嗤殺
~NO.3 『メティアリム・ローレンス』~
「メティアリム様、ゲームが始まったようです」
コポポポッとティーカップに紅茶を注ぐ音とともに、執事である黒井が
そう告げる。
「そうか、漸く始まったか」
静かに差し出されたカップに手を伸ばし、ゆっくりと口をつけると窓の外に
視線を移した。
確か第一回のゲームは『鬼ごっこ』だったな。
「今回のゲームはどんな結果が待っているのか、楽しみだ」
「そうで御座いますね」
しかし...と言葉を詰まらせて、黒井が口を閉じる。
その目には、戸惑いと疑問が入り混じっては、ユラユラと揺れていた。
こいつが言い悩むなんて珍しい事もあるものだ。
「どうした、お前らしくないな」
言いたい事があるなら早く言え、と先を促す。
すると黒井は、物凄く言いにくそうにおずおずと口を開いた。
「今回のゲーム、少々無理がありませんか?」
プレイヤーと執行人の数が、あまりにも違いすぎてゲームにならないのでは?
という黒井に、私ははて、と首を傾げる。
「今回のゲーム、参加者は何名だったか」
「プレイヤーが500名、執行人が3名です」
「3名...そんなに少なかったか」
やってしまった。
予想以上の少ない人数に、脳裏で後悔の念がダムのように溢れ出す。
いつもなら20人以上はいる、執行人。
それなのになぜ今回だけ、こんなに少人数にしてしまったのだろうか。
「あぁ~、執行人3名の経歴はどうだったかな?」
「経歴、ですか?」
少々お待ちを、と手元のファイルに視線を落とす黒井が「あっ、ありました」と
いくらか書類を捲った後に、書かれていることを読み上げる。
一人目は、暁 零。
中学の時から問題行動が多く、結構な頻度で警察沙汰になっていたようです。
卒業後も改善される様子はなく、むしろ中学生時代の方がまだマシだった
らしいです。
暴力に器物損害、ナイフを持ち歩くなど。
数えたらきりがないですね。
二人目は、四月一日 狩魔。
こちらも、中学生の時にはもう問題児だったらしく、警察沙汰なのが当たり
前だったそうです。
高校に入学していますが中退し、暴力団に所属していたらしいですよ。
殺人、暴力が主です。
父親を大怪我させて、今その父親は植物人間の状態なのだとか。
そして三人目、三日月 秋良。
...なんとも、不思議な経歴ですね。
「どれ、見せてみたまえ。」
きょとんと目を丸くしている黒井から書類を奪い取り、紙の上に目を走らせる。
あぁ、これには覚えがあるな。
前にあいつらを刑務所から出す時、一度読んだ。
こいつ、三日月 秋良の経歴は今まで見た事もないモノで、とても印象に
残っている。
「罪名がありませんね」
「あぁ。三日月 秋良は、特殊なんだ。」
「特殊、と言いますと?」
「まぁ、色々あるんだが」
三日月 秋良について知っている人物に話を聞くと、似たような言葉が返って
くる。
中学、高校、大学と、今まで良い成績を残した優等生。
しかし、勉強だけではなく運動神経も良い。
人に優しく、先輩後輩、はたまた教師にまで人望があり、難点のつけようが
ない、と。
両親を幼い頃に亡くし、親戚をたらい回しにされ、孤児院で育った三日月秋良。
だが、そんな過去を感じさせない程に、明るく思いやりのある人。
「と、こんな感じだったかな?」
「そうなんですか。...でも分かる気がします。写真で見ても、刑務所にいた
彼を間近で見ても、全く犯罪者には見えませんでした。逆に、好青年って
雰囲気で。...しかし、どうして彼が」
「刑務所にいたのか、と?」
「えぇ」
「理由は簡単だ」
三日月 秋良は、あるアパートの一室にいた。
そしてその足元には、倒れた女が一人。
三日月は救急車を呼ぶわけでも、警察を呼ぶわけでもなかった。
ただただ血濡れた包丁を握りしめ、ぼんやりと女を眺めているだけで、逃げる
事もしない。
そんな三日月を見つけたのは、そのアパートの大家だったらしい。
その大家は三日月と面識があり、それなりに顔見知りだった。
「では、倒れていたその女の方は?」
「三日月 秋良の、恋人だったらしい」
大学に入学して案外すぐに付き合い始め、一年半以上の付き合いだったそうだ。
そのアパートはその女のアパートで、三日月秋良は週に何度か足を運んでいた
ため、大家とも顔を合わせていた。
警察が大家に話を聞くと、「三日月 秋良が犯人なわけない」と言っていた
そうだ。
それほど彼は、温厚な性格だったのだろうね。
「...恋人に別れを告げられて逆上した、って事でしょうか?」
「いや、それがね。彼が握っていた包丁、どうも可笑しいのだよ」
「可笑しい?」
「あぁ」
普通なら包丁は持参するか、もしくは今回の場合だと彼女の家のモノを使うかの
どちらかの筈だ。
まぁ、新しいものを購入する、という手もあるが、今回は包丁の刃が所々欠けて
いたから新品ではないという事が分かった。
そして、彼女のアパートのキッチンに包丁がなかった事から、この包丁が彼女の
家にあったものだという事が分かったのだが。
「ここで、ある疑問が浮かび上がった」
三日月 秋良がキッチンに入った形跡がどこにもない、という点だ。
「...え?それじゃあ、包丁取りに行けないじゃないですか。リンゴとか剥いて
いたならまだしも」
「あぁ勿論、リンゴや他の果物は何もなかった」
そして包丁に付着していたのは恋人の血液だけで、他の何かに使った形跡は
ない。
しかしキッチンには三日月の頭髪はおろか指紋すらなく、あったのは恋人の
頭髪と指紋だけで、指紋をふき取った形跡もなかった。
警察はただただ困り果てるばかりだった。
何故なら、三日月が彼女を殺した形跡、証拠が見当たらないのだから当然と
言えば当然なのだろう。
部屋で争った形跡もなく、アパートの隣人に聞いても特に何も聞こえなかった
という答えしか返ってこない。
三日月 秋良の大学の友人に聞いても、恋人と喧嘩していた様子はなかったと
いう。
「それならどうして、三日月 秋良は恋人を殺害したのでしょう?」
喧嘩をしていたわけでもなく、かといってアパートの隣人が気付かなかったと
いう事は、DV(暴力)でもないのでしょう?
恋人の体に痣はなかったようですし、もし暴力をふるっていたなら隣人に
少なからず音が聞こえてもいいと思います。
女の叫び声とか、三日月の怒鳴り声とか、あと暴れる音とか。
「でも、そんな音は一切なく逆に静かだったのなら、少し変ですよね」
頭を悩ませる黒井に、私も頷き同意する。
三日月が握っていた包丁は恋人の家にあったモノだが、三日月自身がその
包丁をキッチンに取りに行ったわけではない。
だが、そうなるとその包丁を持ってきたのはその恋人という事になる。
しかし、包丁からは三日月の指紋しか採取されず、恋人の指紋は一切
ついていなかった。
それに、他にもこの事件は不思議な点ばかりが残っていた。
一つ挙げるとするならば、三日月が恋人に包丁を刺した位置だ。
包丁が刺さっていたのは恋人の胸部。
真正面から刺されていた。
普通なら背後から刺すか、腹部めがけて刺すのではないだろうか?
その方が、相手にばれることなく殺害できる。
だというのに、三日月はそれをしなかった。
恋人に見える状態で、殺害に及んだのだ。
なのに、二人が争った形跡はない。
恋人は、何故暴れる事も逃げる事もしなかった?
三日月が包丁を握っているのに。
可笑しなことばかりだ、この事件は。
「そういえば、メティアリム様。三日月はその時、何と供述していたの
ですか?」
恋人殺しを否定したのか、肯定したのか。
もし肯定したならどのような経緯で、どのように犯行に及んだのか。
そして、逆に否定していたのなら、なぜ包丁を握っていたのか...。
警察が知りたがっているであろう事件の真相。
「本人はこう語っていたそうだ」
『 私が、殺しました 』
「...それだけですか?」
「あぁ、それだけだ。それ以外は何も語っていない。ただ...」
「ただ?」
「三日月 秋良は、もう一つ。この事件とは関係のない事を口にしたんだ」
「...それは一体」
どのような事を、と聞こうとしたであろう黒井の言葉が、途中で遮断される。
バンッ!!!
と扉がいきなり大きな音を立てて開かれた所為だ。
何事だ、と音の元凶を睨みつけるとそこには、右足をゆっくりと地面に下ろす
暁 零が上機嫌で笑っていた。
その背後では四月一日 狩魔と、先程まで噂していた三日月 秋良が並んで
いる。
先頭にいた暁 零は、無遠慮にずかずかと入室すると私の目の前まで来て、
引きずっていた人間を床に放り投げた。
不愉快な、実に嫌な音が、部屋に響く。
それに続き、同じ音がもう一つ。
ニヤニヤと機嫌のよさそうな暁 零とは異なり、不機嫌さをあらわにした
四月一日 狩魔は、零と同じように血濡れの人間を地面に落とすと自分の
手に、視線を向ける。
今まで引きずっていたものから移ったであろう手の汚れを見て、さらに
眉間の皺を増やしたのが、こちらにも分かった。
私が目で黒井に指示を出すと、私の有能な執事は四月一日にタオルを差し
出した。
噂をしていた三日月が来たからてっきり動揺するかと思ったが、流石という
べきか。
長年、私の元で執事をしていたからかこういう事には慣れたらしい。
動揺を表に出すことなく、淡々と仕事をこなしている。
執事の見本ともいえる黒井の行動に満足していると、そうこうしている内に
黒井は四月一日からタオルを回収し、私の斜め後ろに控えた。
さて、そろそろ仕事の話をしなければ。
チラリと目の前の三人を一瞥すると、四月一日が三日月の斜め後ろに移動し、
腕を組んで目を閉じているところだった。
しかし、暁 零はその事に気づいていないようで、床に転がっている内の一人の
傷を抉ってはクスクスと笑っている。
まるで、無邪気な子供が初めて見たものに興味津々なのを隠せていないような、
そんな状態である。
仕事の話を早く進めたい私と、その後ろに控える黒井。
黙っている三日月と、早く帰りたいのか目を開いて舌打ちする四月一日。
四人の視線を一身に受ける暁だが、当の本人は自分の事に夢中で、この異様な
空気に気付く気配がない。
すると。
「...零」
ぽつりと名前を呼ばれ、ぴくりと体を揺らす。
そして、声のした方へ振り返るとそこにいたのは、無表情の三日月と、
静かにたたずむ四月一日。
ここで漸く仕事の話をしようとしている事に気が付いたのか、
暁は素早く立ち上がると、時折クルリと回りながら踊るようにして三日月の
右隣に移動した。
そして自身の両腕を三日月のソレに絡ませてギュッと抱き着くと、まるで女の
ように三日月の体に撓垂れ掛かる。
すると先程までの異質な雰囲気が四方に拡散していった。
だが、それと同時に嫌なものが押し寄せてくる。
元凶は、言わずもがな暁と四月一日だ。
ピリピリとしたような、ねっとりと絡みつくような、何とも説明しがたいものが
この部屋の空気を呑み込んでいく。
しんと静まり返る私の部屋。
だが、この静寂も一瞬だ。
三日月 秋良の冷たく鋭い声がこの濁りきった静寂を容易く切り裂いた。
「本日の報告をしに参りました」
ただ淡々と無機質に告げる三日月。
「私が28名、零が26名、狩魔が33名のプレイヤーを排除いたしました。
計87名が脱落。残りは413名です」
事務的な報告をする三日月から視線を逸らし、壁に立てかけてある
時計を一瞥すると丁度5時をさしていた。
なんと、ゲーム開始から4時間しか経っていない。
いや、執行人たちはプレイヤーたちが逃げる時間内は動くことを許されて
いないため、実質的には三時間半で87名も捕まえたという事になる。
今の今まで忘れていたが、今回のゲームの執行人三名をこの人数にしたのには
私なりに考えがあってのことだった。
執行人とは本来、日本の刑務所内にいる出所の見込みのない者たちから
選ばれる。
つまりは、執行人は犯罪者、という事になる。
なぜ私が、その犯罪者たちを出所させることが出来るのかということだが、
それはまた後で説明しよう。
兎に角、今回のゲームの執行人が三名なのは、この三名の経歴が並々ならぬ
ものだったからだ。
経歴書に書かれているのは大体の事が簡略化されており、詳しくは記されて
いない。
だがとあるルートを使って調べてみると、三名がどんな過去を持っているのかが
分かる。
暁 零は暴力行為、器物損害、ナイフの所持とだけ書かれているが、実際は
そんなに生易しい事ではない。
暴力行為。
これはクラスメイト全員を病院送りにし、自らに喧嘩を仕掛けてきた者たちを
片っ端から潰していった
結果、一々全部の日付、人数、詳細を記すことが不可能になった。
他2つも同様の理由で、詳しく書かれていない。
次は四月一日 狩魔だが、はっきり言うと物凄い人数を殺している。
最初の内は暴力だけで済んでいたのだが、暴力団でいざこざが起こると、今まで
四月一日を良く思っていなかった連中が自分の罪を彼に擦り付けた。
するとその暴力団の者たちは、それを信じ込み四月一日に全ての罪を着せよう
とした。
が、しかし四月一日は短気な性格だった。
そして自分の力量を理解し、過信しないタイプの人間であった。
自分の力がこの組織以上のモノであると気付いていた彼は、それでもなおその
組織にあり続けた。
その理由は彼自身しか知らない事だが、その暴力団は彼の部下だった者たち
以外全てが、彼に潰され刑務所に送られたか、命を落としたらしい。
そして彼の父親は現在、植物人間だと書かれていたが、実のところを言うと
彼の母親はDVを受けていた。
ここで誰が母親に暴力をふるっていたのか、と考えて一番に思い浮かべるのは
まず息子であり、問題児の四月一日 狩魔だが、現実は違った。
母親は夫、つまり四月一日 狩魔の父親から暴力を受けていた。
元々、病弱だったらしいその母親は本来ならば週に一度か二度は病院に
通わなければならなかったらしい。
しかし、身体中に痣があったため行けなかったのだろう。
ある日突然、倒れてしまった。
それが原因かは理解しかねるが、四月一日 狩魔が父親に怪我をさせたのは
これが最初で最後だったとか。
そして、最後に三日月 秋良。
此奴の経歴は、正直に言うとあまり出てこなかった。
小学三年生の時に両親を同時に亡くし、その後親戚の家を転々と回るも
最終的には孤児院行き。
小、中、は孤児院で過ごしていたが、高校生になるとバイトをし、一人暮らしを
始める。
そのバイト代もいくらか孤児院に寄付していたらしく、それは大学生になって
からも続いていた。
だが優等生といえる三日月がいきなり恋人を殺した。
警察は証拠もない。
だが三日月 秋良本人は、犯行を認めている。
警察は、三日月が自首したという事にして、刑務所に送った。
ただ、この事しか記されていない。
それ以外は全く書かれていないのだ。
しかし、だからこそ三日月の力量を知ろうと今回はこの三名を執行人に
したのだ。
日本の刑務所で今もっとも邪険にされている暁 零と、四月一日 狩魔。
この二人だけで、いつも使っている執行人10人分は働くだろうと思っていた。
残り10人分を三日月が補えるかどうかは分からないが、1回戦目の鬼ごっこは
様子見しよう、と考えていたのである。
だが、予想以上だった。
前者2名は勿論のこと、三日月のことも。
この3名は私の予想を軽く超えた。
これは、嬉しい誤算だ。
もしかしたら、暁 零と四月一日 狩魔だけで事足りたかもしれない。
もしくは、三日月 秋良だけで...。
私は執行人三名を目の前に、クスリと笑う。
後ろで黒井が戸惑いながら私を呼ぶが、今は構ってられない。
あぁ、今回のゲームは今まで以上に楽しくなりそうだ。
視界に三日月 秋良を移すと、私はとても愉快な気持ちになった。
「執行人、報告ご苦労。あとは好きな様にしていて良い。下がれ」
そう言うと、退出していく三名。
その時、私は見た。
三日月が部屋を出て行く時、私に視線を寄越したのを。
その目はまるで、私を闇の底に引きずり込もうとしているような、全てを
拒絶しているような、何かを探しているような、色んな感情がごちゃ混ぜに
なり、そしてその奥底には何も存在していないようなそんな瞳だった。
「クククククッ」
パタリと扉が閉まり、暫くすると抑えきれなかったものが溢れ出す。
「フッ...ハハハッ!!!」
「めてぃあ、りむ...様?」
恐々と私の様子を伺ってくる黒井。
それが切っ掛けとなり、私の理性はプツリと切れた。
「アハハハハハハハハ――――――――――――っ!!!!!」
視界を手で覆い、天井に向かって笑声を上げる。
愉快だ。
気分が高揚しているのがはっきりと分かる。
今までの人生でこんなにも、こんなにも気持ちが高ぶった事はあったか?
答えは否。
私は今、素晴らしく機嫌がいい。
あぁ、あぁ、どうしたことか。
気持ちが静まってくれない。
この高揚感が体から抜けてくれない。
抑えようとすればするほど、胸が期待に膨らみ、まだ見ぬ未来に体が歓喜で
震えてしまう。
あぁ、抑え込まねば。
抑え込みたくない。
いつもの、いつもの私に戻らねば。
今はまだ、このままこの胸を燻る激情に浸かっていたい。
落ち着け、落ち着くのだ。
もっとだ、もっと私を...楽しませてくれ。
矛盾した感情が、私の中で別の生き物のように暴れまわる。
やはり、三日月 秋良をゲームの執行人にした私の判断は間違っていなかった。
歓喜に震える体を己の腕で抱きしめて、自身の喜びの大きさを実感する。
まだもう少しこのままでいたいのだが、そうも言ってられない。
大いに残念だが、いい加減、心を落ち着かせようと胸いっぱいに息を吸い込む。
そして全てを吐き出すと、それは自身が思っていたよりも熱がこもり、寂しげに
震えていた。
まるで恋人との別れを惜しむかのようなソレに、再び笑みが零れそうになるが口の端に力を入れて、何とか堪える。
「...黒井」
「はっはい、メティアリム様」
「私は、確信した」
「何を、ですか?」
言葉を慎重に選ぶ黒井。
そんな風に弱弱しい人間はあまり好かないが、大丈夫だ。
今日の私はとても機嫌がいいからな。
多少のことなら許してやる。
そんな事より、本題だな。
「三日月 秋良は.....」
『 人間を殺している 』
「それが、誰なのかは分からない」
大学時代に殺した恋人なのか、それともあの時に語っていた全く関係のない
人物なのか。
本当の真実を知っているのは、きっと三日月 秋良ただ一人。
だが、私が思うに。
「三日月 秋良はね。きっと恋人を殺しているよ」
これは予想なんかではない。
あの目を見れば分かる。
アイツは、生まれながらにして殺人鬼だったんだ。
私はどうも、良い拾いモノをしたようだ。
まさかアイツを出所させた時、こんなに面白い事が待ち構えているとは
考えてもみなかった。
あぁ、そういえば。
執行人に話を遮られていたな。
「確か、恋人を殺した時に語っていた、もう一つの事件と関わりない事...
だったか」
今の今まで、すっかり忘れていた。
そうだったな。
「三日月 秋良はね。その時、こう語ったんだ」
『私は以前、もっと殺したことがあるんです。例えば.....』
「私の、両親...とか」
そう言った三日月 秋良は、美しいまでの笑顔でその事を語っていたんだ
そうだ。
大学生にしてはどこか幼く、美しくもどこか恐怖心を煽らせるほど
無邪気に。
もしかしたら三日月は、まるで幼子が興味本位で蝶の羽を毟り取るかの
ように、優しく、慈しむように、そしてどこまでも残酷に。
自分の両親の命の灯を。
「粉々に握りつぶしてしまったのかもしれないね?」
執行人は、互いの過去を知らない。
ただ、今を見て生きているだけ。
楽しければ、面白ければそれで良い。
でも、そう考えているのは彼らの雇い主も同じ。
雇い主・メティアリムは嗤う。
これから起こりうるであろう未来に、思いを馳せて。
執行人を、プレイヤーを己の手の平でどう躍らせるか。
どんな結末にするか。
それだけを考えて。
しかし、メティアリムは知らない。
執行人の本当の過去を。
三日月 秋良の正体を。
彼はまだ、知らない。
『 さぁ、最後に嗤うのはダァ~レ? 』