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6.想定外の夢だから


『どうして泣いてるの?』


 一人ぼっちでシーソーに乗る少女に話し掛けて、僕は数秒後に後悔をした。

 顔をあげた少女の顔が信じられない位赤く腫れていたから、厄介事に巻き込まれると思ったのだ。

 けれど、少女は首を振るだけだった。

 僕も幼いからだろうか。他人だからだろうか。どちらでも良い。面倒な臭いはするが、関わってみたくなった。


『シーソーは一人でするものじゃないよ。二人で遊ぶためにあるんだ』

『……っわ』

『ほら、楽しいでしょ? ……君、名前は?』


 少女は戸惑いつつも、視線を僕に合わせた。死んだ魚の様に生気のない瞳に釘付けになる。


『……ユカ。早乙牝ユカ』

『そう。ぼくはタカ。よろしくね。ユカちゃん』


 これが、タカくんとユカちゃんの出会いだった。

 互いに小学生低学年という身分を明かしたのは知り合ってから大分経った頃だが、知らずとも関係は親しくなっていった。

 クラスメートの馬鹿な女とは違う。ユカちゃんは僕の言葉を理解してくれる。僕と同じで頭が良いから、僕を馬鹿にしない。

 知れば知る程、僕はユカちゃんに引かれていった。





『あたしのお祖母ちゃんが死んだんだって』

『ずいぶん他人事だね。血がつながってないの?』

『つながってる、みたい。でも会ったのは数回で親しくもないから、さみしさなんて感じない』


 ユカちゃんは地面を這う蟻を潰しながら言う。一匹、二匹じゃ済まない。彼女の周りには何十もの蟻の死骸が並ぶ。


『死って何なの』


 小学生低学年の会話の議題には相応しくないが、僕は真面目に考える。

 彼女のお祖母ちゃんも、蟻も等しく死を迎えた。けれども、どちらも彼女の心には響かない。


『ごほうび、だと思う。“汚い俗世を良く生きましたね、おめでとう”っていう。人生一度きりの特大プレゼント』

『確かに、死は不幸な事じゃないもんね』

『死ぬ過程が不幸に見えるけど、死自体は不幸じゃない。つまり、そういうことでしょ』

『じゃあ、アリに死をプレゼントした私は神なのかな』

『そう、だね……』


 人間は神になれない。いや、社会がそうさせてくれない。だから人に死を与えた殺人者を、法で罰するんだ。

 理不尽だ。自己実現をうたってながら、この社会は誰かを神にはしてくれない。


『ねぇ。良いこと考えちゃったの』


 彼女は突然、子供らしい笑顔を見せた。純粋な、邪のない笑顔。


『あたしは神になる』


 へ? と首を傾げた。子供の寝言だろうと思ったが、頭の良い彼女がとんちんかんな事を言う筈ない。


『どうして?』

『今の世界はくさりきってる。幼い純粋な子供が一度統制を取ってあげないと、このままじゃ破綻しちゃうでしょ?』

『まあ、うん……』

『だから、あたしが神になって救ってあげる』


 世界は腐っていると言うよわい九の娘が純粋かと問えば、疑問が残るのだけど。


『死を使って?』

『うん。死を支配すれば、あたしは神になるんだよ。タカくんも手伝ってくれる?』

『もちろん、ユカちゃんのためなら』


 彼女は満足げに微笑んだ。

 タカくんと彼女、これが初めての明確な夢だった。一般的な子供のソレとは違っていたが、子供らしさがあった。

 計画性のない、希望と理想だけ。障害があるとは思いもしない。挫折して初めて知るのだ。

 叶わない事もあるのだ、と。





 僕らは異端児。

 同級生とは比べるまでもなく高過ぎる知能を持って生まれたせいで、社会を斜めに見てきた。

 でも社会に揉まれた事もなければ、働いた事もない。ただの子供には多すぎる知識だけ。

 結局はお花屋さんになりたい、仮面ライダーになりたいと言う奴等と変わらないのだ。


『人の死を支配するなんて言って、支配されてるのはあたしだった』


 放課後の公園。橙色に染まったベンチに座るユカちゃんは赤く腫れた頬を押さえて泣きじゃくった。

 頬だけじゃない。目も、額も、人工的な腫れを帯びている。


『あたしは神になんてなれない』


 きっと明後日を睨む彼女に何て声をかければ良いのか、最善が見つからず僕は黙って背中を擦った。

 なれるよ、と嘘をついてやるのが大人なのか。なれなくても良いよと認めるのが大人なのか。


『神になるって言ったら寄って集って殴ってきて、あたしの方が死にそうになった』

『なら、ソイツらに死を与えれば良いんじゃないの?』


 言って、しまったと思った。


『死を与える前に与えてやる。そうすれば、ユカちゃんは神を越えた神になれるんだよ』


 僕も子供だった。深く考えずに言ってしまった。これを聞いた彼女が何をするかなんて分かっていたのに。


『ぼくに手伝ってって言ったよね。ぼくなら、神のどんな手助けだって出来るよ』


 彼女の唯一になりたくて、僕らは子供じゃないんだと信じ込みたくて、秘密を作ってしまえば離れられなくなると思って。

 禁忌への扉の鍵を、ユカちゃんに渡した。


『ありがとう、タカくん』


 涙を拭いながら、彼女は告げた。



『あたし、神になるよ』



 その日の夜、僕らは神に生まれ変わったのを僕は今でも克明に覚えている。


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