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靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで  作者: 実里晶
靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで
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第61話 父と子 《中》

 ロジエとミリヤが向かったのは、かつて冒険者ギルドの長となった者が代々使っていた屋敷の跡地だった。無駄に大きいため、維持費がギルドの負担になるという理由から家屋は潰してしまい、存在しない。

 その跡地を何に使うかはいろいろと意見が出たのだが、結局、まとまらずに鬱蒼とした木々の茂るただの空き地になってしまっていた。


「迷宮洞窟が近すぎて、街の外に飼育舎をつくるのは危険なので……場所はここしか考えられないでしょう。まずは生い茂った草木と瓦礫の除去、木こりの真似をしないといけませんね」


 本当に、なにもかも自分の手でやるつもりなのだ。土地を使用する許可すらとってないのではないだろうか、とミリヤは勘繰ったが、訊ねる勇気は無かった。


「ロジエ……私は調査でけっこういろんなところに行くけど、あなた、体力に自信あるの?」


 ロジエははじめて苦りきった顔で、幻の力こぶを作ってみせた。


「……あれ、おかしいな」


 空き地に近づくにつれて、ロジエは眉間にできた皺を深くしていった。それは作業の不安ではなく、別のところに原因があった。

 なぜか、下見に来たときに空き地に鬱蒼と茂っていたはずの雑草や木々が見当たらないのだ。

 記憶と等しいのは、中庭だったところにまっすぐに伸びた杉の巨木だけである。

 その根元に輝くものが突き刺さっていた。


「これは……」とロジエは難しい顔で呟いた。


「何なの?」


 ミリヤの瞳には、それは大きな斧に見える。

 ただ握り手や刃には派手な装飾が施され、持ち手には黄色の宝玉が輝いていた。


「《破断するものシュヴェアトヴァル》」とロジエが呟く。「精霊魔術によって魔法効果付加(エンチャント)することを前提につくられた銘入り戦斧ですよ」

「そうじゃなくて、そんなものがなんでここにあるのかってこと」

「ああ、これは……死んだ父親が使っていた戦斧なんです。つまり、これはぼくに対する挑戦状、ということでしょう。師匠連からの」


 ロジエはその柄に触れて、複雑そうな表情を浮かべた。



*****



 戦士カルヴスは、ロジエの父親でありマジョアの息子である。

 優秀な戦士で、戦斧の使い手として、先代戦士ギルド長として名を馳せた。亡くなるまでは、マジョアの後継者であることを誰もが信じて疑わなかった、そんな人物だ。

 木の幹に突き刺さったままの斧を、何とか力任せに引き抜いたロジエは、一心不乱にその刃を叩きつけはじめた。

 幹に戦士ギルドで保管されているはずのカルヴスの斧が刺さっていたのは、もちろん偶然ではない。

 冒険者ギルドは実力至上主義、といえば聞こえはまだいいが、要するに力こそすべて、という非常に単純な理論で動く組織だった。

 だからこそロジエのように力も弱く魔法も使えない者に居場所はない。

 ましてや、冒険者たちの中でも頭ひとつ飛びぬけて優秀な師匠連に意見するようなことは、あってはならないことなのだ。

 もしもそうしたいなら、自分の力を示してみせよ――これはそういう挑戦だ、と受け取ったロジエは、ひとりで斧を振ることを選んだのだ。

 だが、太い幹は大人が手を回しても一抱え以上はある。

 おまけに運動が大の苦手なた彼らしく、戦斧を持ち上げるだけで精いっぱいの様子だった。幹に打ちつける動作はぎこちなくて、見当違いなところに刃がすべり無意味な木片を散らすこともしばしば……ミリヤは額から汗をたらし、辛そうな息を吐くロジエをしばらく見守っていたが、何度目かの休憩で堪らずに口を挟んだ。

 

「それ、魔法の武器なんでしょ? もしかしたら、宝玉に魔力が残ってるかもしれない。そしたら、こんな木くらい吹き飛ばせるかも」

「それは――だめなんです。呪文を知らないから」


 ロジエは溜息を吐いた。精霊魔術は術者によって呪文が異なる。それはその力をこめた武器も同じことで、本領を発揮するには正しい呪文を知らなければいけない。

 だがカルヴスと冒険に行くことは無かったロジエには、その呪文がわからない。

 そうこうしているうちに、空き地に人が集まって来た。

 最初は、物音を聞きつけたおかみさんたちだった。


「あらあ、あれはロジエ坊ちゃんじゃない?」


 彼女らはオリヴィニスに住む主婦で、夫は街でなにかしらの商売をしたり、あるいは冒険者であったりする者たちだった。

 へっぴり腰で慣れない木こり仕事をしているロジエを不思議がり、ミリヤに事情を聞くと、そのひとりが怒ったような声を上げた。


「そんな嫌味な真似をする恥知らずはどこのどいつかしら! 冒険者の風上にもおけないね。カルヴスさんと坊ちゃんの世話にならなかった冒険者なんて、この町にいやしないってのに!」


 主婦たちと話していると、今度は杖を突いた老人がやって来た。


「坊ちゃんが何か建てると聞いたぞ。どれ、設計図はあるかい」


 ミリヤは事前に考えていた素案を出してみせた。

 老人はメガネを近づけたり、遠ざけたりしながらしばらく図面とにらめっこをしていた。


「ほうほう、こりゃあ……てっきり厩舎のようなもんだと思っとったが、それだけじゃないんだな」

「はい、ゆくゆくは、小型の竜種もお世話できるようにしたいんです」


 老人はメガネの奥で黒い瞳を丸くすると、表情を綻ばせた。


「坊ちゃんが考えそうなことだのう。それじゃ、これじゃダメだな。おい、ひとっ走り行って倅を呼んで来なさい。大工仲間にもひとしきり声をかけて来な!」


 てっきり孫だろうと思っていた付き添いの少年が、「はい、親方」と元気な返事をして走っていく。それからは目まぐるしかった。次々に老人の仕事仲間だという男たちが現れて、机や墨を運び込み、もっと詳細な図面を引き始めたのだ。

 次に現れたのは息せき切って走ってきた商人で、資金を無利子で貸し付けてくれると言い出した。

 ミリヤが戸惑い対応に追われているうちに、どこかから空き地に木材が次々に運び込まれていく。

 見物人の数も増え、気がつくと娼館の女の子たちも空き地にやってきて、木こりの真似事を続けるロジエに声援を送っていた。

 女も子供も、老人も。空き地をずらりと囲んで、暗くなったときのための明かりまで用意されている。


「どうしてこんなに人がたくさん集まってるの……?」


 ミリヤが首を傾げると、隣にいた商人ふうの男が笑った。


「ここにいるみんな、ロジエ坊ちゃんにお世話になっているんですよ」


 ほら、と最初のおかみさんたちを指で示す。


「あそこにいる方々は、みんな亭主が冒険者なんですよ。昔、坊ちゃんがギルドと交渉して、彼女たちが少額の融資を受けられる制度をつくったんです。冒険者稼業は危険がつきものですからね」


 そのお金を元手に、夫に何があっても路頭に迷うことなく家畜を飼ったり、簡単な商売を始められるようになったのだという。今でもそれを感謝して、ロジエが何かはじめるたびに声をかけあい旦那や家族に声をかけてくれるようになったとか。


「我々も、ロジエ坊ちゃんにはずいぶん助けられました。数年前まで魔法道具の偽物や質の悪いものがずいぶん出回っていたのですが、魔術師ギルドに間に入ってくれるよう交渉してくれたのです」


 ミリヤは一生懸命に木を切り倒そうと奮闘するロジエを、今までとは違った目で見ていた。

 もちろん、ロジエ自身は冒険者でもなんでもない。勇気も腕力もない。

 でも、こんな目に遭っているということは、マジョアの孫であるという肩書もろくに役に立たなかったはずだ。むろんろくな報酬だってないのに、街のために働いている……ミリヤにとってはそれは不思議な光景であった。

 いつの間にか日が暮れはじめ、幹の切りこみはかなり深くなってきていた。


「あっ」


 野次馬たちが一斉に声を上げる。

 滑った斧がロジエの手を離れ、はるか後方の地面に突き刺さっていた。

 慣れない力仕事で、その両手には血が滲んでいた。

 体力も限界だ。

 ロジエは無言で幹の後ろに回ると、幹に向かって体当たりをし始めた。

 そんなことをしても無駄なのに、ロジエは見えない何かと戦っているかのように助走をつけて体ごとぶつかった後、幹に抱き付いたまま、じっと動かなくなった。


「…………死んだか?」


 誰かが呟く声が聞こえた。

 咄嗟に駆け寄ろうとしたミリヤだったが、彼女より先に進み出た若い男がいた。

 そばかすの浮かんだ人の良さそうな顔つきで、さっきまで街の風景にしっくりと馴染んで気にも留めなかったような人物だ。

 だが、よくみると両腕に赤銅色をした宝石つきの篭手をはめていた。ずいぶんと軽装だが、冒険者なのだろうか。


「みみずく亭のルビノだ。来てたのか……」


 そんな声が上がる。

 ロジエは疲れた顔で振り返った。


「待ってましたよ、ルビノくん。流石は僕の友達です」

「いつから友達になったんすか、いったい」


 ルビノは似合わない苦笑を浮かべた。

 そしてロジエの背後に回り、幹に両手を突く。

 そして地面に足を踏ん張り、幹を強く押し始めた。

 ロジエもまた、黙り、再び幹を押しはじめた。

 切りこみがみしみしと音を立て、枝葉が揺れる。

 ルビノは一旦体を離すと、拳をつくり、両の篭手を打ち合わせた。


「精霊よ!」


 宝玉が光り、闇の中で炎を放つ。

 呼吸を整えたあと、ルビノは大きな木に向けて地面を蹴った。

 どん、と腹の底を打つような激しい音がした。


「倒れるぞー!!」


 全身全霊の体当たりを受けて、杉の木は少しだけ沈黙したあと、ばきばきと音を立てて倒れはじめた。



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