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靴を履いて旅に出て、鞄に荷物を詰め込んで  作者: 実里晶
《死者の檻の冒険者》編
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第125話 語り部の里《上》




 フギンは足元を滔々と流れる大河を見下ろしていた。

 それは悠然たる水の流れと呼べるほど優雅なものではなく、どこからか流されてきた大量の灌木や岩が泥水によって押し流される、地獄のような光景だった。

 もしも水泳に興じたなら、一瞬ですり潰されたミンチ肉になってしまうに違いない。

 手持ちの地図上には、このあたりはアコニ渓谷と記されている。

 渓谷と呼ばれてはいるが、鉱山の影響によって水源が枯れ、普段は水の流れのない大地の亀裂があるだけの場所だ。

 しかし、たった一日の大雨で荒れ果てた風景は全く姿を変え、絶望的なまでに荒れ狂っていた。

 その勢いは、ここにあったはずの橋を跡形もなく押し流してしまうほどだ。


「…………完全に俺のせいだ。すまない」


 先に進む道を完全に失い、フギンはがっくりと肩を落とす。

 アーカンシエルを旅立ってすでに三日が経過していた。

 石ころばかりの荒れた山道を歩き続け、二日目の夜になって雨の気配を感じた一行は、手ごろな洞窟を見つけて避難した。そして降り続いた雨がやっと上がったと思ったら、これだ。

 目的地の村までは、橋さえ越えられれば一日もかからない距離だった。

 それが突然の《幻の大河》の出現である。

 平時であれば大地の神秘に心震えたかもしれないが、悠長なことを言っている場合ではない。


「謝ることではないけど、こうなったら急いでアーカンシエルまで取って返すのがいいと思う」


 マテルがそう、真っ先に提案した。

 いつもならばヴィルヘルミナやフギンの意見を聞いてから、と判断を譲ることの多いマテルだが、迷ってはいられないと思ったのだろう。


「何しろ、今、僕らには食料がないからね……」


 フギンはさらに深い溜息を吐いた。

 アーカンシエルを出たとき、当然ながら三人は十分な食糧を持っていた。


「あのとき、フギンが《雨で憂鬱だから贅沢に食料を使ってしまおう》などと言うからだぞ!」


 ヴィルヘルミナの言葉に、フギンが力無く言い返す。


「それは、食料の大半が生鮮食品だったからだ」


 冒険者の荷物に入る食料はというと、干し肉や干し果物などの乾物、日持ちする保存食がほとんどだ。

 だが、今回は、事情があってその大半が生ものだった。

 アーカンシエルを出る直前、マテルが岩雪崩から救った件の若者とその家族が食料を山ほど持たせてくれたのだった。

 断らなかったフギンたちも悪いのだが、水気を多く含んだ食品は重たくかさばり、荷物に入れられる保存食糧は少なくなってしまう。


「ほかに橋があるかどうか足で探すには情報も装備も心もとない。戻るのがいちばんだよ」

「異論はない。もともと、これは余計な旅だったしな」


 三人はとぼとぼと来た道を戻りはじめた。


 そして、道に迷った。





 フギンがアーカンシエルの雑踏に淡い紫色の、草木染のローブ姿を見たのは、マテルの回復を待つ間のことだった。

 人通りが多く、それでていて窮屈な路地で、人影はあっという間に人混みに飲まれて見えなくなった。

 ちょうどその晩、そして街を出立する前日、フギンはマテルとヴィルヘルミナに「語り部の里を探そう」と提案した。

 オリヴィニスに向かうなら、来た道をもどって南下し、街道に戻るのが安全だ。

 当然フギンは南下を提案するだろうとみていたマテルとヴィルヘルミナは、彼が口にした不思議な単語に首をひねった。


「語り部の里?」


 フギンはまじめにうなずいた。


「昔、アーカンシエルの近くに、語り部たちが集まる隠れ里があると聞いたことがある。今日、通りで語り部の姿をみつけたんだ」

「へえ、めずらしいね。最近、ザフィリのほうじゃあまり姿を見かけなかったけれど」


 語り部とは吟遊詩人と似たような職業で、村や町を訪れては昔語りなどをして日銭を稼ぐ人々のことを指す。

 吟遊詩人たちと違うのは、彼らは語ることよりもその土地ならではの伝説や、不思議な出来事などの話を《集める》のが生業だというところだ。

 語り部たちの拠点には、彼らが長年に渡って集めてきた知恵が納められている。

 もしかしたら、その中には、不死であるフギンの情報もあるかもしれない。

 だが、そこまで話して、マテルとフギンはヴィルヘルミナにまだ旅の目的を明かしていないことに気がついた。


「ということは、オリヴィニスにはまだしばらく向かわないということか? 賛成だぞ! フギンにしては実にいい案だな!」

「実はフギンのおじさんが語り部をしていてね。最近なかなか連絡がとれなくて、旅のついでに消息を知りたいと話してたんだ……って、え?」


 何故か明るい表情で寄り道に賛成するヴィルヘルミナと、適当なウソでごまかそうとしたマテルの微妙な声音が重なる。

 フギンは眉をしかめた。


「ヴィルヘルミナ、お前はオリヴィニスに帰る途中で、たまたま目的地が一緒だから同行してるだけのはずじゃないのか」

「へ!? あ、いや、なんでもない。ふむふむ、親戚の方と連絡が取れないと。それは心配だなあ、実に心配だ!」

「なんなんだ、そのわざとらしい取り繕い方は」

「なんでもないったらなんでもないのだ! げふんげふんげふん!!」


 わざとらしい咳払いが、というより、何もかもが怪しい。怪しいが、あまりにも唐突に怪しいのでツッコミの仕様がない。

 経験上、ヴィルヘルミナが怪しい挙動をしている場合、放っておくと後から大変な目に遭うとわかってはいるのだが、フギンたちも後ろめたい事情があるので何も言えない。


 三人組はそういうぎこちなさを抱えながらアーカンシエルを旅立った。


 だから道を失ったというわけではないのだが、まったく思いもよらないことに、彼らは立ち枯れた木々が地面を覆う不気味な森に辿り着いたのだった。



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