第18話 エルフの里
メルは岩の上に腰かけて、ぼんやりと空を仰いでいた。
森の切れ間に広がる青空のキャンバスの上を、風に吹かれた白い雲が伸びていく。
ルビノも隣に腰かけ、ごそごそと荷物を整理したり落ちつかない様子だ。
彼らの隣では、長い耳をしたエルフの若者ふたりが何事かを話し合っている。
「そもそも私は小人族が訪ねてきたときいたのだが?」
「ちがうちがう、あれはただの人間の子供だ」
「人間の子供がどうしてここにいる? あれは親子なのか? 似てないな」
「だから。オリヴィニスという街から来た冒険者なんだって」
「冒険者? ああ、あの魔物とか狩ってるやつらか」
彼らの足元にはここがエルフの隠れ里であることを示す目印の岩と草冠が置いてあった。
入口は丹念に魔術によって隠されていて、里のようすは見えない。
ギルドの依頼をこなした帰り道、いつもは迂回するはずの森を横切ろうとしたふたりは、この隠れ里をみつけた。
依頼に思ったよりも時間がかかったせいもあり、ここを横切れたら野宿せずに済む……という打算が二人の頭に同時に過った。
「お客人、すまないが今は里の長老たちが出かけていてな。君らを入れてもかまわないかどうか私たちだけでは判断がつかない。しばらくそこで待っていてくれ。年上の者を連れてくるから」
二人が蔦のカーテンをかき分けて行ってしまうと、森の静寂が戻って来る。
やがて、彼らよりも少し年かさのエルフが顔を出した。
ルビノよりも一回り年上くらいに見えるが、実際はもっと年をとっているはずだ。
エルフは森に棲む長命な種族で、どちらかというと雰囲気は妖精たちに近い。
オリヴィニスにもごく少数なら弓や魔術の得意な者がいるが、冒険者としての彼らと里に住むの者たちは印象が異なっているように思えた。
「彼らがその冒険者か? 人間だと聞いていたがな……」
「いや、だから小人族ではなく……」
彼らは再び、長老たちがいない里に部外者を入れる是非について三人で話し合いはじめた。
知的な種族だと聞いている。
長命さも相まって、こういうことはとことん議論をしつくさないと気が済まないのかもしれない。それとも、こうした森で部外者を排除して隠れ住んでいるのだから、掟が厳しいだけかもしれない。
ルビノとしては、ここまで来たなら美人揃いと聞くエルフの女たちに会ってみたい……という下世話な欲求に突き動かされているため、せかして気を悪くさせるのも具合が悪い。
「ふたりとも、悪いがもうしばらく待っていたまえ」
結局、彼らでは結論が出なかったのか、また里に戻っていく。
靴についた埃を払いながら、ルビノは男たちですら細面で女の服を着せても違和感の無さそうな顔立ちをしているのだから、女ならもっと……と想像を逞しくして無為な時間を過ごした。
次に現れたのは、エルフの老人だった。
「ほっほっほ、そうかえそうかえ、キレスタールからはるばるここまで……」
「じいさん、オリヴィニスだ」
「お……?」
「新興の街だよ。お、り、ヴぃ、に、す!」
「こりゃだめだ……」
若者たちに説明されても、老人はなんだか納得し難いといった表情をしている。
どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。
「すまんのう、話のわかる者を連れてくるから待っておれ……」
そうしている間にも日は確実に沈んでいく。
こうなってくるともう野宿の覚悟をしたほうがよさそうだ。
ちらりと隣を見ると、メルはずっと変わらない姿勢で空を見上げていた。
「メルメル師匠……ぜったい、面白がってるでしょう……」
メルは答えず、唇を微笑みの形に結んでみせた。