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靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで  作者: 実里晶
靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで
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第37話 宿




 日の出前。

 静けさが夢の外から呼びかけてくる。

 窓の隙間から少しだけ太陽の光が室内に差し込んで、メルは目覚めた。

 きれいな敷布に、適度なかたさの虫の這っていない寝台。

 じめじめもしていなければ、隙間風がびゅうびゅう吹き込んでいるわけでもない。

 今まででいちばん最悪だったのは船旅のハンモックで、大しけの日にあたり、目覚めるといつも視界は揺れ、体の下で誰かが吐いていた。

 それにくらべれば、ここは天国。


 かもめ亭のいつもの部屋だった。


 足元にはきちんと揃えて置いたブーツ。

 枕のそばには短剣と大きな荷物。

 一応、必要なものばかりなのだが、冒険者にしては荷物を持っているほうだろう。どうしても宿に残しておきたくないものは、ルビノに押し付け……貸し出している。


 メルは毛布から這い出し、欠伸ひとつうかべて窓を開けに行った。


 大通りに面した窓からは、夏の間はむっとした人いきれが入り込むだけで不快だったが、今日は冷たい空気が流れこんでくる。


 相棒の灰色狼を連れて、宿からちょうど出て行く女性冒険者が手を振ってくる。


 弓の腕が衰えないよう練習に行くのだろう。

 狩人のアンナは最近オリヴィニスにやってきて、仲間を探してる。腕がよく賢い猟犬を連れた彼女を仲間に引き入れたい連中はいっぱいいるはずだ。


 他の連中も起き出してくる物音がする。


 隣の部屋の扉が極力小さな音で開く。

 思慮深いトワンは怪我からようやく復帰できた。切ってしまった指に違和感があるらしく、鍵開けが不安だと言っていた。


 下の階がやや騒がしい。


 目が覚めて眠るまで、ずっと喧嘩してるニーアとテレンはかもめ亭を出て高台のほうに部屋を探すつもりでいるらしい。

 いいところがないかと昨日聞かれた。

 どこでもいいけれど、喧嘩を止めてくれる人がいるところがいい。


 上の階の窓が同じように開き、溜息が降って来た。元傭兵のノックスはパーティを組んだものの、仲間たちに不安を抱えている。かつての傭兵仲間と生粋の冒険者ではどうも息が合わないらしい。

 最近では慢性的に頭痛がすると食堂でおかみさんに愚痴っていた。


 みんな腹ごしらえをして、仕事を探したり、出かけたりするのだろう。

 軽く体を動かしながら、メルは考える。


 さて、今日は何をしよう?


 冒険者暮らしのいいところは、なんでも自由にできるところだ。

 資金や能力といった制限はあるものの、どこに出かけても咎められることはない。


 もっと冷たい空気を追って北に行くのもいい、肌寒ければ南に行ってもいい、西でも東でもいい。何を見てもいいし、何をしてもいい。


 今日を生きて、明日死んでもいい。

 つま先から髪の毛の一本まで、すべてが自分のものだ。そういう自由がなければ生きていけないやつらが、冒険者の中には一定の数いる。

 いいことかどうかは、考えたことがない。


 窓からひんやりとした風が入ってくる。


「んー……」


 じっと考えた末、寝台にもぐりこんで毛布に包まった。


「今日は二度寝の日」


 小春日和のぽかぽかした日に昼寝をするのもいいが、少し肌寒いときに布団を山盛りにして眠るほうが気持ちいいのはなぜだろう。


 はやく起きたら、訓練がてらいくつかギルドに寄ってみよう。

 魔術師ギルドの図書室に行こう。

 あたらしく覚えておきたい呪文がある。

 それから、今日はみみずく亭に顔を出そう……。


 楽しい予定を組み立てながら、メルはすやすやと寝息を立て始めた。



     ~~~~~



「えっくし!」


 夜。

 みみずく亭のカウンターで、メルは何度目かのくしゃみをした。

 鼻水をすすり、顔も赤い。


「窓を開けたまま二度寝して風邪を引いた? 同情の余地なしっすね」


 ルビノはカウンター越しに呆れはてた表情を浮かべていた。



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