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靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで  作者: 実里晶
靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで
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第28話 品評会 《上》△

 冒険者ギルドに護衛の依頼が掲示された。


 キレスタールまでの行き帰りの護衛は、さほど珍しくもなく、難しい依頼でもなく、個人からの依頼ということもあって報酬が高いわけでもなかったが、掲示された直後に暁の星団のシビルがさらって行ってしまった。


 そういう何でもない話が冒険者たちの間に行きわたって、出発当日。

 シビルと依頼人だけが集まるはずの待ち合わせ場所は、騒然としていた。


「っつーかよ、何でこんなに集まっちゃったわけ?」


 暁の星団のリーダー、アトゥが言う。


「それはこっちの台詞なんだけど」とシビルが文句を言うと……。


「珍しくひとりで依頼に行くって聞いたからな。前衛が足りないだろうって、奉仕の心でついてきてやったんじゃないか」


 アトゥはそう、白々しくのたまう。

 依頼料の都合から、護衛の募集はひとりだけ、ということになっている。


「僕は、お世話になってるから」


 大きな荷物を地面に置き、その上に腰かけた少年、メルがのんびりとした口調で答える。


「仕入れっす……ついさっき、そこで師匠に捕まって、ここに連れてこられました」


 メルの弟子であり、みみずく亭の店主ルビノが隣で困ったような笑みを浮かべている。本当に仕入れのつもりだったのだろう。


「そもそも、依頼人。私が同行するのであれば、わざわざ護衛を雇う必要はなかったのでは?」


 戦士団のヴァローナが冷静に言い、そもそもの依頼者である少女――仕立て屋のシマハはハッとした表情を浮かべて固まった。


 少女のうっかりと、その他大勢のお節介とでいずれ劣らぬ有名冒険者が往来に大集合してしまい、周囲の人々の視線が段々と痛くなってくる。


「集まっちまったもんは仕方ないが、帰り道にひとつキツイ仕事でも入れてくればよかったな」


 アトゥの冗談は、さほど冗談ともいえなかった。



     ~~~~~



 オリヴィニスは、町の東西を大国に挟まれた自治都市である。


 歴史上、東のヴェルミリオンにも西のコルンフォリ王国にも取り込まれたことはない。二国の関係は悪く、全面戦争を避けるために白金渓谷の竜の名のもとにオリヴィニスを含む一帯を緩衝地帯としているのだった。


 もちろん吹けば飛ぶような暗黙の了解であり、長い歴史の間にオリヴィニスが一度もちょっかいを受けなかったかというと嘘になるが、それはともかくキレスタールはオリヴィニスの西側にある平野部を抜けた先にあるコルンフォリ第二の都市だ。


 近郊では最も華やかな都市のひとつで、文化と工芸の町であり、服飾の専門学校がある。ここを優秀な成績で卒業すれば、王族が身につける衣装に針を入れることも夢ではない、という由緒ただしい学校だ。


 ここの女校長がオリヴィニスに立ち寄った際、土産話にでもするつもりだったのか町の何でもない仕立て屋を覗いていった。

 そこで彼女はシマハの仕事にいたく感心し、年に一度開催される品評会に出品してみないかと誘ったのである。


 キレスタールまでの道のりは、馬車を使って三日ほど。

 予算の都合上、宿には泊まれない。

 キレスタールでの滞在費がかさむからだ。


「ごめんなさい、皆さん、付き合わせてしまって……」


 野営の準備を手早く整えて行く冒険者たちに、シマハが申し訳なさそうに謝る。


「大丈夫よ、野宿のほうが輝くタイプがひとり混じってるから」


 シビルが指差した方向に目をやると、仕留めた兎を二匹提げて、意気揚々とメルメル師匠が戻って来る。

 一点の曇りのない笑顔で獲物を差し出されルビノが渋々といった調子で捌きはじめた。その隣ではヴァローナが水を調達し、アトゥが簡単に石を積んで竈に火を入れている。


 メルが来たのは純粋に好意からだが、ルビノを巻き込んだのは調理員としてと、オマケに荷馬車が付いて来るからだろう。


「それより、品評会の準備のほうは大丈夫なの?」


 シマハは緊張し、強張った面持ちで頷いた。


「はい。ヴァローナさんとも相談して……彼女のために作った服の一着を出品するつもりです。新しいドレスを仕立てている時間はないし、あれが一番、私の気持ちがこもった服ですから……」

「ほうほう。あの堅物のヴァローナが、まさか、モデルまでつとめるとはね」


 シビルの視線を浴び、離れたところで馬の世話をする手をとめて真っ赤になった女騎士が振り返る。意外と地獄耳だ。


「頼まれたら断れない性格だと知っているだろう!」

「そういうことにしといてあげる~」

 

 ふたりのやり取りを見ながら、シマハがくすくすと笑っていた。


「緊張がとれてよかったわ」

「ありがとうございます。……よく考えたら、私、冒険者の皆さんがお仕事をしているところ、間近で見るのははじめてです」

「ん~、これって、仕事っていうのかしらね~」


 持ち込んだ野菜と処理した兎肉の炊き込みご飯をたっぷり腹におさめ、満天の星空を眺めつつ、テントで眠る。行く先は魔物が出る恐ろしい迷宮でも未踏の新天地でもなく、ほとんど観光の都会見物である。


 人数が増えて、見張りを代わりながら眠れるので野営も楽だった。

 妙なはじまり方をしたが、シビルの目からみても旅は順調だった。

 ただ……。


「このまますんなり終わるといいけどね」


 食後のお茶を飲みながら、メルがそう呟いたことを、シビルは知らなかった。


 

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