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7.デスマーチを奏でよう

「いよいよ発表ですね。緊張してきました……」


 ただの当て駒もとい佐藤さんは高鳴った胸を撫でる。

 大した準備もしてないクセに、本番直前になったら緊張なんて虫が良すぎる。だから、馬鹿な女は嫌いなんだ。

 彼女みたいに、秀才で聡明な女が、僕には相応しい。なんてね、言わないけどね。ぺろぺろ。


「そうですね。僕がトチったりしたらフォロー頼みます」

「大丈夫です! 斎藤さんはトチりませんよ!」

 何その、信頼。僕らの関係はそんなに深くはないんだけど。

「あはは、ありがとう」

 知った様な口振りで、ご迷惑な事だ。今すぐ貴様の顔を切り裂いて、壇上にぶら下げながら死の尊さについて語ってやりたい。

 ……良いじゃん、それ。やろうかな? なんて嘘だけど。


『続きまして、ナンバー209組の発表です』


 待機室にまで響いた司会の声に、僕らは立った。佐藤さんと、僕。それぞれ目指す先は違うけれど、第一段階として壇上へと上がる。

 沸き上がる拍手喝采。誰もが三度目の僕の最優秀賞を望んでいるのだ。悪い気はしない。

 これこそ、凡庸な人間とは違う僕への待遇なのだ。

 けれども最初から僕が話す訳じゃない。お楽しみは取っておく。お決まりだろう。


「えっと、私達のグループ、班は母性について発表したいと思いまずっ!」


 声が上擦っているわ、台本すらマトモに読めないわで頭を抱えた。しかも、追い討ちをかける様に、ラストはマイクに頭をぶつけてやがる。

 キーンと響く音に、あちこちから失笑が沸く。

 あのさあ。君に期待なんかしてなかったけど、与えた事位はマトモにこなそうよ。

 改めて、佐藤さんと組んだ事を後悔してきた。


「母性とはまさしく神秘であり、一言で表現出来ません。それでは、いつから母性が生まれてくるのでしょうか」


 うんぬんかんぬん。

 辞書をそのまま引っ張ってきた様な、自分の意思のない言葉の連なり。つまらない。至極つまらない。

 ペアの僕ですら飽きてるんだから、傍聴者はどうだろうね。


「子供を欲しいと思った時? 妊娠した時? それとも、子育てをしている時? それは……」

 ああ、もう。嫌だ。退屈だ。

「普遍的なモノではない。生育しないのかもしれないし、そもそも母性とは存在しないのかもしれない」

 彼女からマイクを引ったくり、傍聴者を見回しながら歩く。慌てる佐藤さん? そんなのどうでも良い。


「確かに、神秘である。十月十日腹の中で生命を愛を持って養育させる。まさしく神の所業だ。かつて、造物主がこの惑星を生み出した様に、命を生む」


 さて、彼女は僕を見ているだろうか。今から、君の為に捧げるよ。


「ならば、命を奪う者は何か。一般的には殺人者と言われるのだろう。しかし、僕には命を奪う者こそが慈しみある神としか思えない」


 僕の、君への愛を。


「愛があって命を生むクセに、産んだら投げ出す輩もいる。これを愛と呼ぶべきか、否。僕は死こそが愛であると確信している。愛があるからこそ、その命を終わらせてあげてるのだ」


 いいや、これはエロスじゃない。


「しかし人間社会は複雑で、神を信仰するが神になろうとする人間を許さない。殺人として法に裁かれてしまう。理不尽だとは思わないか?」


 死の欲動。言わばタナトスだ。


「唯一、法に裁かれずに神になる方法がある。それはーー」

「君! 今すぐ壇上から降りなさい!」


 後ろから男二人に取り押さえられた。予測はしていた。が、こんなタイミングだとは。

 非常に悪い。僕はまだ、伝えれてない。彼女に、ユカちゃんに言えてないんだ。

 必死に抵抗しマイクを掴んで叫ぶ。届け、届け、僕の想い。今しかないんだよ。あの時みたいに後悔したくないんだ。


「死こそが! 神になる道! 死は現代の社会人へのプレゼントだ! 人生一度きりの特大な! 最高の! プレゼント! だから――」


 ――だから、一緒に死のう。ユカちゃん。


 マイクを取られた肉声だったらテレビ越しだと拾われないのだろうか。辺りを取り巻く喧騒の中、ぼんやりと考えた。

 会場にいてくれたら良いんだけど。



 愛しているからこそ、死を与えたい。愛なんて汎用した言葉じゃ表せない思いが死へと結ばれるんだ。それこそが神だ。

 そんな当たり前の事を言っただけなのに、何故強制退場させられたのだろうか。

 偉人さんだって言っただろ。

 ほら、異常者はお前らだ。



「僕はマトモだ」



 嘘つきだけど。ぺろぺろ。


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