軍人さ、それと…メッツェは…


アルレは口を噤む。


いや、でも…メッツェはいい奴だ。


けど、彼は狂言廻(トリックスター)だ。

もしかしたら…。


それ以上は何も話さなかった。



彼に礼を言い、釣り銭を残して店を後にする。




再び二人で次はどこを探検しようと談義している時。


突然アレは現れた。


2メートルは有ろう大柄に黒いオーバーコート。

顔は羚羊(れいよう)の面をしていてよく見えない。

そんな、どっからどう見ても怪しい男が二人の前に現れた。


突如感じる寒気。恐怖。

先程のアルレの言葉を思い出す。


魔法使いも魔女も悪魔も死神もなんでもいる。


そんな世界だ。

こんな奴がいても不思議ではない。

『物怖じしないのは感心。』

くぐもった声で面の男が言う。

『何の用ですか…?僕らお金なら持ってませんよ…』

少年は那月を庇いながら答える。

『まぁそう構えなさんな、僕は死神だ。この町に君たちを連れてきた。』

『何の為に…?』

那月が尋ねる。

『八月の奇蹟の年だからね。星めぐりの祭りの夜、ワルプルギスの庭で起こる奇蹟を君たちに体現してもらいたい。その為に呼んだ、それだけさ。』


理解できない。


『そのために僕達を殺してここに呼んだのか…⁉︎』

少年の口調に怒りが混じる。


『あっ、勘違いしないでね。僕はあくまで君たちを呼んだだけ。殺しちゃいない。あくまでね。』

死神はペースを崩さず語る、彼の口調からおおよその事が嘘ではないとわかる。

『八月の奇蹟ってのは…?』

那月がおずおず尋ねる。

『世界の軸が止まって全てが収束する。簡単に言えば世界を廻す歯車のズレが治るってこと。』

『どうして僕たちが?』

今度は少年が尋ねる。

『これは、あくまで”人”じゃなきゃいけないんだ。それにね、この仕事は僕らではできない。ある人がそういう風に作ったんだ。』

『誰が…?』

『決まってるだろ、神様だよ。それじゃ今夜、星めぐりの祭りの夜に、ワルプルギスの庭で待ってるよ~。その間にパンタローネの爺さんから常之巻鍵(とこしえのまきかぎ)をもらっておいてくれ。』

そう告げると死神を名乗る男は壁の中に溶けていく。

『最後に、君たちがもしこの仕事を達成できたら、君らの何方かを生き返らせることになっている。それじゃ。』

死神は完全に消え失せた。


それから数分僕ら目の前の現実が飲み込めずにいた。


待て、生き返らせる⁉︎どういう意味だ⁉︎

いや、そういう意味だということはわかっている。だが、何故一人だけ…?

てか、もし、生き返らせるって話が本当なら僕は…


僕は彼女に譲る他ないと思っている。


僕なんかよりも人生を謳歌していたであろう。

彼女に。


本当にそうか…?


それでいいのか…?


自問に耳を塞いで少年は歩き出した。








ーパンタローネの時計屋ー



アルレの言う通り店を出て4本先の路地を右に曲がると古ぼけたた時計屋があった。

中に入ると初老の老人が白樺の椅子に腰かけていた。

『『客か。』『珍しい。』』老人は途切れ途切れの口調で語る。

『『茶でも』『どうだ?』『丁度』『加密列(かみつれ)が』『ある。』『おい』『ザンニ』『茶だ』『支度しろ。』』


誰かに命令しているようだが誰も返答しない。


『『ザンニ』『二度』『言わせる』『な!』』

老人が叫ぶと小さな少女が駆け出してきた。

『はい!何でしょう、ご重鎮!』

笑顔で少女は尋ねる。

『『茶だ。』『用意』『しろ。』』

老人は指で催促する。

ラジャー!とザンニと呼ばれた少女は時計の壁の奥に消えて行く。


『『儂は』『パンタローネ。』『時計屋だ。』』


パンタローネと名乗る老人は淡々と語る。

『アルレって方に言われてここに来たのですが…』

その名を聞くとパンタローネは眉間に皺を寄せ

『『あの』『狂言廻(ピエロ)』『か…』』

『ピエロ…?』

那月は尋ねる。

『『あれ』『は』『道化』『だが』『悪役』『じゃあ』『ない。』』

老人は静かに語る。

ザンニがお茶を注いだ盆を抱えて走ってくる。


『お待ちしましたぁぁぁ⁉︎』


勢い余って転倒してしまった。


『……。』


『『すまんな』『そそっかしくて。』』


『いえ、それよりも常之巻鍵というものが必要(いる)らしくて…』

パンタローネは目を細め

『『ほぉ、』『八月』『の』『奇蹟』『か…』』

『知ってることを教えて下さい。』

今度は那月が尋ねる。

『『ここには』『なんでもあって』『なにもない。』『それだけだ。』』

そう呟くとパンタローネはお茶を一口啜り

棚を覗いて行く。


『これだ。』

パンタローネは細い指で小さなゼンマイを手にしていた。

錆びついた一本の巻鍵。

こんなものが…

少年は老人から巻鍵を受け取ろうとすると

『『気をつけろ。』『この鍵は』『こちらに』『ある』『数少ない』『”有”の一つだ。』』

パンタローネはそう告げた。

『有…それってどういう…』

少年が尋ねようとすると

パンタローネは静かに天井を見上げ

『『光には』『羽虫が』『寄ってくる』『ものだ。』』

とだけ告げた。


パンタローネに礼を言い時計屋を出ると

一人の少女が立っていた。

ザンニだ。

『旦那、旦那、ちょっといいですか?』

少女は口を開く。

『表では絶対に巻鍵を見せちゃダメですよ!あれは”有”の証明みたいなものですから…』

『さっきも思ったんだけど…有って…』

少年が尋ねようとすると、時計屋の中からパンタローネの怒号が聞こえる。

『おぉっと…ご重鎮もお冠だ〜…それじゃ、私はこれで…何か困ったことがあればドットーレさんかカピターノ卿に相談するといいっす!それと、(アチキ)の本当の名…』

ザンニは口を噤む。

『やっぱなんでもないっす!では、良い旅路を〜!』

手を振りそう言うとザンニは小走りで店の中に帰って行った。


『不思議な娘だったね…』

那月の言葉に少年は相槌を打つ。

が、少年の心はすでに走りだしていた。


有の証明…


有…


なんなんだ…






ードットーレの不在証明ー



ドットーレと呼ばれる人物に会うべく

街の街道をただ歩く。

街の日差しは向夏の正午の如く照りつけ

群青に伸びる道を歩く僕らに嫌がらせをしているようだった。


ドットーレを見つけるのに時間はかからなかった。

彼はこの町唯一の医者らしい。

故に診察所もすぐに見つけることができた。

ノックし扉を開けると、狭い小部屋の中に診察台と小さなベッド、机と薬品棚があるだけの診察所と呼ぶには少々見すぼらしいものだった。

中にはドットーレ思われる人はいない。

と言うか人っ子一人のいないのだ。

『ちょっと待たせてもらおっか』

那月はベッドに腰掛けながら言う。


少年は頷き部屋を見渡す。


常之巻鍵…有の証明…有…

有ってなんだ…?

わからない…わからないからこそ、迂闊に行動を起こせない…


何故行動を起こせない…?


決まっている…もし生き返る時になにか支障があったらまずいじゃないか…


誰が生き返るって…?


そんなの決まっているじゃないか…




えっ…?

いや、違う。僕は生き返る気なんて毛頭ない。そう、僕はもう人生に飽きたんだ…


心にそう言い聞かせる。


ー…ねぇ、たっくん…?』


不意な呼びかけでふと我に帰る。


『何…?なっちゃん。』

『なんか怖い顔してたよ…?』


少年は苦笑いで誤魔化す。


やっぱりか…でも…


『さっきの死神さんの話だけどさ…』

那月はゆっくり口を開く

『きっと二人で帰れる方法があるはずだよ!』

気丈に語るその口ぶりは、少年を気遣っていることが明確だった。

『うん…うん…』

少年はそう繰り返すことしかできなかった。

『きっと何処かに…!』

少女の目は光を失っていない。

本当にどこにこんな元気が…


『残念ながら、その可能性は低いな…』


突如部屋の中で響く声。


『何故かって…?答えは簡単、それが真理だからさ。』

気がつくとベッドに腰掛けている那月の真横にもう一人の人物が腰掛けていた。

全身青尽くめの青年。左目に単眼鏡を掛けた、少年たちよりも少し背の高い青年がそこに腰掛けていた。

二人の呆然とした姿をみて

『いや、申し訳ない。脅かすつもりはなかったのだけど…』

と青年は渋々笑う。


『あなたが、ドットーレさんですか…?』

『いかにも。』

『じゃあ、さっき言ってたことって…』

少年が尋ねる。

『さっき?あぁ、さっきの…可能性は低いと思うよ。一つの事象で、一つの対価で一つの犠牲で複数の答を見出せるのなら、これほど素晴らしいことはないだろう…けど万物の事象は原則、等価交換で廻っている。それが等価かどうかは置いておいて…』

『つまり、一つの世界を調整するのだから生き返れるのも一人だけと…?』

『詰まる所そうだね~…。まぁ、裏を返せば君たち一人一人の命の価値は廻る世界一つに等しいという訳だ!』

『馬鹿げてる…』

少年は怒りを堪えながら言う。

『あぁ、馬鹿げてるとも。』

ドットーレは嘲笑を含んだ笑みで返す。

『君らは偶然同じ年の同じ日、同じ時刻に死んだんだ。これがどういう意味かわかるかい?今までよく番号が重なったことがあるだろう?学校のクラスなりなんなり、それは君らが限りなく一に近いんだ。言ってしまえば運命共同体かな…?複雑怪奇な運命の筋道の網目のその先端までも限りなく二人は類似している。そしてどの道筋を辿るかさえも…』

ドットーレは続ける。

『本来はこんなこと有り得ない。けど、有り得てしまった。だから君らを呼んだんだ、彼は。本来は神が管理するはずのことだが、数年前から彼も忙しい…だから僕らに君らを任せた訳だ。』

『神って…死神さんのことですか…?』

那月は尋ねる。

『死神…?あぁ、そうか君ら彼と話したのか…それじゃあ、ややこしく感じるだろうな。いいかい?僕がさっきから言ってる神は死神とは別人だ。(もっと)も、死神と名乗る彼は本当は神ですらないしね…』

『死神は神じゃないんですか…?』

『あぁ、神じゃないよ?役者(キャスト)の一人だ。僕が医者(ドットーレ)と言う役者であるように、彼もまた、死神と言う役者だ。』

そう言うとドットーレは静かに立ち上がり言う。

『物語で言えばまどろっこしい解説。起承転結の承にあたるだろうさ。これから先”転結”を物語は迎えるわけだが役者はまだ出揃ってないだろ?』

『役者…?』

少年は尋ねる。

『役者は全て出さなきゃ喜劇として三流だ、

そんな演劇ハッピーエンドで終わるはずがないじゃないか。商人(パンタローネ)医者(ドットーレ)小悪党(ブリゲッラ)(メッチェン)軍人(カピターノ)、そして死神…役者はまだ出し切ってないだろ?これは即興演劇(コンメディア デッラルテ)!舞台は戯流弍咼(ゲルニカ)!設定は星めぐりの祭りの夜!そして最も栄えある主人公は…君達だ!』


窓の外は唐紅の空

赤黒い陽の光が窓から差し込む

それが血液みたいに部屋に流れ込み

少ない灯りで照らされていた部屋を赤く染める。


『夕間暮か…君達これからの道のりは気をつけるんだよ、巻鍵が光を放つ。光には羽虫が寄ってくるものだから…』

青年は語る。

『パンタローネさんからも聞きました。光ってなんなんですか…?それに羽虫って…』

『パンタローネは左廻りの時計を持っている。あれは時間を巻き戻すものだ。まぁ、使うことなどまずないだろうけどな。彼は時を司る者だ。僕が抹消であるように、役者は皆、この世界の重要な歯車の一つだ。カピターノは力、ブリゲッラは感情…っと各々が重要な役割を持っている。パンタローネがその気になれば時を巻き戻す事も出来るし、カピターノがその気になれば空間や時すら捩じ曲げる力を使うことも出来る。』

二人は声も出なかった。

『スケールが違いすぎる!って顔してるね。まぁ、その意見には賛同しよう。はっきり言ってすぐに飲み込めるような話しじゃない。あぁ、話を戻そう。』

ドットーレは続ける。

『常之巻鍵は、調整を司るものだ。それが唯一、人に与えられなかった規律の概念。何故だかわかるかい?』

『公平を期す為…?』

少年が答える。

『まぁ、八割がた正解ってとこかな…この調整の概念は人にしか扱えないんだ。ここにいる亡者(ぼくら)のような半端者なんかじゃなくてね…』


カタカタと窓が小刻みに震えだす。

一つじゃない、建物中の窓がだ。

震えは段々大きくなり、そして…

割砕音と共に無数の黒い影が部屋に押し入って来た。

(もや)が彼らに(まと)わりつく。


『やれやれ…』

ドットーレは少年達手を(かざ)すと

『汝らが証明を一時的に否定する。』

そう呟き一瞬、閃光が(ほとばし)る。

目を開けると先ほどまでいた無数の黒い影が消え失せていた。

何があったか知る由もないが、

取り敢えず助かった。助けられたのだ。

『ありがとうございます…』

少年が言うと

『ななな…なんなんですか⁉︎今の…!』

と那月は尻餅をついたまま尋ねる。

『言っただろ?羽虫が寄ってくるって。あれさ、亡者の成れの果て、ブードゥーの屍人喰(ゾンビ)に近いものはあるが人は食わん。だが、夜を好み、頭は獣以下、力だけ一丁前といった具合に奴らに類似する点は幾つもある。捕まるなよ~、捕まったら最後、君らアレの仲間入りさね。』

『ドットーレさんは今どうやって奴らを追っ払ったんですか?』

那月が尋ねると

『簡単さ、君らの証明を不在にしたのさ、巻鍵もね。言ったろ?僕は抹消を司ってるって、だから君達の存在を5分だけ抹消したんだ。今君らが見えるのは君らと僕だけ、だからあいつらは去った。それだけの話さ。』

ドットーレは嬉々として語る。

『でもあと2分も経たないうちに解けるから早くこの場を去った方がいい。また奴らが戻ってくるだろうしね。さっ、二人とも、活路は開けたぜ、後は君ら達次第だ、good(よき) journey(たびを)!』



二人はドットーレに礼を言うと


駆け出し、宵闇の街の中に消えていった。











星めぐりの祭りは、その夜限りの奇蹟。

天翔る黄道の星々が、トレミーの使者が一堂に会する奇跡の夜。

大蠍とオリオンもこの日だけは酒を酌み交わし、夏と冬の大三角形が宙に浮かび上がる。

第四次幻想の宙に傅き廻る無名のイデアをバルゴは優しく掬い上げ、手に持つ天秤で業を計る。

際限なく広がる宙には那由多と輝く星の海。

千紫万紅の宙の下、彼は元気だろうか…








ーカピターノは大いに戦闘を愉しむー



夕闇の街を疾る少年少女。

街は祭りの様相で彩られており屋台の活気が何処か懐かしい。

しかし、そんな余韻に浸る暇もなく少女達は疾る。

後を追うのは亡者達の成れの果て

少年達は人目を避けるように路地裏を駆ける。

庭先のアサガオが夕闇に染まり何処か悲しい。

どれほど走っただろうか…

ドットーレの診察所を出てすぐ駆け出したが

今はもう真後ろまで迫っている。

街角を利用して凌いでいたが、少年達の体力は限界に近づいていた。

息を切らしながらも那月の目は死んではなかった。

『たっくん!』

『何…⁉︎』

少年も息をきらしながら返答する

『どうする⁉︎』

『どうするって言ったって…走るしか…!』

『…⁉︎』

那月が靄に掴まれた。

急いで駆け戻るが、靄はもう目の前まで迫っている。

万事休す。そう思い彼女を庇う。

『くそぉぉぉぉ…!』

少年は叫ぶがその声は祭りの賑わいに掻き消される。


『風情がないな、魍魎(ゴミ)ども。』

突如背後から男の声がする。

『閣下の前を…なんと不粋な…』

今度は若い女性の声だ。

『我輩の食事の邪魔をするとはいい度胸だ…』

冷たく力強い声。

男は三足で駆け寄り靄に向け数発発砲すると二人を抱え牽制をしながら後退する。

『た…助かりました…』

少年が言うと

『ふむ、たまたま通りかかったのだ、運が良かったな若人(わこうど)(ども)。』

男は悠然と語る。

『しかし、我々が首を突っ込むような事ではないと思うのですが…』

男の横で少女が諭すが

『メッチェン、我輩は今、空腹以前に立腹だ。これを始末してから食事にしよう…』

男の声には多少の私怨も含まれているようだ。

『わかりました…。』

メッチェンと呼ばれた少女はそう答える。

『貴方が…カピターノさんですか…?』

那月は男に尋ねる。

『無論だ。貴君らは旅人か、災難だな。』

カピターノは皮肉を込めた口調で言う。

『お願いします…!あいつらを倒して下さい!』

少年はカピターノに懇願した。

『ほぉ、我輩を顎で使うか…若人よ。いいだろう、売られた喧嘩は買わねば負けだ。負け戦は軍人の恥!』


卿等(けいら)が受難、我が覇道の中にあり。』

そう叫ぶと振り返り黒靄の集団に向かってこう名乗る。

『遠からん者は音に聞け!近くば寄ってその双眸を見開き目にも見よ!我こそはカピターノ、絶対不変の人道を踏破する者なり!我が前に立つものこれ全て障害と見做(みな)(ほふ)る!』

気がつくとカピターノの周りには道に溢れんばかりの兵が隊列を組んでいる。

『千思万考、先軍万馬の軍勢。有象無象を淘汰する大隊よ、徒党を組み高らかに軍靴を鳴らせ!哀れな屍人共(かばねども)に鉄裁を下してやれ!』

雄叫と共に兵士は銃を構え引き金に指をかける。

三千世界(せんじょう)を淘汰せよ、烈火八銃奏(カイン)!』

凄まじい轟音と爆風、硝煙と煙で視界がぼやけ、気がつくと目の前では全てが終わっていた。

『やりすぎです…』

カピターノの隣で少女がボヤく。

『我輩の前に立つ方が悪い。』

カピターノは土煙のなか塵芥(ちりあくた)と化した屍人達を見ながら言う。

『貴君ら、ワルプルギスの庭に行くのだとな?この路地を山沿いに駆け上がれ。石柱(メンヒル)の聳え立つ小高い丘は魔女の墓場。別名ワルプルギスの庭だ。』

そう言うと山の方向を指差し教えてくれた。

『ありがとございます!カピターノさん!』

那月は頭を下げる。

『我輩はブリゲッラを締め上げてくる。あの魍魎共を飛ばしていたのは恐らく奴だろう。でわ、我々は行くとしよう。貴君ら旅路が良きことを願って。』


そう言うとカピターノは祭灯の中に溶けて行った。









ー八月の死神ー



祭灯の巴に暖を求めることはないだろう。

その篝火(かがりび)は虚栄なのだから。


『ねぇ、聞いていい?』

那月は立ち止まって尋ねる。

『何…?』

『さっき私が捕まった時、助けに来てくれたじゃん…?』

『うん。』

『どうして…?』

『どうしてって…、言ったじゃん?一緒に帰ろうって。』

『ぇっ…。うん、そうだったね…』

彼女の笑顔が悲しく映える。


石柱(メンヒル)(もり)を抜けると死神は立っていた。


『やぁ、待ってたよ。』

死神はシニカルに語る。

『常之巻鍵は…持ってるね…?』

少年は静かに頷く。

『ではさっさと始めようか…』

死神はゆっくりと近づいてくる。

『一つ、聞いていいですか…?』

少年は尋ねる。

『ん…?なんだい?』

『”貴方達”は誰なんですか…?』

『えっ…?』

死神の動きが止まる。

『何言ってるの?たっくん!死神さんは一人じゃない!』

『そう思ってた、そう思ってたけど、やっぱり釈然としない。ドットーレの話を聞いてて思ったんだ、あの時彼の説明で除外されてた役者、名を呼ばれなかった役者は二人…アルレさんとザンニだ…!彼らも何かしらの役割があるはずだ…けどドットーレは敢えてそれを明かさなかった。それはつまり、物語の佳境でしか明かしてはいけないものだからじゃないのか?そうおもったんだ!つまり、貴方はザンニかアルレさんの何方かだ…!』

そう叫び死神を指差す。

『ははは、強引な推理だな~、ほぼ当てずっぽうみたいなもんじゃないか…でも何がすごいかって…』

死神は面をゆっくりと外す。

『その推理が大当たりだってことなんだよね…』

外れた面の奥でアルレは静かに微笑んでいた。

『アルレさん⁉︎』

那月は驚きを隠せないようだ。

『じゃあ、改めて自己紹介。僕はアルレッキーノ道化師(ピエロ)だ。』

『ザンニっす!本当の名前はメッツェティーノっす!お二方!よくここまで辿り着けましたね!』アルレのコートの中からザンニ…ではなく、メッツェがひょこっと顔を出す。


『僕らふたりは物語の進行役さ、初めに僕がこの世界の大まかな説明をして、死神役として君達を急かせる。そして、メッツェにドットーレとカピターノの元へ行けと催促させれば布石は万全。後は役者達が即興でここまで導いてくれる。それが即興演劇(コンメディア デッラルテ)の醍醐味だからね!』

アルレが楽しそうに語る。

『さっ、物語は最終章(フィナーレ)だ。ハッピーエンドであれ、バッドエンドであれ、この物語を終わらせなきゃね。』

アルレは手を翳すと宙の星々が徐々明るくなって行く。大小様々な石柱が光を吸収し各々光り出す。

『さぁ、奇蹟の始まりだ…!』

アルレは少年達を手招きし丘の頂上まで連れてくると。

パチンと指を鳴らし、呪文を唱える。

すると少年達の足元に巨大な魔法陣が現れた。

『さぁ、来いっ!』

アルレが叫ぶと石柱を支点として光の扉が現れ、中から巨大な蒸気機関のような機械が出てきた。

『これが、世界というものを形容した状態だ。』

無数の歯車で拵えられたそれは

ゆっくりと、だが確実に動いている。

『錆び、綻びで生じる無数のズレ…それが様々な悪影響を世界に及ぼす。だから数百年に一度リセットさせてるんだ。』

アルレの口調はどこか哀しげだった。


『さぁ、少年少女!この物語に終止符を!この巻鍵を廻し込めば戻れる。あの七月二十日に…』


二人は巨大な機械に近づき、中心の穴に巻鍵を廻し込む。

刹那、目も開けられない程凄まじい光が二人を包む。


薄れてゆく意識の中、微かに聞こえた。


悲しい役者の声




『二人とも、すまなかった…。


ありがとうーーー。』


























目を覚ますと既に時計は正午を廻っていた。


汗と畳と蚊取り線香の匂い。


庭先を疾るカゲロウと蝉時雨の夢幻奏。


照りつける炎天の宙は正に向夏の譚。


少年はゆっくりと起きあがった。




おしまいーー



最後までご愛読ありがとうございます!

良ければマイリスコメントお待ちしております…!

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