色生
~NO.4『三日月 秋良』
メティアリムの部屋から出て、これからどうするかと思考を廻らせる。
「流石に自室へ戻るには早いですし、どうしましょうかね」
夕飯を食べるにしては少し早いような、でも仕事を終えるにしても早いような。
しかしだからといって、他にする事があるわけでもない。
「報告も終わったし。遊ぼうぜ、みぃちゃん」
「ポチ、テメェは遊びたいだけだろうが」
そう言って、いつものように言い合いを始める零と狩魔。
廊下でギャアギャアと騒ぐ二人をほうっておいて、一人で先に進む。
今まで、暇な時間などなかったからこういう時、どうすればいいのか分からない。
両親が死んで親戚の家を転々としていた時は、ただただ勉強に時間を費やしていた。
普通の子供なら遊んでいるだろうに、私は与えられた部屋にこもってひたすら勉強、勉強。
初めの内は親戚たちも、「あまり根を詰めるな」とか「たまには息抜きも」などと言っていたが、
それでも勉強し続ける私に嫌気がさしたのか、面倒になったのか、はたまた気味が悪くなったのか。
親戚たちは憐れみと同情の目を、腫れ物に触れるようなものに変え、最終的には厄介者を見るような
色をその瞳に宿した。
そんな中、ある一部の親戚は私を孤児院に入れようと考えた。
まぁ、当たり前といえば当たり前のことだろう。
両親を亡くした親戚の子といっても、結局のところ彼らにだって家族はいるし、はっきり言ってよその
子供を養えるほど世の中は甘くない。
まず費用が掛かる。
学費だとか食費だとか、兎に角、子供だっていろいろと金がかかるのだ。
しかしそれでも、親戚たちが私を容易く施設に入れないのには理由があった。
『遺産』だ。
私の両親が残していった金、土地、会社。
それらは相続され、私が相続人となっていた。
だから親戚たちは、私を懐かせようとした。
だから親戚たちは、私を受け入れようとした。
だから親戚たちは、私を施設に入れようとはしなかった。
私が懐けば、私の両親が残した遺産はほぼ手に入ったも同然で。
子供の私は金がかかるから、と。
子供の私では土地を持っていても意味がないから、と。
子供の私には会社経営なんて出来ないだろう、と。
柔らかい物言いで、猫なで声で、私の機嫌を損ねないように。
それでいて、私自らが「遺産なんていらない。好きにしていいよ」と口にするように、親戚たちは
躍起になって私に媚びへつらった。
正直に言えばいい。
「遺産が欲しい」って。
子供には優しい口調で、優しい言葉をかけてやれば良いと思っているのだろうが、それはお門違いと
いうものだ。
子供ほど感情に敏感で、些細なことに気付くものはない。
子供というのは、時に大人より賢く、多くを悟る生き物だ。
親という拠り所を失えば、尚更それに磨きがかかる。
親を失う前に見た時と、親を失った後に見る現状と。
冷静に、というわけではなくただ本能的に。
他人の行動、視線の先、表情の違いを見極めて、直感的に理解する。
私がそうだったように...。
「秋良くん、無理はしないでね?」
あぁ、別にそんな貼り付けたような笑みを浮かべなくていい。
「秋良くん、ご両親を亡くして大変だったね。...それで、相談なんだけど」
最後まで言わなくていい。どうせ土地を売ろうと言うのだろう?
「秋良くん、おじさんね?君のお父さんを会社で支えてたんだけど...」
子供の私じゃ会社を継げないから、社長の座を渡せって言いたいのだろう?
分かってる。
親戚たちの視線の先にあるのは、いつだって私ではなく両親の遺産について書かれた書類。
夜も私が与えられた部屋に入ると「今日も駄目だった」と嘆き、怒る声が聞こえてくる。
「優しくしてやってるのに」
「衣食住を与えてやっているのに」
「秋良くんの事を思って言ってるのに」
違う。それはエゴだ。
私の事を本当に想ってくれているのなら、どうか、放っておいて欲しい。
同情なんていらない。
遺産だって、いらないから。
もう...わたシに、関ワラナイデ.....。
いつからか私は、親戚たちに向けていた笑顔の皮を脱ぎ捨てるようになった。
ご飯を食べるのが、億劫になった。
親戚たちの顔を見る事が、嫌になった。
全てが、面倒になった。
唯一することといえば、勉強と読書くらいのもので、今思えば私は子供らしい事をあまりしていなかった
ように思う。
それが高校、大学まで続き、周囲に優等生などと言われていたが、別に好きで勉強や読書をしていたわけ
ではないし、ただ単に何をするにも面倒でそれ以外をしなかっただけの話だ。
だからだろうか。
この年になっても、やりたい事というのが分からない。
普通に睡眠をとって、普通にご飯を食べて、普通に仕事をして。
そういう一般的な事は最低限するにはするが、それ以外はしない。
いや寧ろ、そういう一般的な事も疎かにする傾向がある。
放っておけば寝ないなんてことや、二日連続で食事しないなんて事はざらにあるし、毎日やる事といえば
入浴と仕事と読書、そして身だしなみに気を付けている事くらいだ。
あとはどうでも良い。
興味がない。
やる事さえやっていれば、何も問題などないのだ。
しかし此処でふと、零と狩魔に視線を移す。
二人は顔を見合わせた瞬間、喧嘩を始める。
喧嘩の内容はいつも、幼稚なものばかりだ。
目つきが気に入らないだとか、仕事の時の些細な出来事でのことだとか、朝の喧嘩のことだとか。
一日中、言い争いをし続ける二人に、毎度のことながら疲れないのかと呆れかえる。
朝起きて、私の部屋に押しかけては言い争いを始め、朝食を摂りながらの睨み合いが続き、仕事に出ると
ゲームプレイヤーを無視して喧嘩を勃発させ、仕舞いには武器を持ち出す始末。
仕事中に捕まえるべきゲームプレイヤーを放置するとは、いかがなものか。
きっと大半のゲームプレイヤーは「執行人が仲たがいしている、これはいい機会だ」と考えるだろう。
そして零と狩魔が争っているのをいい事に、二人の周りを囲み、襲い掛かる筈だ。
恐らく、この二人が相手でなければ頭の良い作戦だったのかもしれない。
だがしかし、残念ながら相手はあの零と狩魔だ。
そう簡単にやられるわけがない。
確かに二人はいつも喧嘩ばかりしているが、他の者に邪魔されるのは気に入らないのか、何故か
そういう時だけ仲が良いのだ。
襲い掛かってくるプレイヤーに「邪魔だ!!」と叫んでは武器を振り下ろし、喧嘩をやめ標的を
プレイヤーに切り替える。
もしくは、プレイヤーが何かをごちゃごちゃ語りだしたと思ったら、急に零と狩魔が怒り心頭で
武器を振りかざし、逆に襲い掛かっていく。
大体はこの二択だ。
しかも、同じことが一日の内に何度も起こる。
これを仲がいいと言わずになんと言う。
『喧嘩するほど仲がいい』とはまさにこの事だ。
だというのに、二人は全く認めようとはしない。
プレイヤーの相手をする時、ただただ突進するように走り抜けていく零を援護している狩魔。
そして動きが荒く、どちらかというと力技なタイプの狩魔にある隙を補う零。
「突っ走ってんじゃねぇ!!」やら「この老いぼれ!!」と、喚き散らしている割に、何だかんだ
いって仲がいい二人。
そんな調子で言い争いは止まないが、二人で協力しプレイヤーたちを狩るものだから、襲い掛かった
プレイヤーからすればいい迷惑だろう。
五分とかからない内に血の海へ沈められたプレイヤーは、憐れにも零と狩魔の脳内から除外され、二人は
また睨み合い、喧嘩を始めるのである。
もうこれは喧嘩の域を軽く凌駕し、殺し合いに近いだろう。
が、結局は喧嘩している時も、プレイヤーと戦っている時も、お互いの事を思いあっているのだから
仲がいいと思うのだが、この事を二人に言うと、気持ち悪い事を言うな、と怒られてしまう。
別になにも気持ち悪くないと思うのだが、何やら二人がゲッソリしていたので、今後は言わない事に
しようと心に刻みこむ。
だが私は、心の奥底でそんな二人が羨ましいと思うことがある。
二人とは刑務所にいる頃からの付き合いだが、私はどこか、二人と線を引いて接しているところがある。
近いようで遠く、遠いようで近い。そんな関係。
別に二人が嫌いだとか、そういう意味ではないのだ。
二人とはそれなりに長い付き合いだから、心を許している部分もある。
馴れ合いが嫌なわけでもない。
なんと説明すればいいのだろう。
今まで私は、浅く広い人間関係を築いてきた。
周りの人間に嫌われにくいような、どちらかというと好かれるような、そんな風を装っていた。
いつも笑顔で、言葉遣いが汚いわけでもなく、逆に硬すぎるわけでもなく。
何かを頼まれれば快く引き受け、勉強やスポーツが出来ても鼻に掛けない。
そんな人間だった。
いや、そんな人間を 演 じ て い た 。
両親が死んで、親戚の顔を伺いながら生活してきたからか、人間がどんな人種を好むかそれなりに
理解していた。
だから私は、今までずっとずっとその皮を被ってきた。
その方が、普通の生活を送るのに便利だったから。
結果、私は「優等生」というレッテルを張られた。
文武両道で、優しくて、友達に恵まれて、先輩後輩にも好かれ、先生からの人望もある。
難点など無い、完璧な人間。
そう、言われていた。
でも、それだけ。
本当の意味で、仲の良い友達はいなかった。
喧嘩できるような友達なんていなかった。
所詮は短い付き合いだと、そう思った。
羨ましい、零と狩魔が。
無い物ねだりだと分かっている。
だが諦めきれないのが人間というもので、私は心の底に埋もれたほんの小さな希望をポイッと簡単に
捨て去ることが出来ないのだ。
容易に捨てられたのなら、きっと楽だっただろうに。
手を伸ばして、足掻いて、這いずり回ってでも、手に入れたと願ってしまう。
どんなに醜くても、どんなに惨めでも、どんなに嗤われても。
欲しいものは、欲しいのだ。
多分それは、私自身が今まで求めてやまないものだから、だから欲しいのだ。
喧嘩できる友達というのは、普通ならいて当然なのだろう。
何か小さなことで諍いになってしまう何てことは、案外ざらにあるのではないだろうか。
そんなの当たり前だ、という人はどれ程いるのだろう。
十人中何人だろうか。
どれ位の頻度で喧嘩する?
一か月に一回?
一週間に一回?
一日に一回?
それとも、もっと?
零と狩魔は、一番最後に分類されるだろう。
喧嘩を終えたと思ったら、五分と経たない内にまた喧嘩する。
それって、相手の事を知る良い機会なのではないだろうか。
自分はこういう意見を持っているが、相手は違う意見を持っている。
自分はそんなつもりはないが、相手はこう思っている。
自分は相手の悪い所を知っているが、相手はこちらの短所を知っている。
恐らく喧嘩している本人たちからすれば気付かない事だろうが、私としては面白いと思う。
別に、人の不幸は蜜の味、などではなく。
零と狩魔の喧嘩を見ていれば「仲がいいな、羨ましいな」と思ってしまうのだ。
刑務所にいる時も、二人はよく喧嘩というか相手の悪口を長々と言い合っていた。
初めは「たぬきジジィ」「くそ犬」など、とても幼稚な言い争い。
でも仕舞いには
「ジジィは何で襲い掛かるのはメチャクチャ早いのに、その後は動かねぇんだよ!!ジジィかジジィ
なのか?足腰イテェのか?んじゃあ、黙って座ってろ。そしてそのままズップリやられちまえ!
確かに俺よりスピードは劣るけど?そこら辺の雑魚より、早いだろ?なんでそれを活かさねぇわけ?
馬鹿なの?自分から喧嘩ふっかけといて、自分が面倒になったら後は俺とみぃちゃんが掃除しろ
ってか。ふ・ざ・け・ん・な!!」
「ウルセェ。面倒なものは面倒なんだよ。大体、ポチの分際で口答えしてくんじゃねぇ。犬は犬らしく
尻尾ふってろ。あぁ、犬だからきゃんきゃん鳴くのか?じゃあ首輪でも着けてろ、この突っ走る事しか
出来ねぇ能無しが。大体いっつも血に飢えて突っ走るお前の背中、がら空きなんだよ。それとも
なにか?どうぞお好きに攻撃して下さいってか。調子に乗んな、このくそポチ。いつからテメェは
ボールを追いかける犬になった。あぁ、元々犬だったな。なら、黙って地面に這いつくばってろ。
この駄犬野郎。」
とノンブレスで言い合う始末。
しかしこの言葉の裏には、「動かないと敵に狙われるぞ」「お前の背中、隙だらけだぞ」という意味が
隠れている。
つまり、二人は互いをしっかりと意識しているのだ。
二人が素直じゃないだけで、ちゃんと相手の事を理解している。
それはとても、凄い事だ。
そして、喧嘩に混ざっていない私からすればとても面白い。
どうして素直じゃないのだろう、と苦笑いしてしまう程に。
私は長々としゃべる性格ではないから、二人と喧嘩なんてしない。
言い争ったりしない。
それは今までと同じで、それでいて全く違う。
本当は気付いているのだ。
零も、狩魔も、私とは喧嘩などしないが、それでもちゃんと私を認めてくれている。
彼らの行動が、その事を示している。
今までは、そんな事なかった。
浅く、広く。
偽物の笑顔を貼り付けていた日々。
でも今は違う。
深く、狭く。
二人と私とで構成された、私の世界。
ちっぽけで、すぐ壊れてしまいそうなのに、それでも壊れてしまうことはなくて。
日に日に深く、深くつながり合って。
より強固になっていく。
今までの、脆くすぐ捨てられるような世界が、この二人と出会って変わった。
私は、それに気づくのがほんの少し、怖かった。
これまで生きてきた世界が、ガラス玉のように弾けてしまったから。
今のこのちっぽけな世界も、いつかパリンと割れてしまう気がして。
怖かった。
今までの色あせた生活が消え去って、新しく色鮮やかなものが次々と湧き上がってきて。
私に足りなかった色たちが、二人に出会ったことで増えていく。
それは臆病な私には、少し怖くて、それでいてとても嬉しい事だった。
「みぃちゃん」
「どうした?」
私の顔を覗き込む二人。
ほら、やっぱり零と狩魔は私の事をちゃんと見てくれている。
「嬉しそう、やっぱり遊びに行きたいんでしょ」
「それはお前だけだろ、ポチ」
ギャアギャアと喧嘩を始める二人。
やっぱり仲がいい。
でも、私も二人のことをちゃんと見てる。
「零、遊びに行きましょう。狩魔、そのあとは夕飯にしましょうね」
ふわり。
いま私は、きっと自然に笑えてる。
偽りの笑顔じゃない、心からの笑顔で。
「わぁ!!何して遊ぶ、みぃちゃん。やっぱ狩り?」
「この駄犬、テメェの脳内は狩りの事だけか」
「そういうジジィも、狩り好きだろ」
「だからってなぁ、みぃちゃんも何とか言ってくれ」
零の言葉に対して口では否定している狩魔だが、その目はとても楽しそうに輝いている。
この二人も、今の世界を楽しいと思ってくれているのだろうか。
零と狩魔が喧嘩して、私が仲裁する。
そして狩魔と私が、零のわがままに付き合って。
「仕方ありませんよ狩魔。零は一回決めたことを覆しません。この三年で理解したでしょう?」
「あぁ、理解したくなかったがな」
ハァ、と大きく息を吐く狩魔に苦笑いを送る。
零は「二人してヒドッ!!」と言いながらも、口の端は楽しそうに吊り上がっている。
その内、狩魔も諦めて「まぁ、いつものことか」と私の手を引くのだ。
これが三年間で私が二人と築き上げた、私が望んだ世界。
普通とは極端に違う。
私は人を殺しているし、彼らも人を殺している。
どこか普通とはズレた私たち三人が、生きる世界は普通とはかけ離れているのは百も承知だ。
でも、だからこそ『普通』が欲しかったのかもしれない。
「仕事で狩りしたのに、仕事の後も狩り~!!」
「お前のせいだ、駄犬ッ!!」
「ふふ、仲が良いですね」
「「良くない!!!」」
会話が物騒だが、そこは目を瞑って。
私たちの、私たちなりの『普通』を、精一杯楽しもう。
今まで時間が余れば読書ばかりしていた。
しかし今なら、自分のやりたい事がしっかりと分かる。
私は、この二人と一緒にいたい。
こんな可笑しなゲームに参加するのは、今までの私だったらあり得ない事だっただろう。
それなのに参加したのは、この二人がいたからに他ならない。
刑務所で初めて会った時、二人に対して特に何も思っていなかった。
なのに、3年でこうも変わるだなんて誰が予想できただろう。
「優等生」なんて言われていた私だが、実は最初から、どこか可笑しかったのかもしれない。
でも、それで良い。
私が可笑しかろうと、狂っていようと、私は私だ。
人間なんて、自分が気付いていないだけでどこか狂っているのだ。
私は、私たちはそれが目に見えているだけ。
きっと、このゲームの主催者であるメティアリムも、このゲームの参加者も、みんなみんな狂ってる。
「みぃちゃ~ん、獲物はっけ~ん」
「相手の方から来てくれたぜ?」
二人のギラギラと鋭く光る瞳は、まさに獣が餌を狙う時のソレ。
相手はきっと、悪い人間の汚らしい笑みを浮かべているだろう。
やはり皆、狂ってる。
執行人は、血に狂う獣。
プレイヤーは、金に狂う人間。
ほら、狂ってる。
獣と人間、どちらが勝つのか。
狂っているのはどちらも同じ。
勝てば欲しいものが手に入り、負ければ赤を散らすだけ。
さぁ、すぐそこまで迫っているよ
酷く濁った、死の風が
ソレに吹かれてしまったが最後
赤い紅い、真っ赤な曼珠沙華があとに残り
ひらりひらりと散っていく
生きるは渇望のシロか、それとも欲望のクロか
どちらにしろ、風に吹かれた方が真紅に染まり
死に逝くのだ
『ゲームはまダ、始マッタばカり』