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短編集

次元の地平線

作者: よぎそーと

「やった……」

 涙があふれそうになる。

 目の前には、予想通りの世界がひろがっていた。

 ワイヤーフレームの地平線と空。

 どこまでも続く無限の広がりを感じさせる地上と、四角く区切られた天井のような空が彼の前に拡がっている。

 重力というか上下の感覚はあるが地面に足をつけてるわけではない。

 浮遊してる感覚が全身を包んでいる。

 現実にはありえない世界。

 そこに彼は来ていた。

「ここが……」

 臨んでいた世界である。

 いつか境界を越えてたどり着こうと。

 その願いは果たされた。

「ここが……」

 漂うきらめきが周囲を明るく照らす。

 それらがこの世界に漂う存在なのだろう。

 明確な形を伴うほどの密度でもないから、光り輝く小さな物体としてあらわれている。

 全てが今までいた世界と違っていた。



「ここが、二次元……」



 脳と神経を機械的に通信網に接続する技術。

 それが可能にした、電脳空間。

 大昔のSFが示した宇宙が、彼の前にひろがっていた。



 すぐさま行動にうつる。

 コンピューターに指示を与えるべく命令一覧を呼び出してみる。

 現実ではキーボードやマウス、タッチパネルや音声入力を用いていたが、この世界ではどう動くのかも確かめるために。

 それらは目の前に、手を軽くのばせば届く範囲にホログラフのようにあらわれる。

 それに指をのばし、当たり障りのない範囲で弄っていく。

 ほとんどが現実での操作と変わりはない。

 ためしに、画像データを呼び出して表示させてみる。

 どこに表示をするのか、と指示を求めてこられた。

 現実と違って画面がなく、この空間のどこに画像を出すのか決めねばならない。

 それ以外はほとんど変化はなく、普通に画像を表示できた。

 彼の目の前に、【お宝画像】があらわれる。

 続いて動画も表示する。

 必要となる操作は同じだったが、これも問題なく動いた。

 ついでに、ネットの動画サイトなどを表示させるべくリンクを呼び出す。

 それを押して、動画サイトを表示させようとした。

 すると。

「ん?」

 見慣れないコマンドがあらわれた。

 通常の「画像・サイト表示」の他にもう一つ。

「サイト移動」の文字が。

 なんだ、と思ったがすぐにピンと来る。

 もしかして、と思ってそれを指で押すと、周囲の風景が変わった。



 予想通りというか。

 先ほどの、無味乾燥なワイヤーフレームの空間から別の場所に移動した。

 様々な動画が縦横無尽にひろがる場所に。

「へえ」

 これが動画サイトなんだ、と思いつつ周りをながめていく。

 映画のスクリーンのような画面があちこちにあり、それに動画が表示されているようだった。

 さながら、屋外映画館というべきか。

 見ると、その前でくつろいでる者達の姿が見える。

 同じように、この電脳空間に意識ごと入ってきてる者達なのだろう。

 それらを横目に移動していく。

 数限り無い動画が存在し、それらの全てを目にするのは困難に思えた。

 とりあえずお気に入りだった動画の場所に移動しようと、命令・指示を表示させてリンクを呼び出す。

 登録しておいた動画のURLをなぞると、周囲の風景が一変した。

 一瞬周囲の風景が消え、瞬間的に動画が表示されてるスクリーンの前に出る。

 そこに動画が表示され、彼の前で動き出していく。

 もう何度も見たその動画の内容は目に入ってこない。

 電脳空間での移動がどうやって行われるのかが分かった事の方が大きかった。

(なるほどなあ)

 そういながら、あらためて自分のしたいことを開始しようとする。



 一度自分の個人スペースに戻る。

 ネットワークにつないでいる彼のパソコンの中である。

 そういった場所は個人の空間として認識されるようで、周囲には誰もいない。

 だからこそ、思う存分やりたい事ができる。

「さて……」

 動かすべきソフトを選んで起動する。

 彼がお気に入りとしていたゲームである。

 それを動かす。

 周囲の景色がかわる。

 彼は、ソフトが展開する世界をこの個人空間に出現させた。



「あ、トーマ君」

「おう、トーマか」

「やっほー、トーマ」

「トーマお兄ちゃ~ん」

 次々に女の子達が彼に声をかけてくる。

 とある有名エロゲーをひろげた彼は、そのゲームの主人公の名前で呼ばれながら、心の中でガッツポーズをきめた。

(よっしゃあああああああああああああ!)

 長年の夢が、ようやくここに実現する。

 どれほど切望しても会うことが出来なかった者達。

 心の嫁の面々が、彼の前に確かに存在していた。

(俺は、俺は二次元にやってきたんだ!)

 恥ずかしがり屋で画面から出てきてくれなかった女の子達。

 それが目の前にいる。

 こんなに嬉しい事はなかった。

 もちろん彼女たちはただのゲームソフトのキャラではない。

 行動はAIで制御され、動きは人間とほとんどかわらない。

 初期設定としてプログラムされてる行動パターンに沿って動いてるのは確かだが、その組み合わせは膨大な数になる。

 事実上人間とたいして変わらない動きをするデジタル・ヒロイン達は、彼にとって確かな現実だった。

 ネットやゲームの外で全く接点の無かった女の子達に比べれば。

 そんな彼女たちとの交流をはじめていくべく、彼は行動を開始した。



 数ヶ月後。

 彼は自分のデータの全てをパソコンにダウンロードした。

 肉体の生命活動は停止し、現実では死を迎える。

 もとより大した事のない人生だったので、未練はない。

 アルバイトで食いつなぎながら四十を超えてしまった時点で、先々への諦めが生まれた。

 だからこそ、現実に見切りをつけた。

 幸いな事に、親には兄弟がいる。

 そちらは割と順調に人生を積み上げていっていた。

 彼らがいれば自分がいなくてもどうにでもなるだろうと思うと気が楽になった。

 自分の価値をあらためて考えてむなしさもおぼえたが。

「ま、いっか」

 そう言って最後の踏ん切りをつけて、彼は自分の精神をコンピュータに移植した。

 その先には、無限に続く二次元が待っている。

 怖いものなど何もなかった。

「今から行くぞ…………」

 誰に聞かれる事もない最後の言葉は、乱雑な部屋の中で消えていった。




 夢をかなえたい。

 ただそれだけなんだ。

 誰か、こういう技術を本当に作ってくれないもんですかねえ。



 とまあ、こんな調子ですが、笑ってもらえれば。

 では、また次回。

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